レオーネ騎士学校設立へ
「オーレリアさんは、あれから順調?」
「ええ。まだ活動を始めて数日で、成果を上げるところまではいっていませんけれど、好感触は得ているようですよ」
お茶を淹れ替えて、話題も変える。用向きが済んだからとすぐに帰すのは印象が悪い。ここからは雑談の時間になる。お父様は執務があるからと席を立った。
先日のお茶会以来、オーレリアは新しい試みの為に奔走している。根回しの目的で大勢の貴族に会わないといけない。
「具体的な話はまだ先ですけれど、いくつかの訪問先ではご令嬢を紹介してもらっているみたいです」
「そう。円滑に進行しているなら何よりだわ。私も、今回の養成所設立には期待しているもの」
「オーレリアにも伝えておきますね」
彼女はこれから、女性騎士養成所を立ち上げる。
発端は、先日のお茶会でのルーナ様からの要請だった。女性騎士を何人か迎え入れたいと思っているので、しばらくレオーネ従士隊で鍛えてあげてくれないか、と。
騎士と軍人は違う。
厳しい訓練を積んで、個人の武勇より集団戦術で真価を発揮し、武器の携帯が許されているとか共通点があるから混同されることも多いけど、その職分には明確な差がある。
端的に言えば、軍人は戦うのが仕事。生活圏の周辺に生息する魔物を駆逐し、侵略者を迎え撃つ。時には侵攻側に回ることも想定して訓練に挑んでいる。この戦力の充実が、ヴァンデル王国の軍事力として知れ渡っていると言っていい。
ちなみに、魔導士である私も一応ここに所属がある。それもあって、今の王国軍の武力は大陸随一だと誇っている。
一方で、騎士の職分は主に護ることにある。城や王都、領主邸や領都、所属する組織の中枢を守護する。その対象は個人も含まれていて、主要人物の護衛も代表的な仕事になる。と言うか、中枢が脅かされるような戦争や内乱は長年起きていないので、今はこちらが主流になっているね。守護の役割に、治安維持を含めている場合も多い。
その性質上、機密情報に触れられる場所に配置されたり、重要な議題を扱う会議の場に控えたりと、国や領地の内情を見聞きする場合も多い。その為、職務上で知り得た情報を秘匿するだけの信用が求められる。それを判断するだけの教養も要る。
貴族出身の人間が多いのは、そのあたりが原因だね。教養を成長の過程で身に付けてあって、雇用することで両親にも恩を売れる。勿論、信用が前提だけど。
――なんだけど、何をもって騎士とするかは組織の長の判断に委ねられる。当然、その基準も各人次第で曖昧となる。
極論、君達は信用できるから騎士として迎えよう! と領主が宣言したなら、その人達は領地に仕える騎士となれる訳だね。別にあり得ない話じゃなくて、烏木の守護衛団がこれだったりする。団長であるグラーさんの推薦は必須で、筆記試験は突破してもらう必要があるけど、秘密保持について詳細に記した魔導契約に同意することで信用としている。人手不足だった南ノースマークで、一から騎士を育成する余裕はなかったからね。
同様の方法で、周辺領地にも護衛団の雇用を広めている最中でもある。グラーさんの推薦の信用は、私が保証する。
ちなみに、烏木の守団長はグラーさん、相談役はヴァイオレットさんだけど、子爵領の騎士団長はウィードさんにお願いしている。元第九騎士隊の経験を買わせてもらった。
ルーナ様から紹介のあった女性騎士も出仕の経緯は似た成り行きで、女伯爵の護衛が一番の目的だったから、女性であることを重視したと言う。反面、武術の習得には不安が残る。そこでオーレリアに預ける事にしたらしい。
二代に渡って女性領主が続くハートウィグ領でもこんな事態となってしまう原因は、地方の騎士育成環境が整っていないからと言える。
身の安全を預ける関係上、武勇に優れた人材を傍に置きたいと考えるのは自然な流れではある。その為、多くの場合で軍や冒険者ギルドから優秀な人間を引き抜くことが多い。教育の手間はあるけど、即戦力が期待できる。
そうして領主の周囲を固めてしまうと、騎士の育成は優先度が落ちる。期待が薄いものだから、環境整備に真剣になれない。人員さえ揃っていればいいと考えてしまう。軍人と騎士の育成機関を統合してしまっている領主も多い。
そんな環境なものだから、女性のための配慮を怠っている場合がほとんどとなる。ハートウィグ領ですらそうだった。女性が騎士を目指す場合、女を捨てる事と同義で、着替えや入浴は時間を別けるだけの領地まであると言う。実際、それが切っ掛けで事件に発展した例も聞いたことがある。騎士は礼節を心掛けるのも必須だから、そう多い話ではないのだけれど。
