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やっぱり苦手な人

 冬なので寂しい庭園を抜けて、私達は温室に案内された。

 ここの庭園はかつてお母様が整備したのだと聞いている。お母様ってば、お父様に嫁ぐためだといろんなことに手を出して、どれもそれなり以上の成果を上げたらしい。その一つが庭の管理で、春は特に見応えがあるのだと聞かされていた。フェアライナ様ほどじゃないけど、ノースマークにもお母様が手入れするスペースがあるくらいだからね。


 それだけの庭を潰してしまうのも勿体ないと考えたのか、庭園の維持は今でも続けているらしい。温室は当時からのものではなくて、更に手を広げた結果なのだとか。

 フラン達に丸投げの私や、花を植えるくらいなら芝生敷きにして鍛錬場として使うカロネイアは見習った方がいいのかもしれない。お客様を楽しませるために庭を整えるのも貴族の仕事だからね。実験のついでに、緑の魔法使いを雇おうかな。


「ようこそおいでくださいました、オーレリア様。レティ様もお久しぶり」


 ルーナ様とは従姉妹同士で、同い年なものだから、王都で何度か交流があった。両家の仲を強調しておいた方がいいと、愛称呼びを許した一人でもある。活躍する私に憧れがあるのか、割と慕ってくれている。領地に移ってからは交流が途絶えがちだったけど。


「本当に久しぶりね、スカーレットさん。社交の場にも顔を出さずに、今度は皇国で活躍しているのですって?」

「ご無沙汰してしまっております、ロバータ様。貴族の義務を蔑ろにするつもりはないのですが、ディーデリック陛下と皇国からの要請となれば、無下にはできないものでして……」

「彼の国の内情を調べて、技術面の追従を調整できるのですから、王国にとっても悪い話ではないのでしょう。ですが、肩入れはほどほどにしておかなければ、皇国に取り入って王国を害するつもりではないかと疑心を招いていましてよ?」


 で、なんだろうね、このルーナ様との温度差は。

 早速牽制してきたよ。


 シャピロ伯爵領の立地が皇国寄りと言うのもあって、あの国の情報収集についても余念がないらしい。

 十四番目の魔塔を建てたり、ローザリア嬢とのいざこざは知られていると思っていい。もしかすると、リンイリドさんに発破を掛けた件も伝わっているかもしれない。時間的にフェアライナ様の件や工期短縮住宅の件まで知っている筈はないけれど、時間の問題だろうね。


 ちなみに、私の皇国行きにあたって、私が皇国に与するんじゃないかって懸念は一部から噴出していた。そのせいもあって定期的に転移鏡で報告へ戻って潔白を示しているんだけど、反スカーレット派はまだ妄想をこじらせているみたいだね。

 次の機会に陛下へ知らせておいた方がいいのかな。忠告なのか警告なのか分かんないけど、折角情報を貰った訳だし。


「私は王国貴族で、領地も国王陛下より賜っています。その義務を投げ出す事などあり得ないと、ロバータ様なら分かっておいでだと思っていましたが?」

「貴女はノースマークの子。貴族の責務を放棄するなど無いでしょうね。分かっていますよ、()()

「それなら、派閥員の不安を解消していただきたいのですけれど」

「私が説得を重ねたところで、彼等の不安は消えません。彼等は貴女が怖いのです。私の言葉自体が届いていないのですから」


 反スカーレット派を構成する多くは、元第二王子派の貴族となる。

 彼等は、ワーフェル山の事件を挫き、クーロン帝国を降伏させ、ファーミール元王子妃を断罪した私を恐れている。次に鉄槌が振りかざされるのは自分ではないかと、一部の貴族は震え上がった。

 元は私が影響力を高めていく事に警戒心を覚えて対抗策を模索した集まりが、私の標的となる事態を恐れて身を寄せ合う集団へ変貌した。


「個人的な情動で濫用しないと、魔導士として宣誓した筈ですが?」

「それは、大義名分さえあれば躊躇わないのと同義でしょう? かつての騎士団長が辿った最後を思えば、畏怖してしまうのも仕方のない事だと思いませんか?」


 あの件もディーデリック陛下の許可を得ての事だったから、魔導士の宣誓には反していない。それでも、立場を悪用して冤罪を作り出そうとしていたあの男や、騎士の本分を忘れて腐敗していた連中に激怒していたのも確かだった。

