新年行事
年が明けて地の年。
これで暦が一周して、二百八十九周期へ入る。多くの人々が入れ替わる加護神様を慶びをもって迎えた。毎日神殿へ通うほど熱心な信徒でなくとも、この日と収穫祭だけは誰もが深く感謝を捧げる。創造神様が実在するっぽい世界だから尚更、その信仰心に嘘はない。
ちなみに、実りの感謝を捧げる習慣はあっても、豊穣だけを祈る習慣って実はない。聖典によると、全ての福徳は真摯な祈りに神様が応えてくれた結果で、豊穣や幸運って神様から賜るものだとある。つまり、この日どれだけ神様に良い印象を与えられたかで、一年の果報が決まるのだとか。
で、私は人々のそんな様子へ微妙に共感できないまま、毎年の事ながら首を傾げていた。
地水火風光闇天って加護年の繰り返しが、どうも干支くらいの符号としか思えない。創造神の存在は今更疑わなくても、他に七柱いるって加護神様は神話の域を出ないからね。神様が私達に何かしてくれたって実感もない。
こういう時、つくづく私って転生者なのだと思い出す。
前世の価値観に引き摺られて、根底にある価値観を共有できない。だからって、真剣な信仰は茶化さないけどね。フランやベネットはともかく、キャシー達理屈至上主義の人間も疑問を持っていない様子だから殊更に。
今年も気持ちを共有する振りして、北西へお祈りしたよね。
ところで、領都コキオではこの新年の行事に新しい習慣が生まれつつあった。
今年の場合は、港から伸びる中央街路付近に大勢が集まって祈りを捧げる様子が見られた。つまり、祈る方向にキミア巨樹を望む形となる。特に指示した覚えもないのに、示し合わせたように領民が集まってくる。一年前の天の年には巨樹の麓に、その前は北の郊外に、年々その数を増やしている。いい加減、変わった集団がいるってくらいの認識では済ませられなくなってきた。聞けば、そのために地方からコキオへやって来る人までいるんだとか。
「キミア巨樹にそんな神性とかないよ?」
何しろ、魔樹トレントを起源とした魔王種。魔物としての生態はほとんど殺してあるから脅威はないと言っても、魔導変換器がなければ環境を歪めるってほどの魔素を常時放出している。私の場合、環境へ影響が出る前にそんなモヤモヤさん地獄からは逃げ出すけども。
聖典にのっとるなら、明確に神の敵と言っていい。
魔王種と共に発展する町に危険がないとは言い切れない。コキオに移り住むなら、その懸念事項を詳細に説明した上で同意を得ている筈だから、知らない住人なんてここに居ない。
「あれが魔王種であっても現状危険はありませんし、その外観から世界樹を思わせる吉兆だそうです」
「世界樹……、天の楽園から地上へ人が降りる際、梯子代わりに使ったって伝承の巨木だよね? 葉っぱが霊薬になったって言う……やっぱりあれとは乖離が酷いよ」
魔王種だけあって、枝葉や幹には毒素を含有している。落葉掃除の人員は十分に配置してあるし、近づく場合には決して口へ入れないよう周知を徹底してあった。
幸い、毒素を外気へ放出することはないとノーラが保証してくれている。
「どうしても見た目の印象が強いのでしょうね。霊薬は生まなくとも、果実の代わりに魔石を実らせますから、超常的なものには見えるのでしょう」
「魔王種が魔物を産む名残りってだけだよね……」
そのあたりの仮説を公表していない以上、伝わる筈もない。
「それと、お嬢様が作ったものですから、とにかく有益なものだと信用があるそうです。一部はお嬢様への感謝ですよ」
「魔力源をあれに頼っているから、有益なのは間違いじゃないけど……」
既に南ノースマークの象徴として国中から認知されているし、雲上公園とか観光資源として切り離せない。あれを、現在進行形で研究材料としている人も大勢いるしね。
「いっそ、新しい年始の迎え方として推進してみては?」
「あんまり品位に欠けた真似はしたくないかな。信仰上の根拠がある訳でもないんだし」
加えて、治安への悪影響も懸念してしまう。
文化を広く根付かせるなら貴族から浸透させていくべきだけど、領主に近しい人間はこの時期、王都にいる。それ以外の貴族となると、教育が行き届いていなくて問題を起こしがちなんだよね。保護者抜きでは招待したくない。
「それほど根拠が重要ですか? 神様へ示すのは感謝と信奉の姿勢ですから、問題はないと思いますけれど……」
「――!」
フランの返答で、ちょっと私の目から鱗が落ちた。
彼女達の信仰心を根っこのところで理解できていない私には決して出てこない発想で、儀礼より気持ちを重視するものらしい。そう言えばクリスティナ様も、大事なのは祈る場所じゃなくてその心だって言ってたよ。
民間から派生した信仰が問題とならないなら、放っておいてもいいのかもね。私の領地で生まれた変な習慣が、何処へ向かっていくのか観察するのも面白い。
斯く言う私も、新しい習慣を作ってみようかと雲上公園から朝の光景を見下ろしていた。これから、領主として私が新年を寿ぐ言葉を伝えるのだと周知してある。普通の事に聞こえるかもしれないけれど、これまでの王国では前例がなかった。
何しろこの時期、領主一族は社交の目的で王都にいる。
実際私も、この後王都で予定が入っているくらいだからね。
「けれどお嬢様、良かったのですか?」
「うん。飛行列車で移動時間は大幅に短縮されたし、私の場合は転移鏡もあるし、こういう日に顔を見せておくのもいいんじゃない?」
「お嬢様が納得されていらっしゃるならいいのですが、世間的には家族でゆっくり過ごす日ですよ? 恒例行事としてしまいますと、お嬢様がご家族で過ごされる時間も減ります」
「う……」
お父様やカミンとは時折顔を合わせているし、最近は領地の立ち上げに教国打倒と、新年にゆっくりしていられる状況じゃなかったから失念していた。私的には、カミンやヴァンと戯れる日だった筈だよね……!
眼下には、家族連れで巨樹の周りへ集まってくる姿が沢山見える。巨樹への祈りに参加した人々だけじゃなく、ほとんど領都中の家族が私の言葉を待つ。家族と過ごす一環として参加を決めたらしい。
強制した訳でもないのにこれだけ集まって、今年だけの気まぐれだとか言える雰囲気じゃない。
ま、まあ……、普段から忙しくしているからこそ、こんな区切りくらいは領民サービスも良いんじゃないかな……。
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