兄妹合作
本年の更新はこれで最後になります。
皇国での講義を再開した私は、休んでいる間に皇国版飛行列車が完成に近づいていると知らされた。キャスプ老を中心に開発が進められていたらしい。個人の財力を躊躇いなく注ぎ込めるのは強い。不在の私を驚かそうと、休講で時間の空いた三権威が結集して完成を急いだのだとか。
今行なっている最終試験を突破した暁には、大々的な公開イベントも計画しているらしい。国としても、独自技術で生み出した新型を発展の象徴とする意義は大きい。
「で、そのキャスプ老は欠席ですか?」
「ええ。更なる発展の為に本人は受講を強く望んだらしいのですが、周りが離してくれなかったそうです」
しばらく休むって連絡はペテルス皇子を経由して届いた。建造がひと段落するまで再開を見合わせてほしいって要請は一考しない。私だってオリハルコンの研究を中断して来てるんだから、個人の都合で講義をこれ以上停滞させる気はなかった。
ちなみに、メルヒ老とバルト老は責任者であるキャスプ老を見捨てて、ちゃっかり講義に出席していた。あの人達に受講内容を聞けばいいんじゃないかな。
「皇子の研究は順調ですか?」
「はい。王国の中級回復薬と同程度の薬効成分を安定して定着させられるようになりました」
それはちょっと凄い。それだけの回復成分を持った薬草を、畑で誰でも育てられるって話だからね。生産量では敵わなくなるかもしれない。
とは言え、回復薬の効能を決めるのは投与量じゃなくて魔力濃度。中級回復薬をがぶ飲みしたって、特級の効果は得られない。それ以前に、特級回復薬が必要な患者って既に重体だろうから、大量摂取なんてできる筈もない。特級回復薬の優位は保てそうだね。
「悩ましいのは、最も薬効成分を蓄えるのが果実部分だということですね。薬液作成と繁殖を両立させることができません」
「植物の構造を考えれば、そこは仕方ないのではありませんか? 品種改良で結実量を増やせれば、解決できるかもしれませんし」
「そこまで行くと、僕の専門を外れてしまうのですよね。その方面を専攻している人間に託す他なさそうです」
皇子の関心は主にスライム、広義には魔物全般へ向いている。今回だって、魔物の生態探求からは脱線気味だった。
「そこは、フェアライナ様が助けてくれるのではないですか?」
「ええ、妹が頼れて心強いです」
「……わたくしが、そんな特別な事を行なっていただなんて、思いもしませんでしたわ」
ディーデリック陛下から貰った経験譚のおかげで、技術として緑の魔法を習得できると判明したから、フェアライナにも種明かしした。これまでの生活で自信を得られなかったせいで、今は戸惑った様子を見せているけれど。
「特別と言っても、根幹を支えているのは愛情や誠意、期待など、誰でも抱くものです。そして、フェアライナ様には見知らぬ薬草の成分を保ったまま育成を速めた実績があるのですから、魔法感性と植物の相性が特に良いのだと思います。意識した魔法習得もすぐですよ」
「で、ですけれど……」
「僕もそう思う。正直なところ、あれだけの薬草を前知識なしに育てたフェナには驚かされた」
「そ、そんなの、前知識がないなら学べばいいだけの話ですわ」
「フェナ、才能があるというのは、少ない努力で結果を生む人だけを指すんじゃない。目標へ向かって努力を躊躇わない人も、立派に才人と呼べるのだと思う。その意味では、間違いなくフェナには植物を育てる才能がある。僕が保証するよ」
「兄上……」
国へ貢献したいって意欲は間違いない人だから、きっと努力で乗り越えてくれると思う。
それに、彼女への期待は新種の薬草を量産する農場にも表れている。フェリックス皇王陛下は、薬草栽培場として郊外の巨大農園を用意した。しかも、冬の閑散期を無駄にするのは勿体ないと大規模ハウス農場付き。そこで、ペテルス皇子とフェアライナ皇女が中心となって量産を推進する。
成功したなら皇国製飛行列車と並んで技術革新を示せるとは言え、育成条件も整っていないの薬草へコスト度外視での投資は、フェアライナ様の魔法に期待してのものに他ならない。
彼女なら、環境の不足を埋められる。しかも、彼女の魔法にはその先があるものだから、豊穣の象徴にでもするつもりかな。
「スカーレット様、緑の魔法については皇国に先を行かれたのではないですか?」
「うーん、私達が手を付ける余裕がなかったってのもあるけど、皇王陛下の思い切りに負けた気はするね」
小声で同意を求めるウォズへ、苦笑いで応える。
これでフェアライナ様が成果を上げたなら、緑の魔法の有用性も大々的に知らしめられる。魔法で国へ貢献する皇女を喧伝すると同時に、彼女の活躍を印象付けることで緑の魔法を扱う農業従事者も集めやすくなるに違いない。
該当者をノーラに探してもらってから検証する予定だった私は、完全に後手に回ったね。
「とは言え、我々は情報の秘匿もできたのですから、スカーレット様の善意あってこそだと思います。きっと、恩を売れたことでしょう」
「え? だって、フェアライナ様には既に検証実験をしてもらってた訳だから、そこで情報を伏せるのは狡くない?」
「俺は、スカーレット様らしくていいと思いますよ」
貴族らしくない自覚はあるけども……。
でも、この件については出遅れたからって成果が得られない訳じゃない。ここまで協力したって事もあるから、これからの試行錯誤を見学できる立場にいる。皇王陛下も、機密だからと排除できない。
「リンイリド監察官に、フェアライナ皇女、彼女達はスカーレット様の善意を裏切ることはないでしょう。そうした人脈形成も、皇国来訪の成果と言えるのではないですか?」
「まあ、敵対したい訳じゃないからね。フェリックス陛下にもその意思はないみたいだし、せっかく技術協力に来たなら、友好的な関係は築いておきたいかな」
ヴァンデル王国とダイポール皇国は魔物領域に隔てられて、交流が少なかった。もっとも一般的だったのが航路ではあるものの、大陸の対角ではあまりに遠い。交易の観点なら小国家群が身近となる。大国として存在は無視できず、かと言って詳細が伝わり難いから警戒する他ない。
そんな関係ももうすぐ変わる。
飛行列車が、皇国の新型が、飛び交う未来を見据える時が来たんじゃないかな。
次回は1月1日、諸事情あって番外編の更新を予定しています。
今年は書籍も発売されて、大変感慨深い年となりました。お付き合いいただきまして、ありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願いします。