元王族の双子
「……ベリル・ロイアーです」
「はじめまして、フェリリナ・ロイアーです!」
「スカーレット・ノースマークです。これから、お二人には私の領地で生活していただきます。よろしくね」
「はい、話は聞いています。有名な大魔導士様とご一緒できて、光栄です!」
「……よろしくお願いします」
気を取り直して挨拶を受ける。
この二人が王族でなくなった以上、こうして人目のない機会でないと祖父と孫としての触れ合いもできないのだろうと、さっきの件は忘れる事に決めた。
なんでも、ベリル君が兄で、フェリリナちゃんが妹らしい。
寡黙な兄と明るい妹って印象だった。二卵性の双子って話で、外見同様に雰囲気も似ていない。共通しているのは奇麗な赤い髪くらいかな。ベリル君は父親同様に短く切り揃えてあって、フェリリナちゃんは腰までの髪を先だけ編みこんでいる。
「どうだ、ノースマーク子爵? 私の孫達は利発だろう? こうして、どこに出しても恥ずかしくない振る舞いをしてくれる。まだ六歳とは思えないくらいだ」
「ええ、陛下が可愛がるのも分かる気がします」
と言うか、孫バカを隠そうとしない陛下の方が、離れて暮らす覚悟ができていなくない? 他に孫はアドラクシア様のところの一人しかいない。王族が著しく減ったことを思えば、無理もないけど。
そして陛下の言う通り、この短いやり取りだけで、この二人が只者でないと確信もできた。
ベリル君は表情を変えないままこちらを注意深く観察していて、フェリリナちゃんは空気を読んで雰囲気を変えた。不躾に視線を向けるなら不快さを覚えてしまうけど、不自然とならない程度に概観を捉えている。私の反応を観察しつつ、どう立ち回るべきかをシミュレーションしてるんだろうね。フェリリナちゃんにしても、お爺ちゃんに向ける朗らかさと、初対面の私に対する天真爛漫さを使い分けている。別に二面性があるって話じゃなくて、その場に相応しい態度を選択した。この切り替えは私にも覚えがある。
これができる子女って、学院にどれだけいるだろうね。しかも、二人はまだ六歳の子供でしかない。
揃って父親似って前情報に間違いはなかった。しかも、王族の特徴である赤髪金眼をしっかり継承しているとなると、王族へ返り咲かせようと勝手に暗躍してしまう勢力が生まれるのも頷けてしまう。アノイアス様は黒髪灰眼、ファーミール服役囚はともに琥珀色なのにね。
「……なるべく面倒をお掛けしないよう、気をつけます」
どう考えても、子供の言動じゃない。
王族から外されるって境遇がこうさせたのか、それとも生まれつきのものか、子供らしくしろって強制するのも違う気がした。
「面倒だなんて、貴方達を押し付けられた時点で特大だって確定しているよ。元王族を後見することに嫉妬を向けてくる貴族もいるし、貴方達を足掛かりに王国を掌握する気なんじゃないかって無駄な警戒も生まれる。二人を王族へ引き戻そうと盲信していた連中は、貴方達を隠すつもりかと憤慨するだろうね。当然、私や領地に向けた嫌がらせだってあり得る」
「……え?」
この子達の長所をどう伸ばしていくかは、これからじっくりと考える必要がある。勿論アノイアス様の意向を聞き入れながらだけど、二人は本音を隠す事にも長けていそうだから、思ってた以上に注意深く見守る必要が生まれた。
現時点で一つ確実なのは、この二人は子供扱いすべきじゃないって事。
だから、私も本音を隠さない。建前で誤魔化したりしない。アノイアス様と陛下が青くなっているのも気にしない。私の返答は彼の想定を大きく逸脱するものだったのか、ベリル君もポカンとしてしまった。
「その全てを私は受け止める。決して貴方達を煩わせない。貴方達に責任も負わせないよ。約束する」
「……ど、どうして?」
「だって、そう命じられたから。これは私達の都合。私と、アノイアス様と、陛下と、貴方達を政治に利用されたくない大勢の都合で、貴方達自身には関係ない。面倒に対する対価はしっかり国へ請求するからね」
