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敗戦報告

 公共工事には時間がかかる。私が全部担当するって訳にもいかないからね。

 新設備で利便性を向上させるのも目的だけど、その建設の為に人手を集めて、働き口を増やしていくのも私の務めとなる。設備を運用する人間やメンテナンスを担当する人だって要る。


 それでも、前世の工事と比べるなら断然早い。何しろ、魔法があるから。

 先日の工期短縮住宅がいい例だった。前の世界なら土地を掘削して宅地に適した土壌へ入れ替えて押し固め、更に建物の基礎部分を埋め込んでいく。地属性術師が数人もいれば、これだけの作業を一日で終わらせられる。掘る手間自体が必要ない。そもそも、この世界のコンクリートは露出部分に使うのが一般的で、基礎部分は土を凝縮、硬化させた圧搾塊を設置する。現場の土をそのまま加工できるから、事前の準備も要らない。場合によっては、鉄筋すら現地調達の場合もあった。

 土壌調査にしても、地属性の鑑定術師や探知魔法に長けた術師がいれば事足りる。強化魔法があるから建材の移動も容易、高位の地属性術師なら現場で建材の加工も可能でその場の修正や変更も利いた。


 そうでなかったら、領都の建設すら半ばだったと思う。都市間交通網を確立させた際、複数の領地に発着場を設えられたのもこれだね。大規模工事で魔法を頼る割合は大きい。


 でも、私はまだ満足していない。基準を前世で考えれば十分迅速と言えても、魔法を上手く使えば更なる躍進が期待できる筈。

 その一歩として、工具や重機の開発を考えた。

 理由は単純、現状では地属性保有者に頼る部分が大きいから。新規に人員を募る場合、属性が壁になっていると確保が捗らない。適材適所は勿論だけど、短期的な雇用が必要な場合には属性に縛られる事なく募集したかった。


 そこで活躍するのが、属性変換技術。オリハルコンの導入で変換効率も上がったので、活用範囲も広がった。


「リナちゃんや留学生の課題に丁度良かったです。オリハルコンの事は明かせませんから、新型の仕様は伏せたまま設計してもらっただけですけど」


 オリハルコンの大量生産装置の設計と、領地から届くようになった書類仕事に追われるキャシーは、彼女へ教えを請う生徒達に丸投げしたらしい。彼女が認める設計図さえ完成すれば、後は生産部門が調整してくれる。

 ちなみに、彼女がリナちゃんと呼ぶのは、アノイアス様から預かっているフェリリナちゃんの事。私は愛称で呼ぶ許可をもらっていないから羨ましい。


「留学生への指示は私を通せとまで言う気はないけど、あんまり便利に使っていると技術をシドに盗まれるよ」

「それでシドの開発が進むなら都市間交流の甲斐があるんじゃないですか? 全属性対応の重機が国内より他国で広がる事に不満を示す貴族は多いかもですけど」

「受け入れた研究者が、その過程で得た技術を故郷へ横流しするところまでは止めたつもりはないよ。でも実際は、郷土愛がないのか、好奇心が優先で故郷へ還元する余裕がないのか、送り出した貴族の恩恵って吃驚するくらい無かったんだよね」


 私が受け入れるほど優秀な研究者がいたって名声くらい?


「そのせいか、シドに倣って留学生を受け入れてほしいって要請はないんだけども」

「留学に出した子供達が戻ってこなかったら困る、と」


 留学に出せるほど優秀な子供を育てようと思ったら、領地の教育環境を整える必要がある。そうでなければ、優秀な原石が眠っていたところでまず見つけられない。

 でも、育てる手間がかかってるって事は、おいそれと手放せない。

 それから当然、育てる手間を省いて、親類縁者を捻じ込もうって貴族は相手にしない。


「私が引き留めるつもりって訳でもないのにね」

「魔力が豊潤で魔道具を安価に使い放題、魔物を警戒する必要もなくて、税金も安い。住居を移される事を警戒する貴族の気持ちも分からないでもないですよ。その点、シドの留学生とは心構えが違います」

「あの子達は国の苦難を知っている分、育ててもらった恩を還元しないとって気持ちが強いからね」


 外の環境を知って、尚更グランダイン擁護院での境遇の得難さを痛感するらしい。


「だからこそ、できる限りで協力したいとも思うんですけどね。他の領地から留学生を受け入れたとしても、同じ対応ができるかどうかは怪しいです。同じだけのやる気を期待できるとも思えませんし」

