既存魔道具の再作製
ついに明日、書籍一巻発売です!
オリハルコンの安定供給が可能になって、新しい魔道具の製作に入りたいのは山々だったものの、検証作業が先に待つ。
ノーラの鑑定でオリハルコンだとは明らかになったけれど、天然で採取したウェスタダンジョン産のものと、魔漿液に溶解させてダンジョン構成材を凝縮させたもの、これらが完全に同一であるかまでは分からない。似た性質を持ちながら、部分的に異なる挙動を示すとも考えられる。世の中には同位体とか同素体とかあるからね。
そうしないといけない理由の一つに、鑑定が困難というのがあった。
普段なら詳細分析をノーラに任せるところ、魔力の強弱を光として目視する彼女は並外れた高魔力体に対して魔眼が正常に働かない。細かい性質については、眩しくて見えないというのがノーラの回答だった。
それなら一般的な鑑定魔法はというと、これまたオリハルコンには適していない。鑑定したい対象に薄く魔力を浸透させて、魔力の回収と同時に対象の情報を引き抜くのが鑑定魔法。けれど、高魔力体が対象となると、魔力が浸透しないらしい。私も、物体の魔力を飽和させることで鑑定魔法の対策にしていたくらいだから、至極当然と言えた。
そこで、これまでオリハルコンを使って試作した魔道具を、魔漿液から得た獲得分で再現する必要性が生じた。この検証を通過できたなら、暫定的に同物質と言っていい。今後の検証用に天然物の方は残す必要があるけれど。
飛行列車のエンジンを強化したいキャシーが不満そうな顔をしたところで、検証実験は譲れない。
「ところで…、ところで二本目の煌剣を作って、誰が使うのでしょうか?」
「オーレリアの予備でいいんじゃない?」
「レティ、欠けも錆もしない剣なのですから、予備を使う機会がありませんよ」
それもそうだね。
永続特性が一切の変形も許さないので、どれだけ薄く鍍金しようと折れる事態もない。
「キャシー、グリットさん用に持って帰る?」
「レティ様やオーレリア様は頷かせられなくても、あたしなら強引に譲渡を迫れば説き伏せられるんじゃって貴族が殺到しそうですからイヤです」
「マーシャは……」
「残念ながら…、残念ながら使う機会がありません」
「そうなると、ノーラも同じだよね?」
「はい。わたくし用に武器を作るなら、水属性の杖が欲しいところですわ」
それはそれで考えたいところだけど、今は第二煌剣の使い道が優先だった。
グラーさん達の場合、私が似た魔法を使えるものだから、彼等に渡す意味は薄い。烏木の守の役割自体、護衛より示威目的が主だしね。
それ以前に、烏木の守や金剛十字に渡した場合、貴族から不満が噴出しそうな気がしていた。自分達が優先であって当然だって思い込んでる割には、どうせ飾るだけなのに。
「カロネイア将軍と言うか、軍の象徴として使ってもらうのが現実的かな?」
「そうですね。お父様も剣を使わない訳ではありませんし、軍で運用するなら装飾品扱いもないと思います。無難なところではないですか」
「将軍には壊れない武器を作ってあげたい気もするけど、専用武器でもないのに棍って訳にもいかないから、煌剣と同規格でいい?」
「象徴として存在感を示すなら、もう少し大振りの剣がいいです」
「それもそうだね。それじゃ、いっそ両手剣にしようか。魔法の威力は変わらないけど」
この場合、将軍個人に贈る訳じゃない。しばらく代替わりの予定がないだけで、戦征伯が引退したなら次代が剣も一緒に引き継ぐ。カロネイア伯爵家ばかりを優遇してるんじゃないかって顰蹙も躱せる。
「軍事力の向上となるなら、批判する声は上がりにくいと思いますわ。けれどスカーレット様、その場合は騎士団にもオリハルコン製の剣をとの要望が上がりませんか?」
「んー、その場合は以前の不始末を理由に断るよ」
「うわぁ……、現騎士団長はいい迷惑ですね」
「それに、オーレリアの騎士学校を成功させようと思ったら騎士団との連携が必須になるから、あそこの古い体制を一新してもらうための分かりやすい餌は必要かなって」
「ありがとうございます、レティ」
「つまり…、つまり数年に亘って焦らされる訳ですね。少し同情します」
でも実際のところ、信頼のできない人物や組織に任せられる武器じゃない。その意味でも、騎士団へオリハルコン武器を支給しようとはまだ思えなかった。キリト隊長とか一部の精鋭には悪いけど、本当に欲しいと思うなら歴然とした証拠を見せてほしいところだよね。
「所有者を限定しないって事は、王国の聖剣と同じで属性変換器が要りますよね。オリハルコンを使って新型を作ってもいいですか?」
