冷たい視線を向けながら座っているだけのお仕事
ロバータ様から事件の解決を押し付けられた後、私はディーデリック陛下に面会を申し込んだ。もう年も明けようかって忙しい時期に、こんなくだらない事件に時間を割いていられない。
普通に考えれば面倒事に巻き込んでいい人じゃないんだけど、貴族の任命権は陛下が握っているんだから本来の領分と言える。巻き込む以前に、がっつり当事者だった。法で定められた爵位の継承に関して、お座成りな言い分を通したのでは王威が揺らぐ。
貴族は多いし、その全てを実際に管理なんてできないから、爵位の継承くらいなら書類の提出だけで終わる。貴族の家族関係を国は把握してあって、そこから逸脱がなければ、陛下は判をつくだけで終わる。適性の有無はその家の責任だし、書類の精査は役人が担当すればいい。
だから、スクロフって男は忘れていたのかな?
貴族の承認は全て国王陛下の責任において行われるって事。普段は書類の提出と文官の代行で済ませられているのも、陛下の信用あっての事だって。
貴族には裁判なんてない代わりに、全ての裁定を国王陛下が握っている訳だし。
問題は寡夫を釣る方法だったんだけど、ディーデリック陛下が招待状を出すだけで簡単に済んだ。
私には面倒事しか待っていそうにない煩わしい文書でしかないけれど、一般的な認識だと王族に招かれるのは大変な栄誉となる。特に年の瀬の現在、一年の労をねぎらいたいと呼び出されれば、忙しさも忘れて王都にやって来る貴族が多い。面会の機会自体が貴重だから、喜びが勝つんだとか。
勿論、それにはやましい事がなければって但し書きが付く。
安易に招待状へ飛びついたあたり、エープレイ子爵家の親族さえ抑え込めれば継承は成ると思い込んでいたみたいだね。それだけで、陛下からの信頼を蔑ろにしている。
「な、何故お前達がここに……!」
意気揚々と大議堂へ入ってきたスクロフは、陛下の両隣に座る私とオーレリアを見て凍り付いた。当然、部屋の壁側には騎士がズラリと並ぶ。
陛下の正面には、先に到着していたバーグル男爵が顔色を悪くして座っている訳だけど、それより私達が視界に入るって、よっぽど恐れているみたいだね。既に入り口は騎士が押さえてあるから逃げられない。
案内されたのが面会室や私的な場所じゃなかった時点で、招待状の文面通りの慰労じゃないって気づけていればよかったのにね。道を踏み外した貴族を裁く場所だよ、ここ。
父親であるバーグル男爵も同じ態度だった訳だけど。
「エープレイ子爵が若くして亡くなったと心を痛めていたら、なかなか笑えない話が伝わってきてな。子爵家と血縁のない貴様が、どんな事由をもって継承を?」
「そ、それは……」
陛下に問い詰められて、領地で掲げていたハミック元伯爵家の前例を持ち出さなかったくらいには、理性が残っていたらしい。
それを言ってしまったら、間違いなく陛下の逆鱗に触れる。
貴族の裁きって、判例制じゃなくて国王陛下の判断だからね。その決定に偏りがあったとしても、臣下は異議を挟めない。私的に判断を歪めた場合には議会を通じてその適性を問うって方法があるけど、今回の場合は議会の意見を取りまとめられる状況にない。
ハミック元伯爵からアノイアス様への働きかけがあったとしても、伯爵家存続のためには都合がいいと最終的に黙認を許容したのは議会も同じだからね。
「つ、妻の無念を思えば、彼女が目指したエープレイ領の未来をよく知る自分が継ぐのが妥当だと……」
「ほう? 我が国の法は、その程度の理念で覆るほど軽いとは知らなかったな」
「あ、いえ、妻を想うあまり、つい……」
「つい? うっかりと派閥の貴族達を味方につけて、無理を押し通そうとした訳か? 男爵からは、話を持ち掛けてきたのは貴様の方からだったと聞いているぞ」
この点はデイジーさんと大きく違う。彼女は、夫が亡くなって伯爵領が潰える未来が確実になった時点で、アノイアス様に相談した。王家の意向を受け入れつつ、中継ぎの伯爵に就任した。約束を違えないように魔導契約も結んである。独善的に簒奪を実行した訳じゃない。
だからこそ、彼女を貴族として知らしめる目的で、ジローシア様はお茶会に招いていた。その行いをはっきり称えた訳じゃないけどね。
「書類を提出したものの、継承の許可が下りる気配がないと、文官達への不満をこぼしていたそうだな?」
「な⁉ それは……」
情報漏れを疑って父親を睨んだけれど、それは正解。
先行して男爵を呼び出したのはその為だった。五男より私達を正しく恐れるバーグル男爵は、私の尋問に素直に応えてくれた。
「余が信頼して業務を任せる者達を、よくも軽んじてくれたものだ。貴様などより余程重用しておるのだぞ」
「あ、愛する妻を喪った悲しみのあまり、気が急いてしまったのです……」
「さっきからマーラー様を都合よく言い訳にしていらっしゃいますけれど、ご自分で殺害を指示した奥様にどれほどの愛情を向けていたと言うのです?」
「な、何故、それを……!」
「――‼」
冷たい視線を向ける以外は陛下に任せていた私が口を挟むと、バーグル親子が凍り付いた。
