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閑話 屈辱

 ローザリアが考案した建築工期短縮方法お披露目の当日、大勢の見物人が皇都郊外に押し寄せた。ただの野次馬ではなく、アンハルト侯爵家が招待した貴族や富豪達である。令嬢ばかりか、侯爵自身もこのお披露目を積極的に宣伝した。

 当然、貴族を呼んで立ち見で済ませられる訳がない。主軸となる建設予定地を臨んで半円状に観覧席を用意した。


 侯爵もローザリア嬢も満足できる集客であったが、その全員がアンハルト侯爵家考案の技術に期待している訳ではない。話の種になると社交の場として利用している者、古参派閥などと呼ばれるアンハルト侯爵家の動向を探りに来た者、様々な思惑もあった。

 引き合いとしているのが魔塔を現出させたスカーレットであった為、出し抜けたなら留飲を下げられる。失敗したとしても、侯爵家の醜態が余興くらいにはなる。どちらに転んでも所詮は他人事だと、敗者側を笑いに来た者も多い。


 これまでの侯爵家との付き合いから、後者を期待する貴族もそれなりにいた。

 開催場所が郊外になった件も、それを裏付ける。

 当初、ローザリアは学園内でのお披露目を希望していた。十四番目の魔塔が敷地内にあるのだから、当て付けるのが当然だと思っていた。しかし、学園長の許可が下りなかった。

 ペテルスとしては、国の賓客を貶める計画に加担するつもりはない。そうでなくともすっかりスカーレット贔屓となっていたので、どちら側に付くかなど考えるまでもない。むしろ、積極的に計画を潰したいくらいだった。

 そんな有様なので、国の大勢派がローザリアに期待を寄せる訳がない。


「ようこそお集まりくださいました! 本日は、歴史が動く瞬間をご覧いただけるとお約束いたします!」


 司会のために雇った役者の挨拶から式典が始まる。

 雑事に関わるつもりのないローザリアの視線の先には、スカーレットの姿があった。悔しがる様子をじっくり観察する為、最前列の正面に席を用意してある。今は平民モドキと物見遊山気分で談笑しているあの女の顔が、屈辱で歪む瞬間が楽しみで仕方がなかった。


「……先日、王国の魔導士殿が長塔を出現させました。高さだけなら皇城をも凌ぐ建築物の存在を、知らない皇都民はまずいないでしょう。彼女は、人足や重機に頼ることなく、魔法のみで塔を建ててみせたのです。しかし、そこまで特殊な技術は必要でしょうか?」


 司会は芝居がかった仕草で行程を進める。

 アンハルト侯爵家が用意した台本なので、スカーレットを持ち上げるようで誹謗混じりの内容となっていた。


「建物に求めるのは使い勝手、住み心地のみ。製作過程などどうでもいい事ではないでしょうか? まして、魔導士の並外れた魔力がなければ扱えない技術に、どんな意味があるのでしょう? 驚嘆に値する事象だったとは思います。けれども、魔導士殿の自尊心を満たすだけの見世物でしかありませんでした!」


 スカーレットを謗る言葉の連続にローザリアは気を良くする。一方で、会場は静まり返っていた。多くの者が青い顔でスカーレットを窺う。


 墳炎龍討伐、ワーフェル山消滅の噂は皇国まで届いている。皇族ほどではないにしろ、王国の魔導士が脅威であるとは理解していた。

 そんなスカーレットを前にして、堂々と本人を扱き下ろす。

 座興のつもりで来た者達も、彼女が今にも激怒するのではないかと気が気でなかった。逃げ出そうとする行動自体も、スカーレットを刺激してしまうのではないかと動けない。

 それは司会を引き受けた役者も同じで、彼はこの仕事を請け負った時点で遺書を書いている。報酬は全額、田舎で暮らす家族へ送る手配を終えていた。


 もっとも、スカーレット自身はこの後の実演を楽しみに聞き流しているのだが。

 製作過程などどうでもいいとの暴言にも賛同できる。苦言や酷評も貴重な意見だと思っている。むしろ、王国では面と向かって批判される機会も少なくなってきているので、なかなか得難い経験だとすら受け入れていた。

 スカーレットが憤慨する様を期待するアンハルト侯爵家の思惑も、戦々恐々と成り行きを見守る会場全体の空気も、完全に的外れなものとなっている。


「しかし、その建築速度()()は目を見張るものであったことも事実です。そこで、ローザリア・アンハルト様は考えました。何も、難解な魔法に頼る必要はない。むしろ、誰でも真似できる技術の方が、大衆には受け入れやすいだろうと!」


