オリハルコンがある生活
国との情報共有を済ませて領地に戻った私は――と言っても、転移鏡のおかげで庭先に出たくらいの手間だけど――転移鏡の増産を決めた。領内の町村に魔力波通信機を置く予定を変更して、転移鏡で直接結ぶ。お屋敷に直接入ってこられるのは私の安全確保の関係上、フラン達がいい顔しないので、敷地の隣に立つ政務棟に集約させる。
直接顔を合わせた方が伝わることもある。領主側からの伝達で行き違いも減らせるし、簡単な打ち合わせや会議も容易い。
「でもレティ、誰でも領都に立ち入れるなら、飛行列車の意義がなくなるのではないですか?」
「うん、そこは工夫したよ。転移鏡を使えるのは、基本的に領政に携わる人だけになる」
町村の首長や、地域ごとの執政官、そこに治安維持のために散開している巡回騎士も含めた。各拠点に転移部屋を設置して、その鍵を認可者だけが持つ。転移鏡も特別製で、通常なら転移する本人の魔力で稼働するところ、許可証の魔力でのみ起動する。許可証の魔力チャージも領都の専用機器でのみ可能なので、私的に利用できる余地はない。
「なるほど、業務に関連すること以外は、これからも飛行列車が中心となるのですね」
「そうだけど、飛行列車にも手を入れるよ。キャシーが改良してくれてる」
フェリリナちゃんの他、興味のある留学生が張り付いているけど。
新型の設計とか、そうそうあることじゃない。
「うーん……、難航してます。オリハルコンを使えるようになってエンジン出力自体は跳ね上がりましたけど、領内で運用するとなると最高速度に達する前にブレーキをかける必要があります。あんまり出力を上げても、到達時間は変わらないんですよね……」
何度目かの走行実験を終えて戻ったキャシーが愚痴をこぼす。注目を集めているのに結果を出せていないことへの不甲斐なさもあるらしい。
「そもそも、レティ様の注文が無茶ですよ。コンちゃんの走行時間を今の半分にしろって、速度を倍にすればいい話じゃないんですからね!」
「もちろん、分かって言ってるよ。速度を上げるのにもある程度の距離が必要になるし、停止のことも考えないといけない。貨物用ならともかく、人を乗せるとなると急発進、急停車って訳にもいかない。なら、別の解決方法を考えないと」
「……レティ様には何か打開策があるのですか?」
「それで課題を達成できるか、検証するのはキャシーになるけどね」
「聞かせてください。このままエンジンの改良を続けても、レティ様の望む車体は造れそうにないって事ですよね?」
「他国に行ったり、大陸を跨ぐなら出力向上が間違っているとは思わないよ。特に後者は、途中で魔素の供給が難しいから、ある程度は慣性で飛ぶ方法が欲しいと思ってる。領内のみの運用には向いていないってだけで。でも、闇属性術師なら魔法感性が働くんじゃない?」
「あたしなら……?」
「うん。もしかすると、列車ってところに囚われているのかな? 地面じゃなくて空を走るんだから、進行方向へ落ちてもいいと思わない?」
「進行方向に……? って、あ! 重力ですか⁉」
キャシーは闇属性ではあるけれど、生まれつき魔力保有量が少ない。重力への干渉や局所的な遮光といった一般的な闇属性魔法は消費魔力が多くて彼女に向いていなかった。そういう事情もあって、彼女は術師である自覚が薄い。元々は術師タイプだったのに、最近になって習得した強化魔法のほうが活用機会も多いくらいなんだよね。
それでも、ここまで話せば魔法感性が仕事したらしい。
「助言ありがとうございます、レティ様。あたし、すぐに試作してきます!」
休憩に戻った筈なのに、跳ねるように出て行った。
自分の発想を世間に認められたいんじゃなくて、新しい魔道具製作に携わりたいってところがキャシーらしいね。
「対案があったのなら、もっと早く伝えてあげても良かったのではないですか?」