当然、女性騎士の定着率は著しく悪い。騎士になるくらいなら、冒険者になった方が女性らしく生きられるって風潮があるくらいだから仕方ない。夫人や令嬢の為に領主が騎士候補をスカウトしなければならない現状も、因果応報と言えた。
女性より男性の方が強いって思い込みも、根底にあるのだと思う。必要に迫られて女性騎士を雇うものの、そうでなければ男だけで足りると、何処かで考えてしまっている。異世界でも、女性蔑視の思想は根強い。魔法がある世界なんだから、オーレリアやライリーナ様に対する酷い侮辱だよね。
「流石オーレリアさんよね。私達が女性騎士の雇用に頭を悩ませている中、女性ばかりの騎士団を設立しているのですもの。時代の先を行っているわ」
「カロネイア伯爵領は、もともと女性騎士を豊富にそろえている土地ですからね」
強さを何よりの誉れとするあの領地では、強くなろうって意思を何より尊重する。そこに老若男女を考慮しない。女性は勿論、三歳の子供だろうと、八十歳のお年寄りだろうと、その志を称えて迎える。
そもそも男女で宿舎を別けるのが当然で、それを可能にするだけの女性騎士候補生がいる。育成機関でも体力差を考えてカリキュラムを組んでいて、女を忘れろなんて無茶は言わない。魔法の素養や身軽さ、得意を伸ばせば領地に貢献できる。
もっとも、これだけ女性騎士育成にも力を割いておいて、カロネイアの領主一族は騎士を傍に置かない。着替えや入浴、異性の立ち入りを拒む場所での護衛も必要としない。
カロネイアの一族は護られる側じゃなくて、防人だとして常に前へ出る人達だからね。
「中央やカロネイアに続く模範として、悪習を変える一助になってくれるといいのだけれど」
「ノースマークでも変革を目指していますが、まだまだ女性へ十分な配慮ができているとまで言えないのが実情です。参考にしたいですね」
「それを言うなら、私も耳が痛いわ。私の騎士達はハートウィグ家からの引き抜きで、シャピロ領ではまるで改革が進んでいないもの。自分の騎士は間に合っているからと、消極的ではいけないわね」
流石に女性王族の傍に立つ人間をインスタント的に用意できないと、王都の騎士学校では環境が整備されている。騎士の訓練を希望する貴族令嬢が意外と多いってのも原因の一つ。家の道具として結婚したくない女性としては、騎士としての独り立ちは魅力的な選択でもある。
ただし、騎士学校を卒業した全員が国に仕える訳じゃない。一代限りであっても爵位が与えられるくらいに国家騎士は特別な立場で、騎士学校で優秀な成績を修めた一部に推薦状が送られる。その上で更に試験がある狭き門だから、必ずしも女性が登用される訳じゃない。
王都含めて女性騎士の不足は深刻な問題なんだよね。カロネイアの騎士は戦征伯閣下に心酔しているから滅多に引き抜けない。レオーネ従士隊は、オーレリアだからこそ人員を集められた。
尚、推薦から漏れた騎士候補生達は、ほとんどが地元に戻って領地に仕える。養成機関を出るとそのまま配属が決まる軍とは、これまた大きく違う点だね。
そんな騎士学校と軍の訓練、そして学院の全てに顔を出していたオーレリアは、低学年の頃が一番忙しかった。侯爵夫人となる彼女に必要なものではないけれど、実は騎士爵となる資格まで得ている。それで私の実験まで手伝ってくれていたんだから、どう考えても超人だよね。
連日のお茶会晩餐会に悲鳴を上げてる今の方が、本人的には大変そうだけど。さっき会った時も、なんだか疲れた顔をしていた。カミンに会う時間は作れるみたいだから、まだ余裕はありそうだけど。
で、そんな事情も知っていたオーレリアは、ルーナ様からの依頼を切っ掛けに女性専門の騎士養成所設立を決めた。
需要があるのは間違いないから関心を持ってくれた貴族に援助をお願いして、入校者の推薦を募る。当面は訓練場所として南ノースマークの土地を貸すけど、引退した女性騎士や出仕しなかった騎士学校卒業者を訪問して講師役も集めないといけない。しばらくは忙しそうだった。
「次期侯爵夫人として最初の功績になるのだもの。私も期待していると伝えておいてちょうだい」
ダンジョン攻略や岩石竜討伐を侯爵夫人の功績とは見做さないので、これが初めてになるのは間違いない。成功したなら女性の期待を集める。社交界の華となれる日も遠くないかもね。
でもオーレリア、ロバータ様に気に入られたのを喜ぶかな? 気に入った相手ほど、積極的に話しかけてきて隙を窺う人だよ?
ちなみに彼女の勇ましい方の功績は、カロネイア伯爵令嬢のものとしてカウントしてある。あそこは、貴族女性にお淑やかさより勇ましさを求める土地だからね。
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