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歴史に残る一日



 新型航空機のお披露目は、意外と早く訪れた。

 新技術習得に戻りたいキャスプ老が鬼気迫る勢いで仕上げたらしい。機体を浮かせるまでの山場を過ぎると、エンジンの安定性確保だとか、バランスの調整だとか、退屈な確認作業が続くからね。だからと言って、元公爵であろうと国家プロジェクトの責任者となった時点で我儘は通らない。細かい調整が数多く必要だからこそ、全体を把握しているキャスプ老を逃がす筈もない。

 私のところにも、どれほど講義に戻りたいかを切々と綴った手紙が届いていた。余程強い想いを籠めたのか、微弱ではあるものの呪詛属性が発現していた。百枚近い超大作に付き合う気はないから、最初の一枚を流し読みしただけだけど。


 会場は皇都カムランデと西の港町ヴァイシンズを結ぶ街道、その途中にある森林公園で行う。街道と言っても、距離が近い上に皇都と港の往来が多い事から沿道には多くの民家や商店が立ち並ぶ。公園の整備も怠っていないから、魔物の脅威はほぼ排除できていると言っていい。


 そんな環境にある丘陵部の、森が開けた芝生地に大勢が集う。丁度、なだらかな傾斜面から待機中の新型を見下ろせる構造になっていて、整地の必要がない。大規模な催しに使用できる自然の催事場らしい。

 皇家の主催で国の未来を示すと銘打てば、ほとんどの貴族、市民が押し寄せた。それだけの席を用意できる訳もないから、広場を選んだのは正解だったと思う。おかげで閉塞感を覚えることもない。安全確保の目的で、大勢の騎士が貴族と一般市民を隔てる役を負っていた。

 で、私の席は皇族の傍にあった。賓客なので当たり前の扱いではあるのだけれど、後ろの貴族達が刺すような視線を向けてくるので居心地が悪い。

 多分、国の発展を祝う催しに他国人は相応しくないとか考えてるんだろうね。


「そう言えば、ウェルキンの時ってこんなお披露目はしなかったよね」

「あの頃は、オブシウスの集いを牽制するのを優先して、前情報なしに王都の空へ乗り付けましたからね」


 突然、正体不明の飛行物体が現れるのがお披露目だったとも言える。インパクトはあった。混乱の対応に追われた騎士や警備隊からは苦情が届いていたけれど。


「今になって思えば、ちょっと勿体なかったかな?」

「かなりの動員が見込めたでしょうね。お祭り状態になって、王都の経済が潤った可能性はあります。そうでなくても、軍施設の前には大勢が集まって、話題も持ちきりでしたから」


 皇都が期待に沸く様子を見れば、その状態も想像できた。

 収穫祭で反重力による飛行魔法を披露していたのもあって、新鮮味がないかもと私的に甘く見てたよね。当時は境域化実験のことで頭がいっぱいで、ウォズからすらも提案が上がらなかった。


『皆の者、我が国の歴史が動く瞬間に立ち会おうとこうして集まってくれた事、嬉しく思う』


 フェリックス皇王陛下の一声でイベントが始まる。

 ざわざわと雑談の尽きなかった会場が、一斉に静まり返った。期待に満ちた視線が中央へ集中する。


『皆も聞いていよう。先のヴァンデル王国とクーロン帝国の戦争において、制空権を手に入れた王国は帝国を圧倒した。空への攻撃手段は限られ、一方的な蹂躙を受ける。その機動力も、想定の遥か上を行くのだから抵抗の術がない。その一報がもたらされた際、私も戦慄した』


 虚属性を用いた兵器だとか、ウェルキンとミーティアの連携を可能にした魔力波通信機だとか、再現できていない魔道具については触れない。あくまで、航空手段の獲得を強調する場だからね。

 当然、私の活躍についての言及もなかった。


『だが、最早空はヴァンデル王国の独壇場ではない! 彼の国に後れを取ったことは遺憾に思うが、我が国の技術力は王国に追いついた。たとえ戦端を開く事態になろうと、あの国を無闇に恐れる必要はない! ダイポール皇国が、帝国と同じ轍を踏むような事態はあり得ない!』


 王国を軽んじるような発言が混じっているけど、その皇王陛下自身が王国を恐れていると知っているから心に響くようなものはない。むしろ、フェリックス陛下の言い分を真に受けて私を鼻で笑う貴族が可哀そうに思えてくるね。

 今日の台本、私はチェック済みだったりする。国民を奮い立たせるために強気な発言が必要ではあるものの、私を怒らせる意図はないと事前確認を要請してきた。

 私、政治的な文言を鵜吞みにするほど短絡的じゃないんだけど……。


『これからの国は大きく変わる。皇都から遠く離れていたそれぞれも領地も、ぐっと近づくことだろう。情報の、物品の、人民の移動速度が跳ね上がり、新しい可能性が拓ける! 距離に隔てられて皇都まで届かなかった国民の不安に、我々が対処できるようになる。災害で国民が飢える前に、物資を運べる。魔物の脅威に怯える領地へ、素早く軍を向かわせることもできるのだ。ここで生まれる可能性を、我々がより良い未来へと繋げて見せよう!』

「「「おおおおおお~~~……‼」」」


 私が呆れている間に、演説は皇太子へと変わっていた。今日のロシュワート殿下は格調の高い軍装を身にまとっており、演説の後で新型航空機に乗り込む事となっている。次期皇王が最初のフライトに挑む事で、成功をより強く印象付ける。

