知らない回路
皇城へ向かった私は、謁見の間の奥にある面談室へ通された。前に皇族との顔合わせに使った部屋で、かなり機密性の高い話となるのが窺えた。
「子爵、よく来てくれたな」
迎えてくれたのはヘルムス皇子。
今回の一件で、皇族はその数を更に減らした。おまけに皇王が病床にあるものだから、脳筋だからと控えてはいられないらしい。当然、戦時下なので軍の最高責任者だって事情もある。
なお、彼の側近は似たり寄ったりの巨漢ばかりなので、自然と議事進行はリンイリドさんが担当する。
ヘルムス皇子より継承権が上の筈の第四皇子は、何故か部屋の隅でぼんやりしていた。彼も私と面識のない皇族なので、何かしらの問題を抱えているのかもしれない。皇太子且つ実兄って枷が消えて、地を晒している可能性も考えられた。
そんな四番目に加えて、どうして私をこんな大切な場へ呼ぶのかって不満を隠さない大臣が三人もいた。宰相っぽい人も態度に表さないだけで私を認めるつもりはないらしく、面談室の空気は最悪だった。
これが皇国の現状。
ヘルムス皇子が招集したのだから、皇族派閥には間違いない。けれど、これまで表立って不満をこぼさなかっただけで、私に対するそれは燻っていた。それはつまり、弱気に思える皇族と王国に対しての不信でもある。最悪、私のせいで皇太子が死んだとまで考えているのかもしれない。殿下の睨みが利いているから口にしないってだけで。
もっとも、私を糾弾するようなら皇国から引き上げるだけだけどね。
諜報部は既に送り込んだから、私が撤退しても情報は手に入る。王国にとって都合のいい政権って前提が崩れるなら、殊更肩入れする意義もない。
「とりあえず、これを見て意見を聞かせてほしい」
「これが、件の魔法銃ですか?」
「ああ、連合軍側のほとんどに配備されていた。おかげで我々は魔法驟雨を突破できず、撤退を余儀なくされた」
西方で衝突した連合軍装備の現物がどうしてここにあるかっていうと、ヘルムス皇子が走って持ち帰ったから。皇国軍撤退の報も、司令官である彼自身によってもたらされた。
戦場から皇都までを僅か半日で駆けたって話だから、下手な伝令より速い。王国で例えるなら、王都‐ノースマーク間よりまだ遠い。急ぎでなかったとは言え、以前に私は車で5日も旅をした。それを思えば、飛行ボード並みの機動力だよね。
その身体特化を活かして王都との連携を密にするのはいつもの事なので、指揮官が戦場を離れたからと士気が低下する事もないらしい。留守を任せられる信頼篤い副官もいて、脳筋が逃げただなんて敵味方の誰も考えない。
「複数の魔法を使い分けたとのお話でしたよね? 詳しく聞かせていただけますか」
「うむ。最初は火球魔法だけだったのだ。それが、接近すると火断魔法に変わり、更には火壁魔法で進軍を阻まれた」
この世界では通常、魔法の撃ち合いから戦闘が始まる。前面には銃撃部隊が立つけれど、攻撃が直線的なので大抵魔法防壁に阻まれる。それを貫く大型兵器は、開戦時に使えない。両軍の激突をもって幕開けとして、兵器の使用は次戦以降となる。奇襲や奇策による開戦では、卑怯者だと罵られて、勝ったところで周囲の信用が得られない。
かつての帝国の侵攻で、皇国が介入するだけの名分を与えたのがこれだった。その代わり戦争が始まってしまえば、どんな兵器や戦略を持ち出しても誹りは受けない。
現状、皇国軍は大型兵器で連合軍を留めた状態だと言う。
術師部隊は攻撃と防御の両方を担当し、突撃部隊が進軍するだけの隙を作る。そこへ連合軍の新型武器が登場したせいで、防衛一辺倒となったのが敗因だった。接近できなければ数の利も機能しない。
帝国戦時、私はこの撃ち合いの最中にウェルキンから魔道具を落とした。当然、航空戦力のない皇国には両軍共に真似できない。
リデュース国境戦では、魔法小手の集中砲火で帝国軍の接近を許さなかったと聞いた。今回、ヘルムス皇子達はこの一戦と似た状況へ追いやられたって事になる。
「魔法を切り替える際、基板を交換するような動作は?」
「特になかった。それを吾輩が強奪した際も、火壁魔法と火断魔法を繰り返し使われて、苦労させられた。そんな明確な隙があったなら、突撃も成功させられた筈だ」
劣勢を覆すどころか、戦況を引っ繰り返すだけの自信があったらしい。戦術の立案は部下任せでも、戦闘中の用兵に関する直感は神懸っているからこその実績だとか。