 キミア巨樹材という特殊な資材こそ用いるものの、魔法陣技術は既知のものであるし、魔力は充填器で用意すればいい。スカーレットの技術も、決して彼女しか扱えないものではなかったが、折角のお披露目を台無しにする訂正は避けた。

 むしろ、大衆のことなど考えていないのはローザリアの方だと言える。


「登場していただきましょう! アンハルト侯爵家が用意した精鋭達に! そして、ご覧いただきましょう! 彼等が実現する超速の建築技法を!」


 司会の宣告とともに、資材の後ろに待機していた職人達が駆けてくる。その数は二百人を超えた。

 その半分は地属性の術師で、邸宅建設予定地へずらりと並ぶ。


「隆起!」

「「「応!」」」

「硬化!」

「「「応!」」」


 掛け声の度に地面が盛り上がり、基礎部分ができあがっていく。皇国は火山が随所に見られる地震の多い地域なので、土台は振動に強いベタ基礎構造だった。

 地属性術師達が先に露出部分を作って、周辺の地盤を硬化させたり鉄筋を挿入したりと下層の工事を進める中、残った人員は床板を敷き、それぞれの建材を組み立てる。地属性魔法で地面へ直接干渉する事で、掘削の手間を省いていた。地盤の強化も並行できる。

 全員が手順を頭に叩き込んでおり、建材の位置や向きで迷う様子も見せない。二人一組で的確に部材を組み合わせていく。その整然とした挙動だけでも見応えがあった。


「一番、ヨシ!」

「二番、ヨシ!」


 ある程度地中の作業を進めた術師達は、その半数が建材接合部の固定化に回った。鉄筋にしろ、木材にしろ、組み合わせただけの隙間を埋めて固着させていく。明瞭化の為に、魔法が必要な部分には番号を振り、担当を割り振っていたらしい。

 魔法なら異なる部材同士を完全に一体化させる事もできるのだが、魔力節約の為に組み合わせるだけで十分な強度を保証できるように設計してあった。魔力が欠乏する度に、激苦魔力回復ポーションを飲んで休憩していたのでは作業が進まない。他にも、重機の使用を省く為に重量軽減魔法を施してあるなど、工夫が細かい。


 最終的に、一時間余りで豪邸が完成した。

 その規模を考えれば恐ろしく早い。しかも、予定していた所要時間を十分近く短縮している。作業者達が真剣に取り組んだ成果だった。


 ただ、建設に費やした時間が十四塔に並べるかというと、そこまでは至らない。しかも、建築の魔法陣の場合は内装にまで着手して、高所の構築が加わる分、難易度も高い。今回は作業者が皇国出身であったこともあり、高層建築物着手に慣れがなかった。


 ――パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、パチ……!


 これをどう評価したものかと観覧者達が戸惑いを覚える中、見学席の最前列で拍手が上がった。

 スカーレットである。


「素晴らしい技巧を見せていただきました。細やかな前準備、一糸乱れぬ建築作業。それらが見事に組み合わさったからこその迅速な仕上がりでした。本当にお見事です!」


 絶賛に嘘はなかった。

 建築の魔法陣ならもっと時間を短縮できる。けれど、それだけの差にどれほどの意味があるだろう? 本来なら数日、下手をすると数か月を要する建築作業を僅か一時間程度にまで短縮している。作業員の習熟に割く時間を省いたとしても、前例のない短縮が期待できる。実用の技術として十分な急速化は実現していた。

 前準備が必要な点も、難解な魔法陣構築や希少素材の調達といった手間を考えれば、それほど優劣があるとは思えない。十四塔の件は、王城に詳細な設計図があって、ストラタス商会が素材を揃えていただけである。

 キミア巨樹材なんて代替不可能な資材を使っている時点で、汎用性は明らかに負けている。


 スカーレットが称えた事で、会場に喝采が広がる。

 建造技術に詳しくなくても、作業工程に目を惹かれるだけの迫力があった。スカーレットの魔法には及ばなかったとは言え、皇国の建築通念を大きく塗り替えた。発想次第で更に発展させる余地は残っているし、採用技術は応用も利く。

 醜態を笑いに来た事実も忘れて称賛できた。


 しかし、これで収まらないのがローザリアである。


 繁雑な魔法にありものの技術で比肩した。異彩を放った魔法は独りよがりだと嘲笑させた。なのに、どうして悔しがる素振りすら見せないのか。何故、まるで心から称えているとでも言うように、高評価を下せるのか。


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……?

