私の小さなお友達
連合軍の新型武器を貰って帰りたいとは思ったものの、当然ながらそんな希望は受理されなかった。解析が必要だとしても、皇国で進めるに決まっている。当然、部外者の出る幕じゃない。最高権威のメルヒ老とバルト老がそれどころじゃないから、解明がいつになるのか分からないとしても。
あんまり我儘言っても国際問題になるだけなので、私は大人しく十四塔へ帰った。
代わりにディーデリック陛下へ連絡して、諜報部に破損品をいくつか回収してもらう。王国としても新型の詳細調査は必須なので、既に戦場となったウォーズ領周辺には諜報部員が潜伏しているらしい。
「連合軍内部でも新型の管理は厳重みたいで、流石に稼働品は手に入らなかったよ」
「当然でしょう。内情を調べるだけでも大変なのですから、レティの我儘に応えて潜入を知られるような真似はできない筈です」
「いや、私もそこまで無茶は言わないけどね」
戦争ともなれば大勢の人員が動く。戦いは訓練を積んだ領地守備軍が担当するとしても、炊事場での下働きに洗濯係、照明や水道の魔道具設置やメンテナンス、雑用には事欠かない。そうした雑事を片付ける現地徴用員に紛れて諜報部を潜り込ませるのは簡単だった。戦闘に直接関わる訳でもない民間人の素性なんて、詳しく調べる訳もない。その代わり、駐屯地の内部を自由に動き回れる権利もないので情報収集も上手く運ばない。
真面目に働いて口が滑りやすくなる瞬間を待ちつつ、疑われない範囲で隙を窺いながら調査を進める。そんな潜伏員の苦労を台無しにしようとは思えなかった。
「ノーラ、どう?」
「……何か特殊な処理を施しているのは間違いないと思いますわ。それが何か、までは分かりませんけれど」
打ち捨てられていたものなので、ヘルムス皇子が奪取したものより損壊具合が酷い。回収できた五つの内、宝石が確認できたのは二つだけ。宝石自体が高熱を発したのか、拳銃型のグリップ部分を中心に焼失していた。何らかの理由で熱暴走を起こし、戦闘中に手放したのではないかと思う。ゴミ同然なので、秘密保持の対象ですらなくなっている。
そんな有様の為、どんな基板だったのかって推察も難しかった。
「なんでもいいから宝石を組み込めば効力を発揮するって訳ではなさそう?」
「そうですね。大変抽象的な表現になってしまって申し訳ないのですが、この宝石は何かが欠けてしまっているのではないかと思えます。今もただの宝石ではないけれど、魔道具の中枢として役割を果たせる状態ではないようですわ」
「何かを封じていた? それとも何かが宿った宝石を使ったとか?」
「すみません、そこまでは……」
ノーラの鑑定も万能じゃない。
例えば、損傷した肉体を回復魔法や奇跡の霊薬で完璧に修繕したとしても、死者が甦る事は決してない。概念的には魂が失われたからだろうって推察できても、じゃあ魂が何かって情報までは鑑定で得られない。鑑定魔法で習得できる情報は術者自身に理解できる範囲内限定で、新しい定義や未知の法則を導き出せるようなものじゃない。
特に技術基盤が異なるとなれば、既知情報から類推する事もできないだろうからね。
「せめて……、せめて基板が無事なら、その構造から役割を推測できたかもしれませんが……、残念です」
「そうなると、ますます国交のある国からの供与って線はなくなりそうだね」
「新しい魔道具を開発して、噂にも上らないというのはちょっと考えにくいですからね」
そのあたり、ウォズの情報網には信用がある。分割付与基板、虚属性を扱うストラタス商会としては、その売り上げに影響を与えそうな発明を見逃さない。
「宝石に宿るなんて聞くと、あたしは童話を思い出しますね」
「ああ、“私の小さなお友達”」
「そうです。そうです」
王国では、魔黒竜退治の英雄譚と同じくらいに有名な御伽噺になる。女の子にはこっちの方が人気かな。私も絵本で読んだ。
わたしはマリア。
伯爵家のマリア。
わたしはいつもひとりぼっち。
お父さまはお家を大きくするのにいそがしくて、
お母さまはお茶会や夜会でいそがしい。
お兄さまも、成果を上げようと一生懸命。
わたしのことは後回し。
いつも頑張る家族を尊敬してるけど、
実はちょっとだけさびしいの。
広いお家にポツンとひとり。
いつものようにご本を読んでいると、話しかける声がした。
こんにちは。
君はいつもそうしているね。
こんにちは。
あなたはだあれ?