基板交換の隙を減らす目的で交代制を採用したとしても、一時的に弾幕は薄くなる。その機会を見極めていたけれど、結果的にチャンスは訪れなかった。とは言え、魔道具の常識とか新型武器の詳細とか理解しないまま、感覚だけで隙を生む可能性に辿り着くんだからなかなか怖い人だと思う。
この欠点は魔法小手でも生じる。
規格の統一で製作コスト抑えて、容易な交換機構の採用で汎用性を突き詰めて、交戦中の基板変更リスクは避けられないと割り切ってある。戦争に疎い私が作ったので、戦時利用への想定が甘かったとも言える。不推奨だけ周知して、後は使用者の判断に任せた。
でも、連合軍の新武器はその問題点を克服したって事になる。
「そうなると、ますます不可解ですね。一つの基板が発動できる魔法は一つ。複数の基板を作用させて複雑な魔法を再現する事もありますが、その逆はあり得ません」
分割付与でも、同系統の魔法を組み合わせることはできなかった。例えば火球魔法を付与した場合、昇温、増幅、圧縮といった補助的な付与基板にしか接続できない。法則を無視しても、魔道具は動作しない。多重付与の場合は付与魔法自体が成立しなかった。
私の断定を、ペテルス皇子が頷いて後押ししてくれた。現行との相違点を明らかにしないと、未知の解明は進まない。
「分解しても?」
「ええ、こちらは既に確認済みです。スカーレット様の自由になさってください」
リンイリドさんの説明通り、止め具などは取り外してあった。カバーの一部は焼き切ってある。多分、解析の為にできる限りの分解を試みたのだと思う。
形状は自動式拳銃に近い。ただ、銃としての使用は想定していないらしく、射出口の部分は魔石で埋めてあった。これが魔法を増幅する触媒で間違いない。魔導線を追うと、引き金が動力の魔石と連動しているのが分かる。当然、弾丸も装填されていなくて、グリップの部分に基板が収納されていた。
けれど残念ながら、肝心の基板は黒く焼け焦げて詳細を判別できない状態だった。
「一定時間ごとに定められた処置を行わなければ、内部が融解する構造だったのだろう。移動の途中、突然発熱し始めてそれだ」
魔力を抑制する専用ケースに入れる、動力魔石を取り外すといった動作がそれにあたる。自由に設定できるので、その方法は皇国軍側に分からない。一見、簡単に内部を覗ける構造じゃなかったから、外的な処置が必要だったんだろうね。
これで構造を推察しろってのも無茶だとは思うけど、持ち帰ったヘルムス皇子は責められない。
こうした軍需品の場合、強奪して機構を解明、再現したり、更に改造を加えた武器を戦場に投入したって話はどこにでもある。自軍からは生み出せなかった発想だからこそ、模倣する価値が生じる。
そうなると当然、技術が漏洩しないための防護策も講じる。この魔道具に施されていたように、敵の手に渡った場合には内部機構が崩壊するような機能が追加してある。酷い場合だと、カバーを外そうとした時点で爆発する可能性すらあり得た。
なので、私が調べたところで新しい発見なんてない可能性の方が高い。
それでも依頼してきたのは、これを攻略しないと勝率がぐっと下がるからだろうね。
そんな訳で、不可思議な魔道具に興味はあっても解明は期待できないまま観察を続けていると、ほとんど焼け落ちた基板におかしな部分が見つかった。
「宝石?」
「え? 魔石ではないのですか、先生?」
「いえ、ただの宝石です。おそらく、基板に設置してあった魔石は隠滅機構が働いた際に魔力が暴走して、消滅したと思われます」
「ああ、なるほど。火属性魔法を再現した武器なら、考えられる話ですね」
鑑定魔法がなくても、私は魔石と宝石を間違えない。魔力を含有する魔石は、常にじわりじわりと、モヤモヤさんを放出しているからね。新型武器に残った石からはそれが窺えなかった。
でも、ペテルス皇子が勘違いするのも無理ないくらいに不可解でもあった。
基板の元の状態が推察できない以前に、この宝石がどうして内蔵されていたのか分からない。魔道具の常識的に、宝石を装飾以外で用いる理由を知らない。
「これ、私の知らない技術で作られてますね」
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