 実際、反響は大きい。


 今回の搭乗者は全部で四人。

 操縦士を務める騎士と副操縦士、もう一人は開発責任者であるキャスプ老が加わる。三権威と呼ばれて実績を広く知られているから、更に期待を掻き立てられる。


 ちなみに、当の三権威からは私を乗せるべきって発案があった。お爺ちゃんズから言わせると、私の指導がなければ完成はなかったのだから相応しいらしい。一大事業達成の喜びで、貴族の良識が行方不明になってるね。

 当然ながら、皇国側が却下している。私も断った。

 解体して構造を調べていいって話ならともかく、乗り心地には興味がない。

 実は、皇太子の後で開発者代表としてキャスプ老が演説する予定があったのだけれど、こちらの原稿には私への感謝や褒め称える文言が大量に並んでいたから全没にした。土壇場で何を言い出すかも不安だと、演説自体を取り止めてた。どうも、私へ向けた尊意が暴走気味らしい。


『さあ! これから俺は空を飛ぶ。歴史的瞬間へ刮目してほしい!』

「「「わあああああぁぁぁっ……‼」」」


 ロシュワート皇太子が拳を掲げたことで会場のテンションが最高潮に達し、歓声を浴びながら殿下とキャスプ老は新型へ乗り込む。

 搭乗部分は軽自動車くらいの小さなもので、丸い本体から六本のアームが伸びている。外観はドローンに近い。ただし、アームの先は輪形になっていて、プロペラはない。多分、輪っかの内側に力場を発生させて機体を動かす浮力を生むんだと思う。軽量化が優先だったみたいで、皇族が乗るにしては装飾が少ない。


 この飛行機体作製にあたって、私は反重力の魔法や影の上を走る技術を明かしていない。魔物の調査や特殊な魔法感性を持つ術師を探せば再現も可能な範囲で、私の独自技術だとは思えなかったので除外した。

 だから、あの浮遊機構はオリジナル。輪形部分に火や水が発生する様子は見えないから、おそらく風魔法だと思う。虚属性を応用している可能性もあるかもしれない。


 飛べることは間違いないにしても、どんなふうにそれを実現するのか固唾を呑んで見守っていると、四人を乗せた機体がフワリと浮いた。


「浮いた、浮いたぞ!」

「ホ、ホントだ。昇っていくぞ!」

「え? どこどこ?」

「あ、ゆっくりだけど、浮いてる。見て見て!」

「凄い……、本当に飛ぶんだ」


 機体と距離があるほど変化に気付き辛いらしくて、中央付近から徐々に驚愕が広がっていく。

 風の影響を受けるのか、機体は少し揺れて見えた。六輪の力場でバランスを調整するのかな。反重力の上昇ほどはスムーズじゃない。それでも、まるで知らない浮遊機構に私は興奮を抑えられない。


 観客の誰から見ても離陸が明らかになると、騒ぎは逆に静まっていった。どこまで高度を上げられるものか、誰もが黙って見守る。首の角度だけが徐々に上がっていく。


 ――ドンッ……!


 そんな中、上空から低い爆発音が響いた。


「え?」


 少し遅れて、新型飛行機体が黒煙を上げながら高度を下げ始める。その速度は速く、浮遊機構が働いているようには見えなかった。

 一体何が起きたのか、理解が及ばない。

 無防備に上昇していた飛行機体がどこかからの砲撃を受けて、墜落しているのだと頭に浸透するのに時間を要した。


 もしかすると、私なら何かできたかもしれない。

 虚を突かれた砲撃は止められなかったにせよ、魔法で落下を止められた可能性はある。


 けれど、呆けていた僅か数秒で全ては終わってしまった。


「わああああっ‼」

「落ちた、落ちたぞぉー!」

「きゃあああああっ……‼」


 すぐに悲鳴が上がり、会場は大混乱に陥る。

 機体は砲撃の衝撃で西へ流れ、かなり離れたところで観覧していた一団の上へ落ちた。これほどの事態に、市民も貴族もない。ある者は逃げ惑い、ある者は身を竦ませて震える。被災者を助けようとした人もいたけれど、巻き上がった炎に阻まれて手を伸ばせなかった。


「ロシュワート……? ロシュ……っ、どうして……?」


 血の気をなくして、その場から動けないまま落下現場へ向かって手を伸ばす皇王陛下は痛々しかった。

 それでも、その様子を見て硬直が解けた。私は生存者を助けるために落下地点へ飛び、ヘルムス皇子は犯人捕縛の為に動ける騎士を率いて駆けた。


 緊急事態に国が違うだとか、能力の秘匿だとか考えていられない。

 掌握魔法で火を消し止め、怪我人を魔法で癒した。けれど、私にできるのはそこまで――

 墜落の際、飛び散った破片で怪我した市民や炎に巻かれた騎士は助けられても、落下の直撃を受けた犠牲者には手の施しようもない。まして、四人いた筈の搭乗者は形を残してもいなかった。魔法って奇跡も、死者には届かない……。


 飛行機体の完成を喜び、新しい未来へ邁進する契機となる筈だった式典は、血に彩られて幕を閉じる。想定とはまるで違った形で、歴史に残る日となった……。

この内容を元日更新というのも印象が悪いと、公表を一日遅らせました。縁起でもないと受け取る人もいるでしょうから。

展開自体は一年以上前から考えていたのですが、まさか更新がこのタイミングになるとは……。

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― 新着の感想 ―
陰謀論とか飛び交うだろうしまたきな臭い世界に戻るのか…
国内の反皇王派なのか、それともスカーレットと距離が近づく皇王たちを牽制するためにタカ派がやりすぎたのか、他国からの侵入者か。 いずれにしてもこれは国が荒れるし下手したらスカーレットたちまで疑われるやつ…
シャトル打ち上げみたいな事故が起きるかと思ったら、まさかの砲撃 いやどう考えても無防備で狙い目ではあったけど、警備担当のクビ飛んだかなこれ……
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