憂国会談 1
朝、研究室の前で待ち構えていたのを、覚えている。
「私をここに置いてください。私に新しい、新しい技術を生み出せるとは思えませんが、そのお手伝いをしたいのです」
そのまま追い返す訳にもいかず、話だけでも聞こうと執務室に通すと、彼女は開口一番にそう言った。
前置きも、言葉を飾る事もしない彼女が、貴族として大丈夫なのかと他人事ながら心配になったよ。
家が第1王子派閥である事は、この時点で話してくれたし、家名を聞いて派閥の有力貴族だと、私も気が付いた。
それでも熱意に押されて、契約で厳しく縛ることを条件に、しばらく様子を見る事を提案した。そんな対応だったのに、研究に携われると喜んだ彼女の顔は、ちょっと忘れられない。
この頃、ノースマークの令嬢とビーゲール商会の共同研究が学院の噂の多くを占めていたけれど、そのきっかけが新しい技術、後に分割付与と名付けるものという事実は、かなり慎重に秘匿していた。おそらく、大勢から話を聞いて、代わり映えしない情報を集め、小さな相違点を繋ぎ合わせて事実まで辿り着いたのだろう。
その手腕への興味が、彼女への最初の評価だったと思う。
経緯を報告したら、一応は私に判断を委ねてくれたけど、お父様の文面は難色を示していたし、私自身にも面倒事を背負い込んだという思いがあった。この時は切り捨てる事も、選択肢に残っていた。
でも彼女は、地味な作業でもコツコツと積み上げるだけの根気を持ち、山となった情報の中から法則性を見出せるセンスも、課題を紐解く為の道筋を計画できる論理思考も備えていた。
推論を組み立ててから、感覚的にその実証を行う私とは異なるタイプで、すぐに研究室に欠かせない人材になった。
あと、彼女が研究室に通うようになって1週間ほど経った頃、彼女の従妹が、ズルいと喚きながら乗り込んでくる、なんて出来事もあった。その子もちゃっかり居付いたけれど。
キッシュナー卿との交渉は、私に任せられている。
事前にお父様ならどう攻めるかと相談したけれど、第1王子派として意欲的に活動する伯爵を説得できる気はしないと言い切られてしまった。できるだけでもやってみればいいと、この場をセッティングしてもらってる。
「こちらをご覧ください」
用意した資料には、分割付与は勿論、属性変換の機構まで全て隠す事なく記した。今後の方針についても、夢物語に偏らないよう、実現できるであろう可能性を綴っている。
これの作成には、特にマーシャが腕を振るってくれた。
見栄を張って大言壮語になりがちな私や、感情的な文章表現になりやすいキャシーと違って、事実を適切にまとめる彼女は頼りになる。
私が話を進める事が受け入れ難いと、斜に構えていたキッシュナー卿の表情も、徐々に真剣みを帯びてゆく。
もしかしたら、子供の仕事と切って捨てたかったのかもしれないけれど、貴方の娘さんが細かく論旨の穴を埋めてくれてるから、その資料の批判は難しいと思うよ。
それより、そこに書かれた意気込みと可能性を感じ取ってほしい。
私はこの資料を基に、これらの技術が実用化した場合の未来を語って追い打ちをかける。
分割付与で魔導兵器を小型化、軽量化できるだけでも運搬のコストが減らせる。基盤回路が多少複雑化するけれど、単付与だけで組み立てられるため、制作部門の選考基準を下げ、人員を増やして量産に取り掛かれるし、前線での魔道武器供給も可能になる。
小型魔導変換炉で魔力を充填すれば、魔導兵器の使用頻度を上げられる。兵器を量産しても、稼働に必要な魔力を十分に確保できる。
新しいポーションは行軍速度を上げ、戦闘可能時間を延ばし、負傷者を減らせる。濃縮液を薄めて使う為、多くの容器を運ぶ必要もなくなる。ニュースナカで確認できたモヤモヤさんの採取量なら、1日分で一個大隊にポーションを供給しても余裕がある。
属性変換の技術はまだ実用化できる段階にないけれど、将来的に支給武具と兵士の属性差をなくせるかもしれない。
全てを同時に導入する事はできないから、変化は緩やかに行われるだろうけれど、根底から大きく変わる。
勿論、軍事面以外での活用も可能だけれど、戦征伯と富国強兵を掲げるキッシュナー卿がいる場だから、その方向を強調したよ。
「まるで創作物語を聞かされている気分ですが、嘘はないのでしょうな。それで、お嬢さんはこれだけの技術を供与するから、私に第1王子支持から鞍替えしろと?」
「いいえ」
私が否定すると、キッシュナー卿だけでなく、お父様もカロネイア戦征伯も不可解そうな顔になった。
私、何か変な事言いました?
