ロイアー准侯爵家の事情
「今日は事件を解決してもらったお礼に、お願いを持ってきたのよ」
お父様に押し切られて少し気落ちしてるかと思ったけど、ロバータ様はすぐに再起動した。予算の捻り出しで精一杯の私より立ち直りが早い。
最悪、緑の魔法の情報を有料で提供すればいいやと結論付けて、私も会話に復帰した。
「またお願い、ですか?」
お見舞金を巻き上げて終わりかと思ったら、それとは別に報酬は用意していたらしい。ただ働きじゃなくて済むのはありがたいけど、ちょっと文脈おかしくない? お礼なのに、お願い?
ただ、お父様が口を挟もうとしない。それなら、話はもう通ってると思っていい。多分お見舞金の話が出る前、既に根回し済みなんだろうね。お父様が良しとしたなら、それほど面倒な話でもないのかな。
「スカーレットさんにとっても、悪い話ではない筈よ。アノイアス様のお子様二人を、貴方に預かってほしいの」
――特大の面倒事だった!
「ちょ、ちょっと待ってください。展開がいきなり過ぎて、訳が分かりません。アノイアス様の? 忙しくしているあの人が、子供と向き合う時間を作れないってまでなら理解できなくもないです。でも、どうしてそれでお子様達を外へ出すって話が出てくるのです? しかも、私が? 何の繋がりもないではありませんか。まさか、その子達が母親を失う切っ掛けを作った私に責任をとれと?」
「落ち着きなさい、レティ。きちんと理由あっての話だ」
「……すみません。少し取り乱しました。でも、私はアノイアス様からお子さんを引き離すことについても反対です。家庭の時間を作るのが難しかったとしても、それが家族を引き離す理由にはならないではありませんか」
母親だったファーミール受刑囚の罪を暴いたのは私になる。そこに後悔はないけれど、父親であるアノイアス様からも引き剝がすとなると、少し罪悪感を覚えてしまう。
「そんなふうに気遣ってくれるスカーレットさんの気持ちは、ありがたいと思います。私達も、あの家族を更に引き裂くような真似は、できればしたくありませんでした」
「……それだけの何かが、あったのですか?」
「その通りです。スカーレットさんも、あの子達の置かれた特殊な事情については知っているでしょう?」
現在のアノイアス様は、ロイアー准侯爵家当主って立場にある。准侯爵って聞き慣れない爵位は今回のためだけに用意したもので、次代に継承する予定はない。受刑者と姻戚を残すアノイアス様を公爵とはできず、元王族のアノイアス様にできる限りの権力をと用意したのが今の爵位になる。
もしも子供達が次代を継いだとしても、伯爵か、子爵か、更に家格を落とすのは間違いない。それ以前に、継承の有無は現代のアノイアス様の活躍と、子供達の態度を厳格に評価して、アドラクシア殿下が最終的に決断すると決まっている。
母親の思想に染まっていないか、母親の境遇を恨んでいないか、趣味嗜好が歪んでいないか、貴族としての資質は備わっているか、公平を保つ視点を持てているか、見極める点は多い。
「まさか、最も恨んでいるであろう私の傍に置いて、反応を観察しようという訳ではありませんよね?」
「そこまで悪趣味な事は言いませんよ。それに、聞き取りをした範囲での結論ですが、あの子達なりに事件については消化しているようです。スカーレットさんを害する可能性は心配していませんよ」
まだ六歳の子供が?
ちょっと信じられないけど、それは受け入れを決めた後で確認すればいい話かな。
「それで、一体何があったのです?」
「少し前の話になるけれど、王城の毒見役が倒れるという事件があった」
「――!」
答えをくれたのはお父様だったけれど、私が驚きでそれどころじゃない。
事件自体が国の醜聞だから、国外にいた私に情報が届く筈がない。蚊帳の外にいた事実含めてかなりの衝撃だった。
「誰がそんな真似を……!」
「王城で働く配膳係の一人だ。厳しく尋問したそうだが、誰かからの指示があった訳ではないらしい」
「自分の意志で……、そうなると狙ったのは王太子親子ですか?」
「ああ。けれど、犠牲は毒見係だけで済んだ。その人物も、回復薬のおかげで無事だそうだよ」
事件を未然に防いだ特例として、特級回復薬を使う許可が下りたんだと思う。だからと言って、それで良かったとは済ませられなかった。
「動機はやっぱり、アノイアス様の復権?」
「ああ、はっきり証言したらしい。隠す気もない。自分は間違っていないと、高らかに宣言したそうだよ」
個々の能力を買って、身分に捉われず大勢を引き立てたアノイアス様は、今でも平民から根強い人気がある。
しかも、これは私も最近になって知ったことだけど、彼はあれで全力ではなかったらしい。事件の後や教国出征の際に話したところ、手を抜いていたと言う話ではなく、感情を消して効率と結果のみを追い求める思考方式があるのだと聞いた。ただし、陛下やアドラクシア殿下を観察して、臣下や国民の感情を度外視するそれは、王族として相応しくない姿だと内に秘めたのだとか。