 間違った事をしたとは思ってないけど、無駄に恐怖心を煽ったのも事実だね。あの事件、アノイアス様を処断しなかった事で王家への反発を抑えられた代わりに、恐れが私へ向いた。


 ふと見ると、ルーナ様と歓談していたオーレリアはこっちを一切見ないように背を向けていた。

 一緒に襲撃した側だからね。私ほどじゃないけど、彼女も十分畏怖される対象となる。


 これで、ロバータ様は私を非難してるんじゃなくて、一部の貴族を刺激しないように自重しろって諫めてくれてるんだよね。

 私には難しい分野だけど。

 反スカーレット派の中でもシャピロ家は、当初の警戒心を残しつつ、私の意向ばかりに国が偏らないようバランスを取る役目を担っている。私の皇国行きについても反対の意を示していた。

 皇族からの要請でなければ、もっと強固に反抗していただろうね。私が領地に引き籠っている状態を何より望んでいる。


「私が一部の貴族に恐れられている事と、王国への叛意を疑われるのは問題が別だと思いませんか? その思い違い自体が不愉快です。私を信じて皇国行きを任せてくださった陛下の信用をも、疑うものではありませんか。その姿勢は貴族としてどうなのです?」

「そう言われてしまうと、耳が痛いわね」

「間違った認識に対して、言葉が届かないからだなどと消極的な姿勢は、派閥を牽引する家として如何なものでしょう? 荷が重いなら、派閥など解体してしまえばいいのでは?」


 反スカーレット派だなんて看板を掲げていても、その内情は決して一致していない。私を恐れて庇護を求めた消極派、数を集めて私に対抗しようと目論んだ抗戦派、私の利用価値を認めつつ過度な影響力拡大には懸念を残すロバータ様達調整派と、それぞれの立場は細かく分かれている。

 シャピロ家に本分を発揮してもらわなければ、害悪にしかならない。


「私の忠誠を疑って不安を吹聴するなら、現状で国へ混乱をもたらしているのは貴女達となりますよ?」

「そうねぇ……。スカーレットさんを恐れるあまり、かえって顰蹙を買う結果となっていると脅しておきましょうか。それなら聞く耳を向けるかもしれません」

「私の名前を脅しに使うくらいなら構いませんよ。目に余るようなら、陛下が私へ誅罰を命じる可能性もあり得ると、心胆寒からしめるくらいでいいでしょう。しっかりと派閥内の引き締めをお願いしますね」

「分かったわ。……その代わり、こちらのお願いも聞いていただけるかしら?」


 あ、しまった。

 苦情を申し入れている筈だったのに、私の方から要請する形に誘導されていた。話が違うと後悔しても、口外した内容は今更覆らない。発言には責任が生じるのが貴族だからね。

 だから、舌戦は日常になる。失言を引き出す手腕も、貴族には求められる。今回は、私がまんまと引っ掛かった形だね。大分悪辣だったとは思うけど。


「仕方がありません。とりあえず、話だけでも聞きましょう……」

「ありがとう。スカーレットさんなら、きっとそう言ってくださると思っていたわ」


 どんなに不本意でも、私は話を促すしかなかった。罠に嵌まった私が悪い。憮然としそうになる表情を必死で隠す私へ、ロバータ様が満足そうに微笑んでいた。

 それ、私なら引っ掛かると思っていたって意味だよね? あー、自分の迂闊さに腹が立つ。


 ところで、一緒のテーブルを囲んでいた筈のオーレリアとの距離がいつの間にやら開いていたよ。ロバータ様初遭遇のオーレリアはともかく、ルーナ様も彼女が苦手ですか? そうですか。

 今にして思うと、ローザリア嬢って易しかったなぁ……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
「お願いしますね」が余計だったね(笑) とはいえ、ここである程度仲良くしておくと利点もあるのですよ。 害になる交戦派を潰すときなどね。
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