「高出力エンジンは高出力エンジンで欲しかったからね。そろそろ大陸外進出も考えてるから」
オリハルコン導入の高出力化がどの程度のものなのか知っておきたかった。おかげで、大陸間航行は勿論、宇宙にだって飛び立てると分かった。
こうして話した二週間後、コントレイルⅡスカッド型、キャシー曰く“スカッちゃん”が完成した。
重力加速度を推進力に加えて、ものの数秒で最高速度へ到達できる。更にブレーキも新型で、作動の時点で車体へ働く全ての運動エネルギーを魔力に変換して回収する。この世界のエネルギーは全て魔力の作用だって原理を応用したもので、魔力を失った車体はその動きを止める。勿論、回収した魔力は重力加速型エンジンの稼働に使う。車輪の回転で生む電気をサブ動力源としていた前世のハイブリットシステムより格段に効率がいい。
勿論、オリハルコンほどの魔力受容体あって初めて可能になった技術だけど。
この際、慣性で内部に衝撃が生じたり、魔力吸収が車内まで及んだりするのを止めたのが、これまたオリハルコンだった。
そのあたりの特性は、マーシャとノーラが丁寧に調べてくれた。オリハルコンには完璧な遮断効果がある。魔法効果は勿論、物理的な衝撃だって通さない。部屋に敷き詰めるだけで、熱も音も留めてしまう。例外は同物質による攻撃と私の臨界魔法くらいだね。
おかげで、どれほど急発進、急停車しようと慣性は内部にまで働かない。走行時の振動も完全にシャットアウトできた。
しかも、今回は鍍金として纏わせるのではなく、合金とすることで加工性を向上させた。
ほとんどを魔力で構成しているからか、オリハルコンは他物質と容易に混ざる。その対象はガラスにも及んだ。魔力を抜いた粘性状態で他物質へ添加すると、新しい結晶構造を生み出した。
永続、不懐特性を引き継ぐとは言わないまでも、他にない強靭さと遮断特性を発揮する。今回はアルミを中心に合金化させたけれど、他の金属との相性についても検証を続けている。
「レティ、試作品が上がってきましたよ!」
オーレリアが嬉しそうに身に着けているのは、その合金を調査する過程で作った防弾着。
樹脂とオリハルコンを混和させて遮断特性を発揮させた。流石に布となるとある程度の厚さがなければ十分な効果が期待できない。厚手ではあるものの、従来の防弾装備とは動きやすさが違う。
いつもの巡回スタイルがレギンスからパンツルックに変更になったくらいで、動きが阻害されないおかげで攻撃力は損なわれていない。当然、防御力は飛躍的に向上してる。
オーレリアは、武骨な格好でなくても身は守れるのだと、騎士学校の売りとするつもりらしい。まあ、騎士になるからってお洒落を諦める必要はないよね。
当然、銃弾を弾くなら魔物の爪牙だって通さない。オーレリアがご機嫌なのは、冒険者の生存率が上げられるからでもあった。当面は領地の外に出さないし、駆け出し冒険者が買える値段じゃないけど。
レンタルも考えた方がいいのかな。
「これに関しては服屋に発注するより、新規に専門部署を立ち上げた方がいいかもしれませんね……」
ウォズが真剣に検討しているのは、加工に専用に裁ち鋏や針が必要になるから。これまで軍需品を扱ってきた商会に女性が好むデザインを生み出すセンスは期待できないし、一歩間違えば指を容易く切断しかねないオリハルコン裁縫道具を服飾店に預けるのは不安が残る。せめて、契約はオリハルコンを扱う前提で締結しておきたい。
ただ、魔力さえ用意できたなら扱いが容易なオリハルコンで遊んでいると、一か月があっという間に過ぎた。
堪能し尽くしたというにはまだまだだけど、そろそろ皇国に戻らないとかな……。
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