「うん、そこは調整するよ。国内からは留学生の受け入れより、教育機関への入学って形になりそうだけど」

「南ノースマークの技術を学べる学校……ですか。ウォルフ領からも何人か推薦してもいいですか?」

「いいけど、試験は受けてもらうよ」


 シドからの留学生みたいな特殊事情のモチベーションは望めないから、試験で篩にかけるしかない。キャシーを信用しない訳じゃないけど、領主の推薦だからって無条件の受け入れは難しいかな。


「ともかく、国への貢献を強く願う子供達には、できる限りで協力したいと思っています。全属性対応の重機自体は新しいものだとしても、属性変換器が旧式なら南ノースマークと同じものにはなりませんから」

「そこは心配してないよ。あの子達の瑕疵は、あの子達を送り出した要職の責任だって弁えている。発覚すればシドが滅亡しかねない技術窃取に、彼等が手を染めるとは思ってないよ」


 そのあたりはしっかり言い聞かせているだろうし、シドの上層部が私を相手にスパイの真似事をたくらめるとも思わない。


「でも、基礎を学んだばかりのあの子達にいきなり実機の設計は荷が重くない?」

「技術を習熟させるには、実践が一番ですよ。そもそも、研究室に通い始めて間もないあたしに、回復薬の付与装置を丸投げしたのはレティ様じゃないですか」


 子供達へのスパルタを心配したら、何を言ってるんだって顔で返された。あの頃、インバース医院の奇跡もあって周囲の期待が重圧となっていたから、優秀な技術者を余らせている余裕ってなかったからね。そんな過去の行いからすると、随分過保護になっていたらしい。他所からの預かり者だったからかな?

 それに考えてみれば、リコリスちゃんをいろいろ便利扱いしている私が言う事でもないね。


「すみません、スカーレット様。たった今、皇国に滞在中のキリト隊長から通信が届きました」


 建設的とも雑談ともつかない話題にキャシーと興じていたところ、深刻そうなウォズが執務室へ飛び込んできた。その様子から、耳触りの良い報告が聞ける気配は窺えない。


「キリト隊長からって事は、皇国で動きがあった?」

「はい。ただ、良い報告とは言えません」

「……何があったの?」


 あんまり聞きたくない報告だからって、情報収集のお役目は放り出せない。


「皇国軍と連合軍がウォーズ領手前のジョナーダで激突、皇国軍が敗走したとの事でした」

「皇国軍は一万二千、連合軍は集められて八千って話だったよね? その想定が崩れたの?」

「いえ、この事態を想定していたレゾナンス侯爵軍はともかく、急な出兵となったアンハルトをはじめとした同調貴族は予想を下回ったそうです。六千を上回るのがやっとだったのだと」


 それで劣勢に立つのはちょっと考えられない。アンハルト侯爵領近くで地の利は向こうにあるとしても、士気も練度も皇国軍が圧倒してるって話だった。


「それが……、連合軍は見た事もない新型武装を手にしていたそうです。一見すると銃なのですけれど、引き金を引いた際には複数の魔法発動するのだとか」

「……魔法小手のようなもの?」

「話を聞く限りでは。術師同士の打ち合いで圧倒されて、皇国軍は接近できなかったそうです」


 魔法小手は、基板の交換に小手型が都合良かったというだけで、その形にこだわる必要はない。作ろうと思えば銃タイプだって作れた。

 でも、複数の魔法というのがよく分からない。魔法小手のように基板の交換で魔法効果を変えたのか、その動作なしに複数の魔法が使えたのか。後者だとすると、少し興味深い。


「リンイリド監察官からの要請で、連合軍側の新型について、スカーレット様の見解を聞きたいそうです」

「分かった。皇国に戻るよ」


 初戦くらいは安泰って前提は崩れた。皇国はこれから、厳しい舵取りを強いられそうだね。

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― 新着の感想 ―
銃型ってことは色々なパターンがありそう。 こっちはロマン武装にしましょう! スダマサキ氏のデビュー作あたりの差替えパターンが好き! (笑)
いつも楽しく読んでます! 向こうにすごい頭脳軍団がいての発明なのか? もしかしたら、別な転生者が知恵を貸した? ま〜誰かが協力しないと生まれない新兵器なのは確かなのかな? しかし、いつからこれを…
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