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錬金術 始めました

 南ノースマークに戻った私は、急いでオーレリア達を呼び寄せた。

 キャシーやノーラが陞爵や叙爵に向けて忙しいのは知っているけど、私とマーシャだけで検証するには手が足りない。オーレリアにも、ダンジョンで素材を採取してもらう必要があった。


 研究仲間と言っても領主である以上、領地の運営が最優先ではある。特にキャシーのところは代理が機能する状態にないから、急な呼び出しに不満を隠せない様子だった。


「…………本当に、溶けましたね」


 私の仮説を聞いた時点で研究室を離れる気は吹っ飛んだようだけど。

 検証の第一段階を確認した彼女は、領主代行をメアリと前男爵に通信で丸投げしていた。弱小男爵だった頃と立場が変わって勝手が違うものの、数週間持ち堪えるだけなら何とかなるだろうって話だった。こんな事はこれからも起こるに違いない。その予行演習と、補佐に残したグリットさんとメアリを育てる為でもあるんだとか。私の都合で、突然のスパルタ教育が始まった。

 ノーラはそれなりに人材を育ててあるから余裕は捻出できたらしい。オウルさん――元アウルセル・ラミナ氏が頼りになるって話だった。一応領主経験者だし、もともと補佐向きの気質だったみたい。


 私達の前には大きな水槽があり、それを魔漿液が満たす。そこには複数の岩塊が沈んでいた。岩石は不要部分なので溶け残って構わない。むしろ、分離の手間が省けていい。


 人工魔石を思いついた時、私達は水溶性塩について検証した。魔漿液の水に酷似した性質を利用して金属塩を溶かす。

 けれど、魔漿液に溶解するのはそれだけじゃない。

 今回は水としての側面じゃなくて、魔漿液そのものの特性に着目する。回復魔法を付与して含有魔力で発動させる、地面へ撒いて地中に堆積した魔力を吸収させる。これまで何度も利用してきたその特性、魔漿液には魔力が溶け込む。しかも、その溶解量は数ある魔物素材の中でもかなり高位に属する。


 そうであるなら、確実に溶ける物資が存在した。

 ダンジョン壁。

 外観が岩でしかないせいで水に溶けそうに思えないこの塊、歴とした高魔力体だから、魔漿液に溶けない筈がない。

 表面が岩石で覆われているので浸潤まで少し待つ必要はあったものの、内部の魔力貯蔵部分はあっさり溶けた。本当に固体だったのかってくらい易々と。


「……なんていうか、盲点でしたね。ダンジョンではありふれた物質が、こうも簡単に溶けるなんて」

「考えてみれば…、考えてみればそれも仕方がないのかもしれません。魔漿液はスライムを構成する主物質。けれど、ダンジョンに吸収されて魔素が存在しない場所にスライムは生息できませんから、その二つが自然に接触する機会はなかった訳です」

「そうだね。人の手が介在しなければ決して見られない現象だからこそ、私達も見落としたんじゃないかな」


 魔漿液に魔力が溶ける事、ダンジョン内にスライムが生息しない事、どちらも周知の筈なのに、それを組み合わせて考える事はしなかった。


「でも、これはまだ前段階。ここからが本番だよ!」


 私達の目的は、魔漿液に限界までダンジョン壁を溶かす事。全属性を均衡状態で内包した私の無属性魔力とも違う、虚属性によってあらゆる魔力が無秩序に混在した物質が何を生むのか、私はそれを知りたい。


 魔力自体は易溶であるものの、不要岩石を含むので分取工程を挟まなければならない。何度も容器を移し替えながらの大変な作業になった。

 大量のダンジョン壁は、オーレリアが採ってきてくれた。新年休暇とは名ばかりの連続社交から逃げるいい口実だったらしい。侯爵夫人になるために必要な実習だとしても、王都、ノースマーク、カロネイアを股にかけた社交には少し同情する。

 ダンジョン壁なら浅層でも採取できる筈なのに、気晴らしとばかりにウェスタダンジョンへ潜って、リポップしていた岩石龍を討伐してきてくれた。確かに、甲殻がダンジョン壁と一体化しているけども。


 次々ダンジョン壁を加えていると、体積の十倍程度を溶解させたところで突然粘性を帯びた。溶液は徐々に白濁していって、表面は光沢を得ている。

 そこまでになると、もうダンジョン壁が溶ける気配はない。飽和したダンジョン壁が新しい性質を獲得して見える。試しに一部を摘まんで引っ張ってみると、粘性物は何処まででも延びた。

