モヤモヤさん 1
マイ箒を手に入れてから、私のお掃除生活はますます充実した。
はじめは、これがあればもう少し高いところに手が届く……ってくらいに思っていたのだけれど、これがとんでもない代物だった。
「もぁもぁしゃん、かっごー!」
モヤモヤさんに向かって軽い気持ちで箒を振り回すと、穂の軌跡の先にあった汚れが消えた。
まるで画像編集ソフトで写真データに極太消しゴムをかけたみたいにあっさり、ごっそりと。
今まで手付かずだった天井の一部がピカピカになった。
「え、なんれ……?」
意味が分からないよ。
大口開けて呆然とするくらい吃驚した。
え?
これ、魔法の箒なの!?
それとも私が魔法を使ったの?
広範囲掃除魔法が使えるの?
私、魔法使いなの!?
「もぁもぁしゃん、ない、ない! きーたった! どして?」
誰でもいいから何が起きたのか解説してほしかったのだけれど、片言しか発せられない私の疑問は通じなかった。
何とか伝えようとしたけれど、首を傾げられてしまう。
特にモヤモヤさんが伝わらない。でも、なんて言えばいいのかも分からない。仕方がないから箒で指したらやっぱり消えて、説明にならなかった。
モヤモヤさん汚れが気にならないのはもう仕方ないとしても、突然消えても不思議に思わないものなの? この世界の常識が分からない。
最終的に、箒で遊んで興奮していると思われたらしい。すっごい微笑ましく見守られてた。
認識と言葉の壁が分厚過ぎる……。
何が起こっているのか、理屈についてもっと成長してから調べるのは確定として、モヤモヤさん掃除がぐっと楽になったのは間違いない。やったね。
と喜んでいたら、メイド見習いのフランに怒られた。
「もー、違うでしょ! 箒はお掃除に使うの。振り回して遊ばないで!」
お姉さん気取りの彼女としては、私がお手伝いできるようにと箒を贈ったのに、箒で遊んでいるようにしか見えない私の行動が不満らしい。
だけど彼女のお母さんを含めたメイドさん達が求めているのはあくまでも掃除ごっこで、お嬢様の私に掃除させるつもりはないと思う。
そもそも、フランを含めた私担当のメイドさん達のお仕事に掃除は含まれていない。お世話の一環としておしめの洗濯や私のベッドを整えるくらいは行うけれど、掃除専門のメイドさんは別にいる。彼女達は私が別の部屋で遊んでいる間に部屋中完璧に磨き上げてくれる。
元々、私が掃除する余地なんて残ってないんだよね。ただし、モヤモヤさんを除く。
ちなみにフランのお母さんであるメイド長は私の担当ではなく、フランの教育の為に一緒にいることが多いだけ。
今は別件で席を外しているから、フランの暴走を止める人がいない。
だからかな、私にも悪戯心が湧き出てしまった。
「でもぉ、おへや、きれーきれー、よ?」
「あ、うん……さっき別の人が掃除してたから……」
私に反論されると、フランの勢いはあっと言う間に萎んだ。感情が高ぶると抜け落ちてしまうみたいだけれど、多分、私との上下関係はしっかりと躾けられている。
「ここ、おそーじ、いる?」
「今日は、もう、終わってる……と、思う」
私に掃除を教えたいフランに、私の部屋の掃除はもう終わってるからここではもう掃除はできないと伝える。
うん、これで計画の第一段階は成功した。
計画はシンプルだ。次で成功可否は決する。
「だからぁ、おそーじ、まだのとこ、いこ?」
「うん!」
あっさり釣れた。
「おぶってあげる。行こ!」
「ねーちゃ、あーあと!」
お嬢様の私は掃除が完了していない場所に連れて行ってもらえない。
だから、フランを誘導して行きたいところへ運んでもらう計画を思いついた。よし、大成功。
「ふぁーんねーちゃ、あっち!」
「もー、仕方ないわね。特別よ」
こうなると誰にも止められない。呼ばれたメイド長がやって来るまで自由は約束されたのだ!
この日から、私の行動範囲は大きく広がった。
勿論、私に歩いていく体力なんて無いので移動はメイドさん。主にフランが運んでくれる。
実のところ、初日以外はフランに内緒で掃除済みの部屋へ誘導されていたみたいだけれど、モヤモヤさん掃除が目的の私には関係ない。知らない振りをしてあげた。
私、気遣いのできる幼児だからね。
移動した先で掃除ごっこしながら、こっそり箒を振るう。するとモヤモヤさんはみるみる消えてゆく。
気分はちょっと魔法少女だね。
ご機嫌で鼻歌まで口遊んじゃう。
「ふん、ふふん、ふふんふんふん……♪」
曲はコネク〇……あの作品、箒、出てこなかった。
これで屋敷中だって掃除できる!
お読みいただきありがとうございます。
できれば、感想、評価を頂けると、励みになります。宜しくお願いします。