それでも、政策上で非情を求められることはある。必要に応じて解放していたその一面が、効率的に成果を上げると信奉者を更に生んだ。
アノイアス様を慕うだけなら罪に問えない。彼が王になってくれたらよかったのにと不満を口にしたところで、叱責くらいで済む。今でも彼が王になるべきだって強い盲信も、思想だけなら取り締まれない。
けれど行き過ぎた心酔は、時にアノイアス様自身の意思を歪める形で事件を引き起こす。今回の毒殺未遂事件は勿論、かつての騎士団長の暴走もそれが一因だった。彼等が理想と信じるアノイアス様の治世には、“自分にとって都合がいい”って前提が頭につく。
母国の王太子暗殺を目論んで、間違っていないとかどう考えても頭がおかしい。
「つまり、私が預かるのは保護の為ですか?」
「ええ。貴女がお母さんの仇だと誘導したり、正式な継承権はなくても次代の王として立つ器だと唆したり、子供達の思想を歪めようとした動きのいくつかを既に察知してあるのです」
「アノイアス様の身の回りにいるのは、王城の元使用人。移動を受け入れたくらいですから、程度の差はあっても信奉者の巣窟でしょうからね」
「困ったことに、その通りなのです。アノイアス様が甘言に耳を貸すことはなくても、まだ分別の乏しい子供達ならと、擦り寄っている模様です。そのせいで子供達が事件を起こしてしまえば、子供達の未来と一緒に家の断絶も免れません」
アノイアス様自身が罪を雪ごうと頑張っているのに、その意思を汲まない者達に未来を閉ざされたのでは救われない。
おまけに、子供達は信奉者達が旗頭として使える人材でもある。明確な反乱ではあるけれど、王族の血を継いでいるのは確かだから、勝てば現王族を排除して王座に座れる。勝率も計算できないのに、甘い夢想に溺れる人物に担ぎ出される危険もあった。
そして、そうなる前に禍根を断つべきだと主張する勢力もまた、存在する。
「もしかして、騒動の種は早々に摘んでおくべきだと言う意見も、既にあるのですか?」
「元第一王子派の強硬な一部だがね。今はアドラクシア殿下が抑えてくれている」
「今は抑えられても、暗殺事件が明るみになればそれ見た事かと勢いを増す。そうなる前に、私が保護しておく必要があるって訳だね」
南ノースマーク領なら、私を恐れる元第二王子派とその類似品は手を出せない。新興貴族なので、変な思想にかぶれた役人が居座っている心配もない。領地を立ち上げる際に掃除した。身元不確かな人間を雇う気もないから、子供達への接触を完全に絶てる。
私の監視下にいてもらう訳だから、子供達自身が暴走する危険はないと、不安を覚える貴族の説得もできる。
元であっても王家の血を継ぐ子供達を導くのは栄誉でもあるので、王家が私ばかりを重用していると不満が噴出する懸念はあった。けれど、そういった批判は主に反スカーレット派からになるので、調整勢力であるロバータ様が抑えてくれる。
後々の面倒事の目を潰せて、この件に関してはシャピロ家の助力が得られると言うなら、確かに私にとっても悪い話じゃないのかな。王家に大きな貸しを作って、これから躍進が期待できる貴族と強い結びつきが生まれる。
最初にロバータ様が言った通り、面倒事であってもお礼として足りるのかもしれない。
でもこれ、どう考えてもお茶会の前から決まっていた流れだよね。少なくとも、お父様に根回ししたのは今日じゃない。
簒奪事件に私の助力が欲しかったのは事実だとしても、その後の件に備えて審査されていたって気がする。私が魔導士って勇名に任せてスクロフを自白させたなら、おそらく私は失格していた。調査する手間を省いて武力に頼るようでは、立場が微妙な子供達をとても任せられない。保護した子供達への干渉を私が力尽くで排除するなら、ロバータ様達が懸念する“王権が形骸化して私を中心とした国”を否定できない。私が意図しなくても、私の武力に国中が膝を折るって可能性が濃厚になる。
でも私は、調査だけ担当して裁きを陛下に委ねた。面倒事を極力避けるための判断だったけど、ロバータ様に向けての対応としては正解だったみたい。犯人の自白に、私の臨席が何処まで影響していたのかは実証できない。私が脅した訳じゃなくて、相手が勝手に恐れおののいただけだからね。恐怖を刺激するだけなら、問題としないらしい。
「分かりました。お引き受けしましょう。監視もつけますか?」
「いいえ、私にその予定はありません。南ノースマーク領での生活が子供達にどういった影響を与えているかについては、面会に向かうアノイアス様が判断するでしょう」
「……それもそうですね」
これで最終判断としなくても、子供達に一番いい選択を探せばいい。
結局、私は面倒事を引き受けることを決めた。ここで断る方が、後々大変な事態を引き起こしそうだしね。
まあ、小さな子供達を眺める機会は心の保養になるから、私に損はないかな。
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