まさかの情報提供者
子供達を預かって、ハイさよならでは味気ない。情報共有の為に私達も席に着いた。今後南ノースマークで生活する双子をオーレリア達に紹介する約束まで、まだ少しある。
「フェリリナはな、手先が器用なのだ。この間も、髭の調子が悪くて困っていた際に魔道具を直してくれた。なかなか見事なものだったぞ」
話題は当然二人の事で、陛下の孫自慢がしばらく続く。
陛下の付け髭は魔道具で、視線を誘導して軽い催眠効果を生み出す機能を持っている。赤より茶に近い地毛から目を逸らす。変装の為の魔道具なので、基板となる部分はかなり細かい。分割付与導入前の古い魔道具だから、小型化の為には付与素材の高品質化と微細な魔導線の張り巡らせ方を突き詰めている。
あれを修理できるのだとしたら、相当なものだと思う。爺バカ陛下の過大評価って事でもないみたいだね。
「ベリルは……、とにかくいろいろな方面に凄いのだ。どんな課題も、涼しい顔でやり遂げてしまう。父親のノイアが小さかった頃に似ているな」
「私から見ても、そう思います。容易くこなしてしまうものだから、関心が湧き辛い点まで含めて。興味のある事を見つける為にも、色々な事を体験させてやってほしいと思っています」
アノイアス様からすると、ただの自慢話ってだけでは済まないらしい。優秀であったせいでおかしな信奉者に付きまとわれてる訳だから、心配が尽きないのかもしれない。
二人の身の回りのお世話には、フレンダを付けて注意深く見守ってもらうべきかな。養護院出身者同士で家族に近いコミュニティを形成している留学生達と同じ扱いって訳にはいかなそう。
フレンダの豊富な経歴と、私の側近で唯一の子育て経験は頼りになる。どうも私の周囲には、仕事が生き甲斐って人間が多過ぎる。前世を未婚で通した私も他人事ではないとは言え、ベネットとかとっくに行き遅れているからね。
こうして聞いた陛下の意見は一つの参考として、とりあえずはいろいろな選択肢を与えて観察したいと思っている。得意と好みが合致しているとは限らない。自由を約束した以上は、こちらの思い込みによる押しつけは避けたかった。
「ところで、陛下。話は変わるのですが、皇国でちょっと面白い現象を見つけました」
雑談のついでに、緑の魔法についても伝えておく。検証が途中なので、まだ報告書には記していない。でも、薬草研究が趣味だった陛下なら、間違いなく詳しく知りたいだろうと思ったから。
「本当ですか、子爵?」
「……まさか、魔法でそんな事が」
実際、アノイアス様とベリル君はすぐに興味を示した。事象そのものよりは、その魔法を活用する事で社会に貢献する方向への興味みたいだけど。
けれど、ディーデリック陛下の反応は想定と違った。
「ああ、それなら心当たりがあるぞ。栽培の過程でうっすらと魔力を馴染ませるのだろう? 水遣りや剪定の過程で、薬草を自分の延長だと思って魔力を伝えるのだ。成長した姿を詳細に思い描けば、高確率で上手くいく」
まさかの返答だった。
土仕事から一番遠そうなところに実例が居るとは思わない。しかも、フェアライナ様と違って意図的に魔法を使いこなしていた節がある。
「父上、私も初耳ですが?」
「離宮にいた頃は一緒に鉢植えを育てていたではないか。即位してからはそんな暇も無くなったが」
「……そう言えば、随分と立派な鉢植えばかりを世話していた覚えがあります」
感覚的な話になるので、伝え聞いたとしても実感を伴わない。陛下とアノイアス様では保有属性が違うから、魔法感性も働かなかっただろうしね。当然、ノーラでもなければ目視で違いを見分けられる筈もない。
そして、かつての王太子の急逝で継承が繰り上がった陛下は、王族の義務を果たさない放蕩者って評価を得ていたくらいだったから、趣味に傾倒する時間はたっぷりあった。
「つまり、陛下は緑の魔法について理論的な解説ができるのですか?」
「感覚に頼っていた部分があるから、何処まで他者に伝わるかは分からんが、言語化できる範囲で教授する事はできるぞ」
「是非、お願いします!」
無自覚に魔法を使っているフェアライナ様と違って、陛下からはどのように魔法を作用させたかって情報が得られる。多少感性頼りのところがあったとしても、リコリスちゃんなら論理化できるかもしれない。
個人差の程度や自己流の応用についても知りたいから術師探しは継続するとしても、取っ掛かりを見つける手間は省けた。正直、フェアライナ様みたいな無自覚の術師ばかりだったなら、どうやって聞き取りしようかと困っていたところだった。ついでに、自覚的に緑の魔法が使える事と、薬効に干渉できる事の証明にもなる。
「初めて育てる薬草で、効果が見られた事はあまりなかったな。経験を補足する形で働いていたのかもしれない」
「ふむふむ、それから?」
「私が編み出した技術だとは言えないと思う。そもそも、私も薬学の教師から教わったコツの一つだったからな」
「それは新しい情報ですね。その方は今、どちらに?」
「私が教えを請うた時、既に高齢だったのだ。もう何年も前に亡くなったよ」
それは残念。折角の手掛かりが途絶えてしまった。
「だが、私の他にも弟子はいた筈だ。現時点での交流はないが、子爵の為にも調べておこう」
「助かります」
「お祖父様、他にどんなことができたのですか?」
「うむ。劇的にとまでは言えないが、成長を促す事もできたな。特別、手順が異なる訳ではない。成長の過程を思い描きながら、丁寧に手入れを行うだけだ。今思うと、消費する魔力量は違ったのかもしれんが」
「お祖父様、凄い!」
「そうか? 逆に、成長を遅らせる事もできたのだ。上手く使えば、開花時期を引き延ばす事も可能だった。今度、フェリリナにも見せてやろう。綺麗だぞぉ~」
「ありがとう、お祖父様!」
譲位後の約束かな? 今の陛下に、薬草栽培にかまけてる時間があるとは思えない。
ちなみに、陛下から話を引き出す役を変わったフェリリナちゃんへ、私は指示を出していない。陛下が気持ち良く体験談を語れるよう、タイミングを見計らって合図していたのはベリル君だった。フェリリナちゃんはフェリリナちゃんで、どう声を掛ければ効果的に作用するのか、熟知して見える。
うちの国家元首、お孫さんにいいように転がされています。
孫にダダ甘の陛下を嘆けばいいのか、先行きが明る過ぎる双子に慄けばいいのか、判断に困るね。とりあえず、実父のアノイアス様は複雑そうだった。
考えてみれば、強化魔法だって個人の才覚頼りだった時代もある。主流の魔法を体系化したのはこの数百年でしかない。そうなると、民間魔法と言うか、相伝の秘術みたいな魔法がもっと隠れている可能性も考えられる。属性の縛りがあるから、上手く継承されずに放置されているものだってあるかもしれない。
時間ができたら、そういった魔法について調べてみるのも面白そうだね。今のところ、暇になる予定は何処にも見当たらないのだけども……。
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