偉い人の会話に割って入るのはお行儀が悪いけど、私は自由に発言していいとあらかじめ許可を貰っている。もっとも、そんな礼儀違反を指摘できるほど余裕は残ってなさそうだね。
「で、でたらめだ。どんな証拠があってそんな出まかせを……!」
「証拠もなにも、今の反応で疑うには十分でしょう? 問答無用で貴方を拘束して調査させる権限が、陛下にはあるのですから」
領地を隔てているせいで、疑わしくても捜査に乗り出せない事はある。悪徳貴族が蔓延る原因でもあった。でも、国家元首の前で隙を見せればその限りじゃない。実際、デイジーさんは状況証拠だけで長期に渡って拘束された。
ちなみに、確認したかった反応は五男と男爵で明確に違う。
スクロフの驚きはそこまで知られていると思わなかった油断からくるもので、バーグル男爵の態度は衝撃の事実を知った故の驚愕だった。爵位簒奪の後押しと、他領貴族、しかも当主殺害の共謀では罪の重さがまるで違う。ロバータ様に末端と断じられた弱小男爵には、マーラー様殺害に加担する覚悟なんてなかったみたい。
かつてのノースマークやディルスアールド侯爵家のような親族内闘争の結果の死亡なら、国が干渉する例は少ない。あくまでも領地内での問題となる。けれど、領地を跨いだとなると話が違う。徹底的な調査と誅罰が下される。私が怖くて王家は平気、とかある訳ない。
「そ、そんな話は聞いていない! 配偶者として迎えられた身でありながら、謀殺だと? そんな危ない橋だと知っていたなら、初めから協力などしなかった!」
「仕方ないだろう? あのまま放っておいたら、俺は身一つで追い出されるところだったんだ。田舎貴族と結婚してやったってのに、塵でも見るような目を向けやがって……!」
「当たり前じゃないか! 婚約を決めた時点とは状況が変わった。そうでなくても、家格は向こうがずっと上だぞ!」
案の定、醜く言い争いを始めた。
実のところ、今日確認しておきたかったのはこの反応だけとなる。バーグル男爵の関与が何処までのものなのか、それを把握したかった。
ロバータ様の懸念は、バーグル家を含めて簒奪の後押しをした貴族にまで断罪が波及することで、五男の去就にまでは触れていない。計画が失敗したならどうなるのか、そこまで考えられていない間抜けに同情する貴族なんていない。
少し調べれば、女遊びと散財に興じるばかりでマーラー様から離縁を叩きつけられていたのは、すぐに分かるレベルだったからね。不満を燻らせた家人の口はとても滑らかだった。勿論、マーラー様が目指していた領地の展望について知る筈もない。無理矢理子供を作ろうと、襲い掛かって返り討ちに遭ったって話まで飛び出してきた。そうなると、当然事故にも疑いが向く。
「婚約の話が進んでいたからと、あんな男と結婚してしまったのがマーラー様最大の不幸でしたね」
「領地の発展を期待していたところだっただけに、残念な限りだ」
「エープレイ領は今後、どうなるのです?」
「先代子爵を一時的に戻す他なかろう。マーラー殿の他に子女はいないため、後継者の育成から始めてもらう必要がある」
先代夫妻と叔父様を追放として、直系がお父様しかいなくなったノースマークの状況と少し似ている。あの時も、傍系親族から養子を迎える手段を検討していたらしい。お父様が病弱だった分、余計に深刻だった。
今回みたいな簒奪を防げたり、愛人の子を自称する子が現れた場合には有効な事もあるけど、血統継承の面倒なところでもあるね。
「しかし、このような場を設ける必要はあったのか? 規範に反したのは明らかだったのだから、当主殺害の可能性も含めて調査する予定でいた。おかげで、バーグル男爵の関りについては容易に明らかとなった訳だが……」
「いいではありませんか。ガノーア子爵への処分や第二王子派の解体で、一部貴族からの反感は向けられているのです。それらの不満は陛下が全て引き受けて、アドラクシア殿下へ王位を引き継げば」
「ううむ……」
私へ向く敵愾心については、反スカーレット派なんてものが存在してしまっている時点で今更だね。
程度のバランス調整については、ロバータ様へ全力で投げる。
「それに、私は忙しいのですよ。調査をのんびり待っている暇なんてありません。こうして失言を引き出してから、後はゆっくり処罰の根拠を探せばいいではありませんか」
「ふむ。話が早かったのは事実だな。どうやら、綱紀粛正の象徴である魔導士殿に睨まれながらだと、口が滑りやすくなるものらしい」
「隠蔽に失敗して破滅する未来より、単純に暴力の方が想起しやすいからではないですか?」
「……実は、黒い噂はあっても証拠は上手く隠されてしまっている家がいくつかあるのだが、もう少し協力してもらえないだろうか?」
「丁重にお断りさせていただきます」
私は忙しいって話、聞いてた?
見合う利益もないのに、職務外のことにまで付き合っていられないよ。
情報収集がはかどらないのも、罪過が確定していない国内貴族へ諜報部を積極的に投入させる前例を作りたくないって事情だろうし、そっちの掃除は陛下達でお願いします。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。