ボクはウィル。
妖精だよ。
すごい。
妖精なんて、初めて見たわ。
猫さんより小さくて、お人形さんみたいにかわいいのね。
君は妖精を知ってるの?
うん、もちろん。
ご本に書いてあったもの。
へえ、君は物知りなんだ。
だって、本はわたしのお友達だもの。
いろんなことを教えてくれるのよ。
いっぱいお勉強して、お母さまみたいな淑女になるの。
マリアは頑張り屋さんだね。
妖精さんはわたしのこと、知ってるの?
もちろん。
だって、いつも見てたもの。
そんなのおかしいわ。
わたしはあなたと初めて会ったし、誰もあなたを知らないもの。
でも本当だよ。
ボクのお家はここにあるからね。
妖精さんが指すのはお母さまの大切にしている真っ赤なルビー。
びっくりです。
あんなところで狭くない?
とんでもない。
きれいな宝石の中はとっても広いんだ。
ボクの自慢のお家だよ。
そうなのね。
それだけきれいな宝石がお家なら、中もきっとキラキラなんでしょうね。
うん。
中はボクの宝物でいっぱいなんだ。
残念ながら招待はできないけれど、頑張り屋さんの君に贈り物ならできるよ。
そう言って妖精さんが取り出したのは銀色のティアラ。
おそるおそる受け取ると、あっという間に大きくなって、マリアの頭にぴったりおさまった。
まあ、素敵。
お近づきのしるしにどうぞ。
ボクとお友達になってくれるかな?
ええ、よろこんで。
わたしもずっと、本以外のお友達が欲しいと思っていたの。
人間のマリアと妖精のウィル。
不思議なふたりのはじまりでした。
宝石で暮らすウィルは、お屋敷から離れられません。だからマリアは代わりに、外であったいろいろなことを話します。
ねえ、聞いて。
今日は大きな犬さんと仲良くなったのよ。
それは良かったね。
犬は一緒にお昼寝してくれるから、ボクも大好きなんだ。
猫さんは?
猫はいじわるしてくるからね。
ちょっと離れてこんにちはをするよ。
今日は先生に褒めてもらえたの。
やっぱりね。
君が頑張り屋さんだって、みんな知ってるよ。
ただいま。
今日は帰りにお茶してきたの。
もちろん、妖精さんにもお土産があるのよ。
やあ、うれしいな。
ボクは真っ赤なイチゴが大好きなんだ。
お礼にイヤリングをどうぞ。
大きなマリアとちっちゃなウィル。
マリアが成長しても、ふたりはずっとお友達。
ウィルに喜んでほしいマリアはお勉強を頑張って、いつしかちょっと先生気分。
頑張るマリアが大好きなウィルはいつも装飾品を贈って、マリアは素敵なレディになりました。
でも、時計の針は止められません。
ウィル、聞いて。
わたし、王子様にプロポーズされたのよ。
おめでとう。
だって君はきれいだから、いつかそうなるって思っていたよ。
全部あなたのおかげだわ。
わたしを応援してくれたのも、わたしをきれいに着飾らせてくれたのも、いつだってあなただったもの。
君のためになったならうれしいよ。
だけど、もうすぐお別れだね。
どうして?
わたしたち、いつだって一緒でしょう?
忘れたの?
