王家の方針?
「ほんっとうに、ごめんなさいっ!」
ウォズとの通信を繋ぐと、開口一番に頭を下げた。
今回の皇国行きを機に、映像有りの魔力波通信機を開発した。転移鏡でいつでも帰れるとは言え、頻繁に皆のところへ顔を出せる余裕はない。ほとんどの場合が寝に帰るか、仕事に戻るのがせいぜいだったから。
それぞれが卒業後に向けて動き出しているから、皆何かと忙しい。オーレリアやノーラも、いい加減学院生気分ではいられなくなってきた。今回のような事でもなければ、日程も合わせ辛い。だから、せめて通信で顔を見られたなら会った気にもなれるんじゃないかと改良を加えた。
原理はそれほど難しくない。むしろ、複数の通信機と情報を共有させるグループチャット型の方が難航してるくらいだね。
魔力波を送信する際に、映写晶に刻まれた記憶を送信するだけ。それで、二点間の映写晶の記憶を共有できる。記憶の中には音も入っているのだから手間もない。
課題となったのは、従来の魔力波通信機との互換性。空気の振動である音声は風属性だったけど、映写晶の記憶は地属性、基板の規格が違う。かと言って、魔力波通信機自体が新しい技術なのに、音声送信式を廃れさせてしまったのでは方々から叱られる。
そこで、音と記憶を虚属性で混和状態にして送信させた。複数の属性を扱うなら、混ぜてしまえばいい。元々、直射性の魔力波を虚属性で引き寄せていたのだから、虚属性の使用は今更だった。受信した時点で虚実を反転させるので、受信属性の情報だけを回収できる。
勿論、ウォズがホクホク顔で売っている。
従来の音声通信のみのモデルを値下げする代わりに、新型を上級貴族相手に宣伝してぼったくっているのだとか。学院に通う子供の様子がいつでも確認できる、離れた領地から相手の顔色を窺いながら対談できる、宣伝文句には事欠かない。ストラタス商会でしか扱ってない商品だから、貴族は言い値を払うしかない。
通信機を改良したと言っても、一緒に行動していた私とウォズがそれで連絡を取り合う機会はなかった。初めての映写晶共有型での通信は、私の全力謝罪となった。
多分、ウォズには私の旋毛くらいしか見えていないと思う。頭を下げることに躊躇いはない。あんまり申し訳ないものだから、首を懸けるほど重い意味でなければ土下座したいくらいだった。
「頭を上げてください、スカーレット様。それだけ一生懸命だったのですよね? 俺は気にしていませんから」
ウォズの気遣いが心に沁みる。傷口に塩を塗り込んでるくらいに。
「それより、偉業を成し遂げたことを喜びませんか? オリハルコンの生成に成功したのでしょう? おめでとうございます。これでまた、可能性が大きく広がりましたね」
「あ、ありがと……」
「皇王陛下や皇太子殿下から問い合わせがありましたから、どうしても外せない研究があったのだと伝えておきました。多少は不満もある様子でしたが、表立って非難するつもりはないとの事でした」
「……助かります」
「スカーレット様が講義を中断してまで何を作っているのか、探ろうと俺に接触してきた貴族もいました。それらは全て、俺は何も知らないと追い返してあります。実際、噓ではありませんでしたから……あ、スカーレット様を責めている訳ではありませんよ?」
「やっぱり、ごめんなさい……」
ウェルキンも転移鏡も消えて帰国手段のなくなったウォズは、十四塔に引き籠るより私の防波堤になる事を選択してくれたらしい。
商会へ連絡してコントレイルを向かわせるように指示したって話だけど、到着にはまだしばらくかかる。
どうにも居た堪れない私と落ち着いて話すウォズに温度差があるのは、状況を把握したタイミングが違うから。さっき、オーレリア達との会話中に気付いた私と違って、ウォズはフランやキリト隊長と連絡を取り合っていた。
私が置き去りにした時点で、ウォズには皇国での役割があるものと思われていたらしい。後で連絡して指示を出すのだろうと。なので、彼の未帰還を誰も指摘しなかった。
フランも、ウォズからの問い合わせで誤りに気が付いた。でも、その時点で私に伝えると研究を止めてしまうから、タイミングを見計らっていたと言う。ウォズも、私の邪魔を望まなかった。
それぞれが私を気遣った結果、消えてしまいたいくらいに罪悪感でいっぱいなのだけども。友人を忘れるとか、私が私を許せない。
「せめて、何かで埋め合わせさせて……」
「俺としては、オリハルコンで新しい魔道具を作ってくだされば十分なのですけれど?」
「それは仕事。個人的に何か償わせてよ」
「……いいのですか? 俺にそんな事を言ってしまって」
私にとってはまだ友人でしかなくても、ウォズからは違う。この弱みに付け込むことだってできる。でも――
「私と並ぶまで何も言わないまま、爵位まで独力で手に入れたウォズだよ? 私はその誠意を疑わない。それ以前に、商売以外で相手の負い目を悪用しないってくらいは知ってるよ」
「分かりました。何か考えておきます」