「聖剣の分も必要になるし、そこは更新しておこうか。お願いできる?」
「任せてください。可愛いヤツを作ってみせますよ!」
オリハルコンを使った魔道具製作を許可すると、だらだらと魔法陣を描いていたキャシーの目にやる気が漲り始めた。王国の聖剣は大容量の魔力充填機に接続する必要性から、暫定的に大型の属性変換器を使っている。けれど所詮は間に合わせ。充填速度は遅いし、見映えも悪い。キャシーは改善したくて仕様がなかったらしい。
魔道具を可愛いって表現する感性には賛同できないけど。
「あ! 転移鏡も作るなら、あたしの領地とここを繋いでいいですか?」
「確かに、わたくしのところと違ってウォルフ領は遠いですからね。いいのではありませんか、スカーレット様」
「うーん、それは構わないけど、移動が楽になると書類仕事も追いかけてくるよ?」
現在、私の決裁が必要な書類は皇国まで届けられている。
「それは……、少し考えさせてください」
「転移先の設定は完成した後でもできるから、ゆっくり考えるといいよ」
「……ここに長期滞在するのは研究にのめり込んでいる時ですから、その邪魔となりそうな事態は遠慮したいところですわね」
「そう? 私はいつもの事だけど」
「まあ、レティ様の領地が溜まり場になってますからね」
実際のところはフランが研究の進捗を見計らってくれるので、集中力が切れた時や考察が滞ったタイミングが多い。その配慮を他領の代行に求めるのは難しいかもね。
「いずれは皆の領地を結びたいと思っているから、今回は免れても時間の問題だって気がするよ? キャシーがまだ見合わせるって言うなら、ノースマーク侯爵領との経路を開こうかな」
「それなら…、それならここを経由して王都から侯爵領へ移動できます。今は主に王都に滞在しているオーレリア様も便利なのではありませんか?」
「そうですね。騎士学校の手続きを考えても助かります」
オーレリアの場合、転移鏡がなかったからって社交の実習から逃げられる訳じゃない。
結局、仕事に追われる覚悟を持てないキャシーは後回しにして、南北ノースマーク間を結ぶことになった。これで、いつでもヴァンに会いに行けるね。
一度作った事のある魔道具だと言っても、魔法陣の作成には細かい作業が必要になる。徐々に雑談が減っていくと、今度は他所事が気になり始めた。キャシーじゃないけど、検証作業には私もあまり集中できていないらしい。
「そう言えば、甲殻以外の岩石龍の素材、どうしよっか?」
「あれ? レティが使うのではないのですか?」
「しばらくオリハルコンで手一杯だろうし、無駄に余らせとくのは勿体ないよ」
竜の素材なんて、そういつでも使う訳じゃないから前回討伐分がまだ残ってるくらいだしね。リポップする階層も分かっているのだから、私にとってはそこまで希少性はない。私かオーレリアくらいしか討伐できないせいで、ウェスタダンジョンの三十一層は誰も立ち入らない場所となっているらしいけど。
「まあ、あたし達が必要だったのはダンジョン壁で、岩石龍の入手は予定になかった訳ですから仕方ないですね」
「それは……、ごめんなさい。ちょっとスカッとしたかったんです」
「気持ちは分からないでもないかな。発散の仕方には同意できないけど」
「使い道が…、使い道がないなら売ってしまいますか?」
「そうだね。今回はウォズに任せようか」
「……ところでずっと気になっていたのですけれど、そのウォズは何処です、レティ?」
「そんなの、私に聞かれても困るよ。オリハルコンの事を思いついた時点で別行動だった訳だし。ウォズなら挨拶回りに行くって………………え゛?」
挨拶回りに行くって話は聞いていた。
でも、それは王国の商人が相手じゃない。
そして、私は十四塔に戻ると同時に、ウェルキンを移動させるよう指示を出した。それを聞いたキリト隊長達の動きは速かった。私が転移してすぐと言ったものの、転移鏡をくぐる前に車体が動き出したのを確認している。
当然、そんな短時間でウォズは戻っていない。それ以前に、講義中の思い付きについて知らせた覚えもない。
「えーっと……」
「…………」
「…………」
「レティ、まさか…………?」
ウォズ、ごめーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼
私の謝罪が皇国へ届くことは、勿論なかった。
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