「……!」
陛下が更に顔を青くしたけど一顧だにしない。私はただ働きするとは言ってないから、恩はしっかり売っておく。絶対のセキュリティがあって、決して国へ不利益をもたらさないって信用があって、学ぶための環境がこれでもかってくらいに整っている領地なんて、私のところ以外にないんだから、この便宜はせいぜい高く買ってもらうよ。
「貴方達には自由をあげる。こうしろとも、ああしろとも言わない。その代わり、自分で未来を選んでもらう」
「……僕が?」
「うん。留学生や地元の子供達と交流して立場を忘れるのもいい。彼等をまとめ上げて何かを作り出してもいい。引き篭もって本を読んでいたって何も言わないし、全て忘れて自堕落に生きたとしても、私からは何もないよ。あ、でも、お父さんくらいは説得してね」
「……流石にそのつもりはないけど」
「そう? 今の立場が重いなら、投げ捨てるのも一つの生き方だよ。別の名前と身分くらいなら、用意してあげられる」
「……子爵」
「陛下にとって聞き入れられない選択肢を挙げている自覚はありますが、私に預けるならこのくらいの覚悟はしておいてください。今からでも考え直しますか?」
「い、いや、そのつもりはない」
「では、もしもに備えて、アノイアス様と一緒に説得の言葉でも考えておけばどうでしょう」
「む、むぅ……」
「私に庇われている状況を申し訳ないって思うなら、手伝えるように頑張って勉強してくれてもいいよ。その為の環境は最大限に整えてあげる。私の領地には、いろんな分野の専門家が揃っているからね」
発明的な研究ばかりしていると思われがちだけど、政治や思想に関して探究する人達だって集まってきている。その為の場所は用意するし、隣の領地で広大な図書館を運営しているから資料にも困らない。
特に前者については、領主の私が年若いものだから、目に留まったなら召し抱えてもらえるって思惑があったみたい。実際、何人かは雇い入れている。
「何なら、王族に戻るって選択肢もあるよ。簡単じゃないけど、どうしても望むなら考えてあげる」
「子爵!」
流石に看過できる話じゃないと、陛下からの叱責が飛ぶ。アノイアス様からも厳しい視線を向けられるけど、私が示した“自由”が嘘じゃないと伝える為にも取り合わない。
「可能性がない話じゃないよ。フェリリナさんはアドラクシア様のご子息と結婚するって選択肢があるし、次代の王族が一人しかいないから、養子として迎えるって手段もある。アドラクシア様はここの二人と同様に拒絶するとしても、私ならイローナ様を説得できる」
「……ううん。僕にその気はないよ。今回、中央から離れられると聞いて、嬉しかったくらいだから」
「あたしも、ここはあたしの居場所じゃないと思う」
「……」
「……」
私の誘惑に対して、二人は明確に首を振った。
この二人は、自分達が私にとってどころか、国にとっても特大の面倒事になると理解してしまっている。王族としてちやほやされるより、厳しい目を向けられる現実を知ってしまった。様々な思惑渦巻く魔窟は、彼等の安住の地とはなり得ない。
誰かの迷惑となるのも、誰かに利用されるのも嫌だと拒絶した二人を、父親と祖父は痛ましそうに見つめるしかできなかった。
「聞いての通りです。この二人の為にも、ここから引き剥がす選択が正しいと私も判断しました。アノイアス様はいつ訪ねてきてくださっても構いませんし、転移鏡があるのですから、陛下がこっそり二人と会う時間くらいは作りますよ」
「……分かった、子爵。よろしく頼む」
「はい。お任せください」
12月です。
もうすぐ書籍も発売します。私の作業はすべて終えて、12月20日を指折り待つ日々です。
TO BOOKSの公式Xでも、12月発売予定として再度宣伝していただきました。
結構な加筆も頑張りました。書下ろしSS2本、オンラインストア限定特典SS、どれもいい話が書けたと自賛しています。興味がある方はどうか購入の検討をお願いします。