揺れる情勢
ローザリア・アンハルト捕縛の後、ヘルムス第五皇子はアンハルト侯爵領へ軍隊を差し向けた。ローザリアの凶行を叛逆と位置づけ、アンハルト元侯爵を国賊扱いで捕縛する事にしたらしい。皇太子殺害がいち令嬢の暴走では、世間も遺族も納得しない。
「しかし、これに一部諸侯が反発。アンハルト元侯爵は勿論、レゾナンス侯爵家をはじめとした西側貴族が兵を挙げています」
「レゾナンス侯爵家は、皇妃の実家ではなかったか?」
「はい、第三皇妃ですね。以前より、現皇族の治世に批判的だったと聞いています。それを抑えるための婚姻だったのだろうと言われています。フェリックス陛下とは、歳が離れていますから」
「第一子が廃嫡、第二子のロシュワート殿が鬼籍に入ったなら、第三皇妃の子である三男が次代の最有力候補となるのではなかったか?」
「その通りですね。順番としては第二妃の子である皇女もいらっしゃったのですが、既に降嫁して継承順を落としています」
「つまり、現政権を受け継ぐより、長く続いてきた統治機構を打ち倒して新興国を築くと?」
皇太子殿下の死亡を受けて、私は皇国情勢報告の為に王都へ戻っていた。皇国の動乱に関わる気はないけれど、このまま講義を続けていいものか判断を仰がないといけない。
皇国の大事とあって、報告会の場となった大議堂には国の重鎮が顔を揃えていた。
「少なくとも、レゾナンス侯爵家とそれに同調した一派はそのつもりだと思います」
「父上、第三皇子は補佐に秀でていると聞いています。現政権の意思を汲んだ相談役や側近で固められるより、侯爵自身が宰相として実権を握るつもりなのでは?」
「レゾナンス侯爵家は、皇妃の父から代替わりしていなかったか……、十分に考えられるな。子爵、そのあたりの実情はどうなのだ?」
「第三皇子は事件の後すぐ、レゾナンス侯爵と共に姿を消しています。領地へ向かったと考えるのが自然でしょう。だからこそ、周辺領地も動いたのではないかと」
「……傀儡となる事を選んだか」
実のところ、私は第三皇子と個人的な面識がない。最初の謁見の際にはいたけれど、その後の小規模面談の場に姿はなかった。つまり、私と接触させたくない事情があったと考えられる。
ロシュワート殿下の補佐としては有能と聞いていたけど、思想面に問題があったかな。
「レティ、ヘルムス皇子が誅罰軍を差し向けたと言ったが、皇王陛下は皇子同士がぶつかることをよしとしているのかな? アンハルト-レゾナンス側が皇子を擁立する以上、それを下すのは皇王であるべきだと思うのだけれど」
「それが……、皇太子を失った心労が祟って、現在は臥せっているそうです。判断が苦手なヘルムス皇子は決断を上位者に委ねる人ですから、最低限の指示は出せているのだと思います。しかし、私の面会は叶いませんでした」
「なに!?」
「それでは、かなり不味いのではないか?」
「この大事に皇王が弱腰だなどと、臣民がついてくるのか?」
私の回答を受けて、大議堂がざわつく。
皇太子を失った事への同情はある。けれど、この状況で矢面に立てないようでは、適性を疑われる。西方軍は勢いづくに違いない。
王国は、皇国との協調を望んでいる。姿勢が不透明なレゾナンス侯爵家側には付けない。現政権が倒れた場合、技術供与の対価が全てふいになるって事情もあった。かと言って、他国の内乱へあからさまな介入も難しい。
「レゾナンス侯爵家はヴァイシンズより規模の大きい港湾を有している。立地的にも、諸外国との貿易に適していると聞く。それによる発展が、現政権打倒の拠り所だろう」
「はい。それがあって、皇族も無視できない大貴族に成り上がったのだと聞いています」
皇国では侯爵家の上に公爵家が君臨しているので、王国の四大侯爵家ほどの影響力を持たない。けれどレゾナンス侯爵家はこの数代で、皇妃を捻じ込めるほどに権勢を強めた。
「子爵、皇国の正規軍は西方連合軍相手に持ち堪えられるのか?」
「皇王不在の士気は不透明ですが、軍内のヘルムス皇子への信頼は絶大です。皇都の周辺を固める公爵家とは協調できていますし、魔導士二人も正規軍側です。普通に考えれば、正規軍が優勢でしょう」
「普通に、と言うからには何か懸念事項があるのだな?」
「……これはリンイリド監察官からの情報なので未確認のものとなりますが、南のサウザンベア、東のセンタフォがこの機に乗じる不安があるそうです」
「むう……」
どちらも帝国と接触していて、反王国意識が強い。今回の技術供与の件で、王国に擦り寄ったと反感を招いている。しかも、東方貴族は小国家群との結びつきが強くて愛国意識が薄い。できるなら、独自政権を築きたい風潮があるらしい。
大陸最高峰のハンマストンから連なる剣山に皇都間を隔てられるサウザンベアは出兵の危険は少ないものの、魔物蔓延る危険地帯を守護する辺境伯が連合軍や東方へ武具を供与する可能性は無視できない。おまけに、険所の防備を丸投げしている中央への不信は根強い。
