侯爵家の方針
書籍発売まで1か月を切りました。
私も書籍化のための作業を終えて発売を待つばかり! クリスマスやお正月より、私は12月20日が楽しみかもしれません。
エープレイ子爵家の件は片付いた。
極力動かず、被害は最小限にとどめられたので、まずまずの結果だったと言える。ディーデリック陛下のお怒り具合から察すると、放っておいたら後押しした貴族も含めて徹底的に叩いていただろうね。
かと言って、ロバータ様から話を持ち掛けた場合、シャピロ家が王家に借りを作る事になる。実際は五男坊一人の暴走だったみたいだけど、バーグル男爵とまとめて反スカーレット派の問題と見做されてしまう。私みたいに、失言に付け込む程度で済む筈がない。
こういった政治的な背景が絡んだ問題は、ジローシア様がいないのが痛いね。あの人がいたなら、ロバータ様が動く前に対処していたと思う。王子妃としてのイローナ様に不足はなくても、王家の一員として辣腕を振るうまでは至っていない。
それより私としては、この件をどうやってロバータ様に報告するかって方が深刻だった。
できる限り顔を合わせたくはない。彼女のテリトリーであるシャピロ伯爵家の王都邸へ、単身踏み込む勇気は湧いてこない。だからって、あの人相手に隙のない手紙を書くのも面倒だった。下手な内容だと、文通する意思がいるのかと次々難題が降ってくる。私のいないところで内容を勝手に解釈されるのも、それはそれで落ち着かない。
催促があるまで放っておくのは、どう考えてもあり得ない。私は報連相も満足にできないのだと、失態を方々へ拡散して回るに未来が予想できる。当然、お母様からのお説教フルコースも確定するよね。
もうすぐ新年だから、ロバータ様が出席するパーティーを調べて顔を出すのが無難かなぁ……。
「あら、お帰りなさい。そろそろ片が付くころだと思って、お邪魔させていただいていたわ」
――なんて頭を悩ませながら帰ってみると、ロバータ様本人がノースマークの王都邸で待ち構えていた。
これはロバータ様の情報収集能力が優れ過ぎているのか、直感が並外れて鋭いのか、どちらか判別がつかなくて突っ込みどころが難しいね。とりあえず、私の胃に穴が開きそうだからもう少し手加減してほしい。
「お疲れ様、レティ。その様子だと、想定の通りに終わらせられたみたいだね。丁度今、エープレイ子爵家へ見舞金を出そうかと相談していたところだよ」
そんなロバータ様を迎えていたのはお父様だった。爵位簒奪に加担していながら、私のおかげで王家の処罰から逃れられた貴族達から謝礼金をたっぷり搾り取れるだろうからと、あのロバータ様に拠出を迫っていた。
乗っ取りを目論んだ五男を追い出して、マーラー様の死因が判明しても、エープレイ子爵領の状況は好転しない。ご両親は娘さんを喪った悲しみに暮れる暇も許されないまま、領地の立て直しに奔走することになる。
そんな中、お金は間違いなく助力になる。お金があることで、解決できる事例は多い。従来の領地経営が染みついてしまっているなら、相談役を雇うこともできる。マーラー様の逝去で停滞していた計画があれば、人海戦術で埋め合わせも可能だろうね。
エープレイ夫妻の心情に寄り添うことなんてできない私達が、変に同情するよりよっぽど現実的な救済となる。大変な状況だからこそ、流動的に活用可能なお金が生きる。
とは言え、私をいいように利用したんだから子爵家へのお見舞いはシャピロ家がはずめと、あのロバータ様相手に迫るお父様の真似はちょっとできそうにない。
何とか言い逃れようと言葉を重ねるロバータ様を、的確に追い込んでいく。話しかける割合としては、ロバータ様が八で、お父様が二ってところかな。あれやこれやともっともらしい言い分を早口でまくし立てて活路を見出そうとするロバータ様を、悠然と構えたお父様が迎え撃つ。
「処罰を免れたと言っても、スクロフの甘い話に乗ってしまう程度には厳しい状況に置かれた貴族達ですのよ? 躍進するエープレイのおこぼれに与れるならと、計画に加担した者達ですから、財政状況も良くありません。謝礼金を搾り取ろうにも、それに足る財源がないのですよ。王家からの厳しい処罰から救っておいて、領地が傾くほどの礼金を求めるのは本末転倒ではありませんか?」
「なかなか大変そうだね」
