義妹(予定)と社交へ
思ったより楽しめたアンハルト侯爵家のお披露目会が終わって、私は王国へ戻った。……ローザリア嬢を虚仮にして楽しんだって話じゃないよ? あれは中傷混じりの進行で私ばかりか、私を擁立する王国まで貶めた事への意趣返しだからね。国諸共に馬鹿にされて、黙って受け入れてしまうのは矜持的に障りがある。
ローゼリア嬢や皇国貴族は武力を警戒してたようだけど、無闇に暴力を振りかざすほど狭量じゃない。口撃には嫌がらせで返すくらいが適切だよね。
私が楽しんだのは建築実演の方。一糸乱れず作業に取り組む様子は見応えがあった。徹底的にコストダウンを実現した規格住宅を一般向けにって考えていたけど、あれなら貴族にも需要があるかもね。騎士の行進とか、軍事演習とか、整然を突き詰めた様子は人目を惹く。
……ってウォズと話したら、興行としての性質を兼ねた建築様式を提案することにしたらしい。まずは、公共施設から始めるのだとか。一時間前後と、見世物の範疇に収まるのも都合がいいんだって。
アンハルト侯爵家に配慮して、皇国で貴族邸宅に参入する予定はないけれど、王国の市場はその限りじゃない。今回の成功例を参考に、コキオでお披露目する計画を練っていた。
うん。目をお金色にしている様子がとってもウォズらしいね。
で、今回の帰国は転移鏡で済まさない。実際にウェルキンを移動させての公式な帰郷だった。皇国にも了解を得ている。
何しろ、もうすぐ年が明けるからね。
夏と違って休暇が短く、学院生が帰領するほどの余裕がない冬は、子女に会う目的で親達が王都にやって来る。年末年始はそれに合わせて、王都で社交するのが定例だった。今は都市間交通網で移動時間が短縮したけど、こういった貴族の慣習はなかなか変わらない。
私も、この期間くらいは王国貴族と親交を深めないといけない訳だね。
領地で新年を祝う催しの確認に、溜まっている書類の処理、更に今年はシドから受け入れた留学生との交流もある。受け入れ以外ほとんど人任せにしてあるから、祝い事くらいは顔を出しておきたい。領主として、歓迎している印象を与えるのは大事だからね。皇国行きと重なってしまっただけで、その気持ちに嘘はないし。
そんな状況で、今年は実家に帰ってヴァンを愛でる余裕はないと思っていたら、お母様からお手紙が届いていた。
内容は、お母様も忙しくて領地を離れられそうにないので会えない事へのお詫びと、実家の近況、皇国で頑張る私への激励、少しのお小言、そしてヴァンからのお手紙も同封してあった。外部へ手紙を出す練習の一環らしい。私もカミンもいなくてつまらないって不満を、慣れない丁寧な言葉で綴ってあった。しかも、文章は皇国の古語。相変わらずお母様の課題は厳しいね。でも、お姉様も皇国で大変なお仕事に挑んでいるのだから、僕も頑張ると結んであって、私のテンションはぐいぐい上がった。何よりの激励だよ!