「なかなかに先行きが見通せん状況だな。レゾナンスに連なる者に重役を用意して、第三皇子の立太子を確約するなど、交渉で事を収めるのが最善かもしれんな。皇子と令嬢の結婚で公爵家に格上げする手もある。あくまで誅罰対象はアンハルト。……皇族の威光は弱まるから、問題の先送りでしかないが」
「その可能性はないでしょう」
「珍しく言い切るな。要するに、子爵はまだ他にも情報を掴んでいるのだな?」
「はい。今回の事件に使用された特殊弾頭、レゾナンスから供与された可能性が高いそうです」
「……! それは確かか?」
正規軍にしか配備されていない二重貫通弾頭の入手経路捜索は、今後の治安維持の観点からも最優先事項だった。先ほどと同じくリンイリドさん経由の情報ではあるものの、確度は高い。
「正規軍からの横流しはあり得なかったそうです。ヘルムス殿下への信頼が篤い事から透明性は高く、隠蔽はないだろうと。そして、皇国には国の管理下以外にあれを開発可能な研究機関はないとの事でした」
「そうなると……、外か!」
「はい。別大陸から持ち込まれた可能性が高いかと。それができる領地は、レゾナンスしかありません。当然、ローザリアに他家を介してあれを入手するような伝手はなかったでしょう。彼女の狂った執着は本物だったとしても、皇太子殺害は唆されたのだと思います」
「本人は情報を吐いたのか?」
「いえ、完全に錯乱状態で会話は成立しないそうです。なので、代わりにレゾナンスの令息を捕まえてみました」
「…………おい」
ボイコットを画策した馬鹿息子。消えた第三皇子と侯爵より遅れて皇都を逃げ出そうとしてたから、飛行ボードで強襲した。
私も無関係って訳じゃないので、国際問題にならない範囲で協力させてもらった。
「なぜ、子爵が積極的に関与している?」
「ちょっと気になった事がありましたから。情報収集の一環ですよ」
「……まあ、いい。それで? 知りたい情報は手に入ったのか?」
「レゾナンス侯爵に放置されていた事から分かるように、事件については何も知らされていませんでした」
「子爵がそう言うからには、かなりきつめに尋問したのだろうな」
「きちんと、元に戻しておきましたよ。それに、尋問を担当したのはキリト隊長です」
「…………」
「それはともかく、心を折った上で訊いてみました。レゾナンスが新型の披露を妨害するとしたら、どんな理由が考えられるかと」
ずっと気になっていた。なぜ、襲撃はあのタイミングだったのか。
ローザリアの意味不明な言い分はほとんど考慮に値しないにしても、王国へ譲歩した政策を非難する方法としては有効だった。でも、あの女が二重貫通弾頭を手に入れた場合、私を直接狙うか、十四塔を狙う可能性が高かったように思う。成功するかどうかは別として。
次点でウォズかな。あの女の場合、多分フラン達は私の親しい人間としてカウントしない。
正気でなかったにせよ、魔導士を直接狙った際の成功率の低さは考えられたかもしれない。けれど、魔塔の防備が鉄壁だと知っているのは王国側だけ。対竜330mm弾をも耐える私特製のお守りについて知っている筈もない。つまり、ローザリアが標的を変更する理由がなかった。なら、弾頭の提供者が誘導したとしか考えられない。
「レゾナンスは交易によって発展した家です。航空手段の獲得によってその情勢が変わるのだとしたら、凶行を扇動する理由になり得るだろう、と」
「それは……」
「実際、ストラタス商会が参入した頃からコントレイルを疎ましく思っていたようです」
これに、私は怒っている。
ローザリアを利用したことについては、割とどうでもいい。どうせ碌な事をしなかっただろうし、唆された彼女の自業自得でしかない。アンハルト元侯爵家についても、あれを放置したのだから同情しない。
でも、国が未来に進もうって意思を、身勝手な理由で潰した。国を発展させようって三権威の尽力を踏みにじった。新型の完成を称えた大勢の歓喜を血で染めた。
王国貴族がこれをしたなら、その家はもう消失しているに違いない。
「なるほど、皇家からすると征伐対象はアンハルトだけではないのだな。しかし、レゾナンスが関与した明確な証拠はない。処罰するなら、兵を挙げたことを理由に進軍する他ない訳だ」
「はい。衝突は避けられないと思います」
「そうなると、謀殺を目論んだレゾナンスの根回し次第で情勢は変わるな」
「父上、詳細な情報収集が必要では?」
「ふむ。子爵、頼めるか?」
これは、別に私に情報を集めて来いって話じゃない。私が皇国に滞在を続けることで、私の使用人に扮した諜報部員を入れられる。平時なら協定違反もいいトコだけど、今後の皇国との関わりを考えたなら否も応もない。
「分かりました。陛下のご期待に応えてみせましょう」
こうして、私は混乱する皇国に関わっていく事になる。
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