ボクはこのお屋敷から離れられない。
でも、君はお城へ行くんでしょう?
お母さまから宝石をゆずってもらうわ。
それなら、お城でも一緒でしょう?
だめだよ。
ボクが君の前に姿をあらわせるのは、ボクのお家がここにあるから。
お城へ行けば、君はボクを見つけられない。
ボクの声も届かない。
そんな……。
それなら、わたし……。
結婚しない、なんて言わないで。
ボクの望み、それは君が幸せになることだ。
どうか、その夢をかなえてほしい。
どうして?
どうしてわたしに?
君はもう、知っているはずだよ。
妖精は人間の前に姿をあらわせない。
君のお父さまも、お母さまも、誰もボクのことを知らなかった。見つけられなかった。
君だけが特別だったんだ。
わたしだけ?
そう。
君がひとりだったから。
長い間ひとりだったボクと同じで、ひとりぼっちだったから。
だから、友達になれたんだ。
でも、君はもうひとりじゃないだろう?
これまでも、これからだって、ウィルはわたしのお友達だよ?
うん。
光栄だね
ボクの大切な友達が、お妃さまになるんだ。
こんなにうれしいことはないよ。
なら……。
一緒じゃなくなっても、ボクらは友達だよね?
ちがう、なんてわがままは言えません。
大切な友達だから祝福してほしくて、だけど大切だから離れるのは悲しくて、
マリアはなにも言えませんでした。
だから、最後に特別な贈り物をさせてほしい。
ウィルがそう言った次の日。
いつもの場所にはとてもとてもきれいな指輪が置いてありました。
中央には赤いダイヤがかがやきます。
代わりになぜか、お母さまのルビーが消えていました。
ウィルは引っ越したのだと、マリアは気付きました。
これだけきれいな宝石なら、新居はもっと豪華なんでしょうね。
もうその感想は聞けないし、わたしの声もあなたには届かないかもしれないけれど、これからも見守っていてね。
――大好きよ、ウィル。
「わたくし、このお話が大好きだったのですわ……」
うん、それは嫌ってくらいに伝わった。まさか、童話の内容をそらんじられるとは思ってなかったよ。それだけ、繰り返し繰り返し読んだんだろうね。
それに、ノーラの境遇は童話の主人公と比べてもまだ悲惨だった。救いのあるお話に憧れを抱いていてもおかしくない。
ちなみに作中に出てくる妖精は、あくまでも童話の登場人物に過ぎない。現実には妖精も小人族も見つかっていない。少し似た魔物がいるくらいだね。
それから女の子の出生も、商家の娘だったり富豪の子だったり、バリエーションがある。私達が読んだのは必然的に貴族向けだけど。
「……もしかして、お話の女の子みたいにノーラも助けてもらえる事を信じてた?」
「いいえ、そんなに都合のいい夢は抱けませんでしたわ。でも、お話の中だからこそ、現実ではあり得ない夢があるのだと、嬉しかったのです」
「あ、そうなんだ……」
もしかすると、彼女が読書に傾倒する切っ掛けだったのかもしれない。現実は報われないからこそ、物語の中へ逃げ場を求めた。彼女の心を守ったのは現実逃避だろうとは予想できた。
あんまりノーラの闇を深掘りすると、そこから助け出した私は妖精って事にされかねないからこれ以上突っ込まないけど。
「言ってあたしも、流石に妖精さんを兵器扱いしてるとは思ってません。……と言うより、そうじゃないって信じたいです」
その場合、魔道具に残った宝石は妖精の遺骸って可能性もあるからね。
「別の大陸には小人族が生息しているのだとしても、そんな事をしたなら人道問題になるよね。連合軍も、知らずに使っていただけでは済まされない」
「そんな事……、絶対に許されませんわ!」
妖精への思い入れが強過ぎるからか、ノーラは仮定でもない段階で怒りを漲らせていた。もしも連合軍とその支援国家が人道を踏み外していたなら、青い炎に巻かれる未来しか見えないね。
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