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない……!


 悔しがる様が見たかった筈なのに。

 嫉妬を必死で覆い隠す様子が見られる筈だったのに。

 魔導士だなどと不遜な女の化けの皮を剥いでやるつもりだったのに……!


 どうして、私が屈辱に塗れなければならないのか⁉


「それではローザリア様、これをお願いしますね」


 憤りで戦慄くローザリアへ配慮する事なく、スカーレットは一通の封筒を差し出した。本人にはそちらへ気を向ける余裕すら残っていなかったが、侯爵令嬢宛てに呈示されたものを無視できない。

 スカーレットとローザリアには距離があったので、進行を担当していた男性が気を利かせて封筒を中継した。


 どれほどスカーレットを嫌悪していようと、大勢の人目があるこの状況で無視はできない。貴族として最低限の礼節すら持ち合わせていないのかと醜聞を生んでしまう。

 お披露目自体は成功している。侯爵家としても宣伝した甲斐がある。それを感情的になって潰せないと、ローザリアは封筒を開いた。


 中身を見るのはいい。この場ではその必要があった。

 しかし、その詳細を口外してはいけなかった。


「請求書? ストラタス商会? ど、どうしてこんなものが……⁉」


 そして、人目を忘れて問いかけてしまったのは何より酷い悪手だった。

 問われてしまった以上、スカーレットには説明する義務が生じる。


「強度面に不安が残ると相談を受けたため、少々修正を加えると同時に、ストラタス商会が全面的に協力させていただきました。万能タイプの地属性術師をあれだけ集めるのは難しかったため、特例で強化魔法練習着も貸与しています。本当によくできた計画でしたから、頓挫させるのは勿体無いと思いまして」


 再び、会場が静まり返った。

 スカーレットの言に嘘はない。彼女が携わったのは僅かな修正と人員の調達で、計画に大きな変更は加えていない。修正も勝手に行った訳でなく、勝手にしろとの許可も貰っている。不備を現場の人間に埋め合わさせるのがアンハルト侯爵家の方針らしい。


 けれど、この発言を額面通りに受け取る者などいない。


 ノースマーク卿の掌の上で踊っていたのか。

 アンハルトだけでは実現できなかった訳だ。

 商会に丸投げで、その進捗には興味がなかったのだろう。


 声高らかに非難するものは現れない。皇国貴族はアンハルト侯爵家のそういった性質を知っていたし、その隙を突かれたとも理解できる。技術自体は満足できるものだったので、追い打ちをかける真似はしなかった。事情を汲み取って、知人達と小声で呆れを伝え合うのにとどめる。


 だから、非難の内容はローザリアまで届かない。しかし、招待人数が多いため、小声であってもそれなりに騒めきとなる。

 それが、ローザリアには嘲笑されているとしか捉えられなかった。


 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!

 アンハルト侯爵家を、この私を馬鹿にするな‼


 本来であれば、憎い女を見返す場になる筈だったのに。

 負けを認めず、実演を称える事でこの場を凌いだばかりか、請求書というたった一手でこの場の空気を変えてしまった。華々しい宣伝の場になる筈が、すっかり侯爵家は笑い者である。

 全て、全てスカーレットのせいで……!


 スカーレットがこのタイミングで請求書を差し出したのは優位性を示すのが目的であったし、たとえお披露目を成功させようと実利はストラタス商会が押さえてある。ローザリアの怨嗟の矛先はあながち間違っていない。


 許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない……!

 絶対に、絶対に思い知らせてやる。

 このまま済ませるなんて、あるものか……!


 この件で、スカーレットとローザリアの溝は決定的なものとなる。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
カタカナでヨシ!って言うから…
請求書の内容を(侯爵令嬢が)言わなければ、まだ挽回のチャンスはあったのに(笑) 狡猾で迂闊な侯爵令嬢ですね。 請求書の内容と納品書、指導された内容とレンタルした教材を確認していれば、結果は違っていた…
魔法しか脳の無い野蛮人みたいに思っていた相手に貴族としての立ち回りも上回られる 形ばかりの名だけお情けで与えられて、実利は全部ノースマークへ これで完敗を認められないんじゃ、もう何やってもダメだねw
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