「分かっていただけたなら、もう少し配慮をお願いいたします。エープレイ子爵に私達の派閥が迷惑をかけたのは事実ですが、マーラー様殺害も、簒奪の試み自体も、我々が持ちかけたのではありません。痛ましい事件だったとは思いますけれど、派閥に全ての責任を向けられるのは道理が通りませんわ」
「それを言うなら、エープレイ子爵の方が余程理不尽に思っているだろうね」
「それは……、しかし、その責任はスクロフとバーグル男爵に求めるべきものでしょう。シャピロ伯爵家としましては、常識的な範囲での見舞金を検討するしかありません」
「男爵は、その私財のほとんどを賠償に使うのだろうね」
「子息の連座とならずに済んだのは、スカーレットさんのおかげと言えるでしょう。死罪となったかもしれないと思えば、随分と恩情のある結末です」
「簒奪に賛同した貴族達も、取り潰しもあり得た事態から考えれば、私財を失うくらいは恩情と言えるね?」
おお、ロバータ様が劣勢だね。
お父様は対話しているように見えて、譲る気がない。賛同貴族達をお咎めなしで済ますつもりはなかったみたいだね。罪を免れたのだから、領地運営に必要な資金以外は吐き出すくらいは当然って構えかな。
どの貴族も財政が厳しいと訴えたのに、大変だねと切って捨てられたロバータ様には少し同情する。
こういったお父様の交渉術は、侯爵家ならではと言えた。王家ほどでなくとも、侯爵家の決定なら理不尽であろうと突き通せる。連中が罰を受けたところでエープレイ夫妻には何の助けにもならないから、爵位を残す代わりに資産を搾り取る事にしたらしい。
この様子だと、他の侯爵家にも根回し済みだろうね。滅多に権威を前面へ押し出さない代わりに、これと決めたら泰然と揺るがない。
そのままは真似られないにしても、今後を思うと参考になるね。
お父様に言わせると、夢を語って周囲をその気にさせる私の手法も無二のものらしいけど。ただあれ、使える機会が限定的過ぎるんだよね。できれば私も、手札は増やしておきたい。
ロバータ様としては、お家没落の危機から救った恩で貴族達の意志を縛って、屈服させるのが目的だったのだと思う。派閥の末端になんとか張り付いている程度の家が、都合のいい駒に生まれ変わる。
私も、そのくらいの見当はつけていた。それで反スカーレット派の統制が図れるなら悪くないと思っていたけど、ここに来てその梯子が外されつつある。危機を救ったところで、財産を巻き上げられたのではその恩も消し飛ぶに決まってる。
思惑が潰されて、ロバータ様の顔も苦い。
「どうしてもシャピロ家がお金を出す謂れはないと考えるなら、こういうのはどうだろう? 今回の見舞金はシャピロ伯爵家が全額立て替えて、今回の件に関わった貴族達から改めて取り立てればいい。それなら利息も自由に設定できるし、最終的な損は少ないと思うよ?」
渋るロバータ様へ、お父様が助け船を出す。恩じゃなくて借金で縛れって話だったけど。
私が聞いてもえげつないと思えるこの提案、実行したならシャピロ家の評判に響く。助けるふりして、その実お金を搾り取る訳だからね。見舞金の負担をシャピロ家が引き受けるか、資金を出し渋る代わりに名前を汚すか、どちらにしても痛みを伴うのはお父様の中で確定らしい。
「……分かりました。派閥筆頭として、彼等から資金を引き出してみせましょう」
悩んだ末に、ロバータ様が出した結論は後者だった。
ここで、自ら悪名を背負うって選択をできるのがロバータ様だね。反スカーレット派だなんて、国の指針に堂々逆行しているだけはある。
私の場合、金銭で片付けられるならできるだけ面倒事を避ける手段として頼ってしまう。
「うん、いい返事が聞けて良かった」
「シャピロ家も王国貴族ですから、侯爵家の総意なら従う他ありませんわ。本格的な説得はまだだとしても、当主全員に頷かせる自信がおありなのでしょう?」
「まあね。……そういう訳だ、レティ。君も聞いていたね?」
「うん」
「君からも、エープレイ子爵家への見舞金をできる限りで工面するんだよ?」
ですよね~……。
ここまで話を聞いていて、他人事でいられる筈がない。ノースマーク侯爵家と私の現子爵家は別の家なので、お父様が支払ったからって私が免除となる筈もない。
理不尽に見舞われたエープレイ夫妻を支援したいって気持ちも嘘じゃないけど、今のやり取りを見て、それでも値切ろうって気概は欠片も湧いてこなかった。速攻で頷いてたよね。
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