それでも、手紙の主題は私をやる気にさせる事じゃなくて、用向きはお茶会への出席要請だった。
手紙ではお願いの体裁を整えているものの、何度見ても拒否権があるようには読み取れない。既に先方へ私の出席が伝えてあって、実質の強制参加だった。普通、こういうのって私の了解を得てから話を進めるものの筈なんだけどね……。
「すみません、レティ。忙しい中巻き込んでしまって……」
まだまだお母様には敵わないなぁ……って痛感しながら向かったノースマークの王都邸では、オーレリアが恐縮していた。
私の王都邸は構築の魔法陣を使わず建設中なので、私が皇都で準備を整えるなら侯爵家となる。王都には王都の慣習があるので、考えなしに新技術をひけらかしてはいけない。
今日のお茶会はお父様とカミンが当主と会談して、その間に女性同士の交流を深めるって目的なので、次期当主の婚約者としてオーレリアが出席する。先方の婚約者である令息も、党首会談に出席するらしい。あっちは成人済みだけど。
私はオーレリアのフォロー役として呼ばれた。
訪問先はハートウィグ伯爵家。お母様の実家でもある。親族の結びつき強化に私が割り込んでも不自然はなかった。
「仕方ないよ。出席者が出席者だからね」
「話には少し聞いていますけれど、そこまで警戒が必要な方なのですか?」
「あれ? もしかして面識なかった?」
「挨拶程度ですね。ほら、以前のお茶会は私が欠席してしまいましたから」
「あー。あったね、そんな事も。まあ、誰彼構わず噛みつく人じゃないから、目をつけられる事がないならそんなものかな」
フランに衣装を整えてもらいながら前情報を共有する。私の義妹になるって事は、彼女と無関係でいられない。
ハートウィグ家の当主はセレーネ女伯爵。お母様の妹で、ノースマークに嫁ぎたいお母様から当主の座を押し付けられたって経緯がある。彼女は彼女で男爵家の次男と結婚したかったので、叔母様が伯爵家を継ぐなら婿として迎えられるって利害の一致があった。お母様が侯爵家へ嫁いだので、叔母様は配偶者の家格をそれほど気にせずに済んだ。しっかり家を盛り立てて、非難の声も捻じ伏せてある。
この家、歳の離れた長姉含めて三姉妹全員が恋愛結婚してるんだよね。
ご夫君は叔母様の補佐として会談に出席、ご令嬢のルーナ様がお茶会の方を主催する。お母様とセレーネ様の姉であったエーオス様も招いたのだけれど、お母様同様に領地を離れられないと欠席。その結果、ルーナ様世代の参加となった。
そうなると出てきてしまうのが、ロバータ様。既にシャピロ家へ嫁いだエーオス様のご息女だった。ジローシア様とも堂々意見を違えた女傑、反スカーレット派の筆頭、どう考えても苦手しかない。
ハートウィグの一族とノースマークの仲を深めるだけなら抵抗も少ないのに、隙を見せたらどこまでも深く抉ってきそうなロバータ様のいる場所になんて、できれば行きたくない。今回は親族が集まる会合だから、派閥が違うからって招待を妨げられないんだよね。
かと言って、そんなところへオーレリア一人で向かわせられない。カミンの婚約者で私の親友なんて、反スカーレット派としては挫いておきたいに決まってる。次代の婚約者が他派閥を抑えられるだけの能力を有していないと知られたら、ノースマークにとって格好の弱みとなる。こういう時、経験不足だからって容赦してくれないから困る。
「今日のオーレリアのお役目は、ルーナ様達と交流してしっかり関係を築くこと。世代が交代した後も、これまでのハートウィグ家との距離感を継承して損はないからね」
「はい。そのくらいはこなしてみせます」
「私は、囮としてロバータ様を引き付けておくのが役割かな。正直、気が重いけど」
「……ごめんなさい」
オーレリアの勉強不足とかじゃなくて、今回は相手が悪い。
女性として、装いは立派に武器の一つ。そんなところで隙は見せられないと徹底的に磨き上げた。
ドレスはいつも通り赤だけど、季節に合わせて濃いめの暖色を選択した。暗い印象にならないように、スカートの裾には友禅っぽい花の染色を足してある。ストールは黒を選んだから、足元ほど華やかさが増すね。こういう色合いだと、髪の金色がますます目立つんだけど。
更に、今日は皇国で貰った扇を手にしていく。
あっちの国には、王国と違って歓談中に女性は口元を隠す文化がある。大きな口を開けて笑わないとか、公の場で歯を見せないとか、女性にお淑やかさを求める延長だね。私としても、難敵に挑むなら盾くらい装備しておきたい。
公爵家から贈られたものだから、皇国にかぶれている訳じゃないって言い分は立つ。三権威って暑苦しいお爺ちゃんズの一人からだけど。
オーレリアは最近、明るめの青をまとう事が増えた。以前は紺とか藍とかシックな色合いを好む傾向にあったのに、心境の変化があったらしい。今日のドレスも鮮やかな空色だった。カミンの瞳の色な訳だけど。
まあ、婚約者との仲を強調するのは間違っていない。
「さあ、出陣しましょうか!」
女性にとってお茶会は戦場って心構えが間違っているとは言わないけど、オーレリアが口にすると物騒な雰囲気が漂うのはどうしてだろうね……。
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