ローザリア嬢の企み 2
私は模倣を悪い事だと思っていない。真似るにはその技術についての理解が必要だし、そこから生まれる新しい何かがあっていい。盗作とは根本が違う。
「でも、俺は納得できません」
とは言え、私の許容とウォズの心情は別の話だね。
しかも、納得できないと言うより、納得したくないって聞こえる。私への信奉も、こういうところは困りものだった。
「ねえ、ウォズ。私達が皇国に何しに来たか、覚えてる?」
「……スカーレット様が生んだ、新しい技術の基礎を伝える為です」
「そう。そして、独自技術の発達を促す為。その点で言うなら、ローザリア嬢の企みは私の理論に基づいたものじゃないけど、私の影響が生んだ皇国の新技術には違いないよ。それでいいんじゃない?」
「ペテルス様の薬草と同じようなものだと?」
「そうだね。その発想をこそ称えたい。切っ掛けが私への反感だったとしても、それを理由に新しい技術を潰してしまうのは勿体無いよ」
「それでも、俺はスカーレット様が軽んじられるところを見たくありません……!」
ウォズの譲れない点が私の為ってところに困ってしまう。ウォズが誰かに笑われるような事態が起きたらと思うと、きっと私は黙っていられない。だから気持ちは分かる。
「じゃあ、こうしない?」
「何か、考えがあるのですか?」
「うん。ローゼリア嬢の目的は私を見返す事だから、計画をお披露目する際には私を招待しないといけない筈だよね」
「そう……なるでしょう」
国内の評判を得るだけでいいなら私が不在でも構わない。だとしても、彼女の性格がそれを許すとも思えない。
「でも、私が招待に応じてあげる義理はない訳だから、素晴らしい技術だと思います、成功を祈っています、頑張ってください…って返信だけしてあげればいいんじゃない?」
「……相手にされていないと知って、荒れ狂う令嬢が想像できますね」
「見返すって目的が果たせないなら、お披露目自体も潰せるかもしれないよ」
投資した分、侯爵家が公開する場を設けるかもしれないけれど、私には関係ない。ペテルス王子の新種の薬草や三権威達の独自飛行車両を披露する場には立ち会うとしても、講義の内容が関わっていないなら興味も薄い。感心と関心はイコールじゃないんだよね。
「ローザリア嬢の思惑が外れたなら、ウォズの溜飲も下げられない? 新技術には開発者の鋭意が詰め込まれてる。そこに嘘はないものとして、容認してあげられない?」
「……」
「世に出せない技術と言うのはあると思う。周囲への被害を考慮してなかったり、人道に反していたり、社会に混乱をもたらしたり……政治的に受け入れられないって事もあるかもしれない。でも、私と敵対したからって理由は道理が通ってないよ」
本当は政治的な話も好きじゃないけどね。王侯貴族の力関係が引っ繰り返る。現状の価値観が塗り替わる。貴族として生きているから、為政者側の懸念も理解できてしまう。
「……しかし、ローザリア嬢を放置しておくと、王家やスカーレット様に反抗的なアンハルト侯爵家が息を吹き返してしまいます」
「そこは、ウォズが何とかしてくれるんじゃないの?」
「え?」
あれ? 違った?
「ローザリア嬢の案には甘いところもあるよ。要は前準備を徹底して工期をできる限り短縮しようって試みだよね。でも、貴族の要望に細かく応えていたら、準備の期間はどんどん延びる。景観にこだわる場合もあるから、机上の提案だけじゃ済まずに建築途中で変更を強いられる場合もある。そのくらいの身勝手は、ほとんどの貴族にとって普通だって知ってるでしょう? お披露目ではちょっとしたお屋敷を作るみたいだけど、単一品を好む貴族向きの技術じゃない」
よくできていると評価したのは紛れもなく本意。だけど、お貴族様的な発想が可能性を狭めてしまっていた。
「梁や柱を規格化して、建材を量産したならコストダウンも望めるよ。顧客の要望に合わせて間取りや部屋の大きさを調整するだけなら、規格化した部材の組み合わせだけで済む。内装と外装で差別化を図れば、一般のお客様なら満足してくれるんじゃない?」
ついでに、王都ワールス復興の際に提案した耐震構造を取り入れれば付加価値が乗る。王都の貴族邸でも活用されている技術だと宣伝すれば、ブランド化も期待できるかもしれない。低価格帯からセミ注文住宅まで、幅広く需要を満たせる。一般の住居にこそ生きる技術だと思う。
既製服や特注服と同じで、貴族はこれまで通り唯一無二の邸宅造りをすればいい。彼等は望んだ独自性が強調できて、規格化住宅との競合も避けられる。アンハルト侯爵家は顧客を捕まえられなくなるかもしれない。軍事面への商機は残るけど、王家派閥に反抗的な侯爵家にそんな利権を国が許すとは思えない。
「折角公開前の極秘資料を手に入れたんだから、それを使ってお金を稼ぐ方法を考えないと。その為に目を輝かせてる方がウォズらしいよ?」
「あ」
「機密の管理も甘い。侯爵家の独自技術として権利を主張してる訳でもない。こんな機会を無駄にする気?」
「そうですね。俺の方で技術を確立させて、アンハルト侯爵家が技術を解禁する頃には市場を牛耳ってみせましょう!」
早速、会食の場で議題に上げるつもりなのか、ウォズは意気を新たに出掛けていった。あの様子なら、お披露目が成功するようお膳立てくらいはするかもしれない。大々的に宣伝はしてもらって、実利はがっつりといただいてしまう。
策謀の実行前に思惑が外れると確定しているローザリア嬢を気の毒に思わなくもない。だけど、隙だらけなのが悪いよね。
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