「うん。私が思い切り反省できるくらいの無茶をお願い……」
そのくらいの方が、気が楽って事もある。
ウォズへの埋め合わせは彼が戻ってからにして、もう一つ話を通しておくべきところがあった。そっちは忘れていた訳じゃなくて、後回しにしていただけだけど。
手ぶらって訳にもいかないので、お土産も用意した。
「先日、ノイアの件でここを訪れたばかりだと思ったが、新年早々、また随分な発見をしたものだな」
「理屈が繋がらなかっただけで、実践する下地は整っていましたから」
迎えてくれたのはアドラクシア殿下。
世界を揺るがす発見を王族へ知らせない訳にもいかない。勿論、勝手に第二煌剣を軍へ配備する訳にもね。
こういう時、陛下が出てくると質問攻めに遭うから、殿下が対応してくれて助かった。そのあたりを踏まえて、分担を調整してる気もしてる。きっと、陛下に任せておくと面会の順番をかなり強引に変えようとするんじゃないかな。
「しかし、オリハルコンか……。今更其方を疑う訳ではないが、間違いないのだな?」
「はい。煌剣に転移鏡、どちらも再現に成功しています。並外れた魔力容量からしても、見込み違いという事態はあり得ないかと」
疑うというより、受け入れ難いって様子だったけど。
まあ、ついこの間まで伝説上でのみ語られる存在だった筈のものが、量産可能になったって話だから現実感を伴わないのも無理はない。
「いつもながら、其方の急な面会依頼は心臓に悪いな」
「そろそろ慣れてもいいのではないですか?」
「毎回毎回想定を遥かを上回る事態に、どう慣れろと?」
「諦めるとか?」
「…………」
真面目に助言したのだけれど、殿下は随分と渋い顔になった。でも、平静を保つ心構えは必要だと思うんだよね。これからオリハルコンを使って研究を続けるなら、転移鏡以上のトンデモ魔道具が必ず飛び出す筈だから。
「其方は好奇心を満たせて満足かもしれんが、こちらは政治的な影響も考えなければならんのだぞ? 便利だ、可能性が見込めるからと、浮かれてばかりはおれんのだ」
「その苦労も含めて、国を背負って立つ覚悟を決められたのでは?」
「……その中に、神の金属を量産するなどという夢物語は入っていない」
「夢物語だなんて、酷い事を言わないでください。既に現実ですよ?」
「だから、頭が痛いと言っている。夢で政治的に煩わせられることはないからな。しかも、オリハルコンともなれば反響が大きい。……と言うより、大き過ぎる。誰もがこぞって手に入れようとする筈だ」
「でも、加工は簡単ではありませんよ?」
「それでも、だ。煌剣を製作した際、自分にも作ってほしいと貴族共が殺到しただろう? これまでは採取したオリハルコン自体が限られていた。しかし、その制限が取り払われた場合にどこまで反響を呼ぶのか、正直なところ予想できん」
あれはちょっと思い出したくない。良識がある筈のお父様とかエルグランデ侯まで乗り込んできたからね。問い合わせが私に集中しないためにも、魔塔あたりを巻き込んでおきたい。
「それに、あれを使って其方が魔道具を作るのであれば、これまでとは一線を画した代物が多く出回るのだろう? それが社会にどこまで影響を及ぼすのか、予測するのは難しい」
「流石に、私も考え無しに拡散させるつもりはありませんよ?」
「…………」
どうして、そこで疑わしいって目を向けるのかな?
「可能性を信じたいと考える其方の気持ちは理解できるが、私はそこまで楽観視できない。オリハルコンを手に入れたいと暴走する貴族の混乱だけでも、其方が考えている以上の筈だ。それに、神の金属ともなれば神殿からの干渉もある。教国の頃と違って、権威を盾にした難癖でない分、否定も難しい」
「ダンジョンからオリハルコンが採取できること自体、教義的には受け入れがたいでしょうからね。ダンジョンを構成する物質が素材になるなら尚更です」
「そうだ、対応次第では教義の批判と受け取られかねない。そういった調整も進めなければならない訳だ。様々な事情を列挙するに、オリハルコンの自在利用は時期尚早なのではないかと考えている」
「それで、殿下は私にどうしろと?」
「オリハルコンの生成については、完全に秘匿する。量産が可能になった事実は、国内の貴族にも知られてはならない。これまで通り、ウェスタダンジョンで発見された鉱石以外の存在は公にしない」
「はあ⁉」
信じられない結論に、自分でも吃驚するほど低い声が出た。
ああ、うん。そのくらい、私は腹を立てている。
これだけの可能性をなかった事にするつもり? 管理が難しいからって、神殿の突き上げが厳しいだろうからって、闇に葬ろうって?
そんなの、私に受け入れられる訳がない。
これは、この人を陛下のところまで引き摺って行って、王になる資格についてじっくりとお話し合いすべき案件かな?
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