 魔漿液へダンジョン壁を飽和させた結果、スライムに似た粘性塊となった事に若干の奇縁を覚える。


「ノーラ、これって?」

「はい。魔力が不足して完全な状態ではありませんが、“永続”と“不壊”の特性が働いていますわ。オリハルコンで間違いありません」


 やっぱり……。


 私の仮説はここまでを想定していたので驚きはない。魔漿液を作用させなければ実践のしようがなかったけれど、ダンジョン壁を極限まで凝縮させると何ができるかと考えた時――オリハルコンしか思い浮かばなかった。

 別の物質に変容したとしても、それはそれで夢の高魔力含有新物質だから、興味深くはあった訳だけど。


「うふふふふふふふふ。これだけあるなら、最高級の魔導線が使いたい放題です! これまでは抵抗値の阻害が解決できなくて組めなかった基板を量産できますよ」

「基板の…、基板の品質自体を向上させられます。オリハルコンが高魔力を含有していますから、動力としての魔石も必要なくなるでしょう。高出力で、しかも簡略化した新しい魔道具が生まれますよ……!」

「そんな他で代用可能な使い方より、オリハルコンの特性に目を向けませんか? 鏡面間転移を可能としたように、これまでは実現不可能だった固有魔法も魔道具で再現できるかもしれませんわ!」

「煌剣のような特殊武器が標準化するかもしれないのですよね? どんな魔物も恐れる必要のない日が来るでしょうか……?」


 驚く代わりに、奇跡の金属への期待が口々に飛び出す。私だって、興奮を抑えられない。


 ラマン人工ダンジョンでオリハルコンだけ採取できなかった時から仮説はあった。他の魔法金属とは生成過程が違うのではないか?

 実際、ダンジョン内部で魔力の偏りによって生まれる魔法金属とは性質が逆となる。一部の魔力が残留したまま鉱石化するミスリル等と違って、オリハルコンはダンジョン壁以上の魔力を有している。偏りによって魔力が凝集した側となる。しかも、必要となる収縮の度合いが並じゃないものだから、多少の偏りではオリハルコンになり得なかった。

 それを、魔漿液なら容易に飽和までもっていける。

 もっとも、大量のダンジョン壁を消費して粘性状態止まりな訳だから、必要魔力は尋常じゃない。自然発生したウェスタダンジョンの結晶は、まさしく奇跡だったと思い知った。人工ダンジョンで再現できなかったのも無理はない。

 それでも、加工どころか煌剣以外では採取すら不可能だった無価値のダンジョン壁を神の金属まで昇華させた訳だから、異世界版錬金術と言って差し支えないかな。


 私の仮説に対して期待の大きかった皆も、オリハルコンの活用について考えるのに忙しい。これまではソフトボール程度の結晶しかなくて、使用を制限せざるを得なかった抑圧から解き放たれた。試してみたかったいろんな発想が渦巻いてるに決まってる。


 とは言え、オリハルコンはまだ完成したとまでは言えなかった。この時点では、加工の為に魔力を抜いた状態に近い。魔漿液も残留しているからいくらか粘性は低いけど。


「ここからは自力で魔力を注ぐ必要があるね」

「レティ様なら簡単じゃないですか?」

「この量全部となると、流石に不安があるよ」


 私は一部を千切ると、思い切り魔力を注ぐ。ソフトボール程度の大きさでも臨界魔法が使えてしまうくらいの魔力を必要とするのは経験済みだった。水槽いっぱいのオリハルコンが対象となると、補給なしには私の魔力も枯渇する。

 私が少し欲張ったバレーボール大の粘性物は、魔漿液を排出しながら見覚えのある金属へと変貌した。


「ダンジョン壁を…、ダンジョン壁を採取するための道具はこのオリハルコンから作れるとして、最後に硬化させるための魔力が量産の壁となりそうですね」

「このくらいの塊で、魔導変換炉から供給される魔力数日分ってところかな。簡単に用意できる量じゃないと思う」

「計画的にオリハルコン用の魔力を確保しないと、都市機能が止まりますね……」

「おそらくダンジョンで採取された結晶は、核からの魔力供給で硬化していたのだと思います。同じ作用をダンジョン以外では望めませんわ」

「つまり、ダンジョン壁も魔漿液も容易に手に入るのに、加工の魔力量が膨大となるせいで安価に供給はできないのですね。オリハルコン武器標準配給は遠そうです……」


 オーレリアが残念そうだけど、オリハルコンを活用することで魔導兵器の威力は底上げできると思う。既に私の中には、魔法籠手の改良案があった。どんな魔物もとまでは言えないまでも、魔物被害を減らす一助にはなるんじゃないかな。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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魔物被害を減らす目的で作った武器も、強欲な愚か者が侵略の道具にするのはよくある話。 この世に“強欲で野心家な”愚か者が、一人でも政治の頂点に昇る可能性がある限り、戦争に対する準備を怠ってはならない。
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