「レティ、待ちなさい。キッシュナー卿にその事を要請する為の場ではなかったのかい?」
あれ? そんな事、言った覚えないよ?
説得したいとは言ったけど、意図が伝わっていなかった?
ひょっとして、報連相ができてないって後で叱られる?
「派閥の引き入れを望むのでないなら、これだけの技術を、何故ニコラウスに明かしたのだ? 立場を共にせぬ者に開示するような情報ではなかろう」
「マーシャと共に開発したものを、彼女の家に提供するのは当然の流れだと思ったのですけれど、もしかして、違いましたか?」
2人揃って頭抱えてしまったよ。
お父様達の意向と、随分違う事をしてしまったらしい。
これは、考え無しに技術をばら撒いている訳じゃないって、補足しておいた方が良いかな。
「マーシャから伺いましたが、キッシュナー卿はアドラクシア殿下を推す派閥に所属して、軍事増強を提唱されていますが、戦争を望まれている訳ではないのですよね」
「……その通りです。私が願うのは、決して他国から攻められる事のない強い国。徒に血を流す事は望んでいない」
16年前、大陸の3大国家がぶつかり合ったヒエミ大戦。西のクーロン帝国が、突然王国に攻め込んできた事から端を発している。
当時、キッシュナー卿は西部国境の砦に詰めていた。
クーロン帝国の奇襲を受け、混乱する現場で上官の死亡が相次ぎ、城塞の臨時補佐官に就任。2週間に渡って防衛を行い、最終的に砦を放棄したらしい。
その後も前線で戦い続けて、右手を失う事になったと聞いた。
この襲撃でヴァンデル王国は領土の一部を奪われ、長きに渡って劣勢に立たされたと学んだ。そしてダイポール皇国の介入、カロネイア伯爵も参加した反抗作戦へと続く。
そんな訳で、伯爵は戦争の悲惨さと平和の脆弱さを知っている。
キッシュナー卿の、戦争は望まないけれど軍備増強は必要とするスタンスは、私の方針に近い。
もっとも、私達はできる限り戦争を回避したい専守防衛派、キッシュナー伯爵は他国から攻め込まれるくらいなら、侵攻を選ぶ消極的戦争不支持派。戦争についての考え方は違う。
「それなら、手を取り合う事はできると思っています。他国に蹂躪される未来なんて、誰も望みません。その為の軍備増強までなら、お互いの主張に矛盾しません」
お父様が表情をなくして、考える姿勢になった。多分、キッシュナー伯爵がどういう判断を下したとしても立ち回れるよう、あらゆる可能性に思考を巡らせているんだと思う。
あらかじめ用意してあった思惑をぶち壊しにした娘がいたからね。
「むしろ、キッシュナー卿を派閥に迎える必要はないと思っております。今回、ノースマークとカロネイアの協力が決まると、中立派はどの派閥からも無視できない大勢力になります。その上でキッシュナー卿を引き抜けば、他の勢力と敵対する意志があるものと捉えられるでしょう」
中立派は消極的な他派閥不支持層でもあるから、むやみに他勢力を刺激して反感を買うと、下級貴族が派閥から離れてしまう。かえって派閥を縮小してしまうようなマイナスは要らない。
ノースマークとカロネイアの結び付きだけなら、国軍ヘの技術供与による侯爵家の発言力強化って言い訳できる。
建前であっても、派閥争いに関わらない意志表示が大事。
「私達との協力で、キッシュナー卿が派閥での影響力を上げられるなら、アドラクシア殿下が即位された際、戦争に踏み切らせない為の重りとなれるでしょう」
「確かに、この資料を見れば、君が軍備増強を否定しないのは分かる。派閥への影響についても一理あるでしょう。しかし、将軍を利用してまで私を呼んでおいて、ほとんど一方的に新技術を差し出すだけだと? 何も望みがないとは思えませんが?」
私がキッシュナー卿に望む事なんて、初めから一つしかない。
お父様達にも誤解されているみたいだから、この際はっきり言っておこう。
「私の望みは決まっています。マーシャを、私にください!」
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価を頂けると、励みになります。宜しくお願いします。




