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ローザリア嬢の企み 1

 ミスト洗浄魔法の改善を終え、次は何を作ってもらおうかと考えている。温浴管理魔法とかいいかもしれない。温度や水量、泉質の調整で随分負担を強いてるんだよね。私の温泉だからってベネット達古参のメイド達が担当してくれているけれど、彼女達も忙しい。手間の削減は考えておきたい。


 どんな魔法がいいかと構想を練っていると、今日は別行動だった筈のウォズが戻ってきた。

 十四塔は私の所有物って訳でもないので、彼の帰還を伝えてくるような人員は置いてない。私が主に活動拠点としている五階にはウォズの執務室もあるし、本格的な研究の場合にはコキオへ帰るので、貴族が占有するスペースとしては広くない。現状、皇国の魔塔は空き部屋の方が多いくらいだった。皇国の誰かが面会に来たなら、第九騎士隊の誰かが取り次ぎに来るんだけどね。

 入室の前にノックを怠るウォズじゃないけれど、お互いの部屋を割と気楽に行き来していた。


「あれ? 今日は皇国の拠点設立に関する会合だって言ってなかった?」

「はい。少々スカーレット様にご報告がありまして、中座してきました。会食の時間までには戻るつもりです」


 少々なんて言ってるけども、ウォズがお金儲けのチャンスを等閑にするとは思えない。それなりに緊急性があると理解して気持ちを切り替えた。便利システムへの欲求は、とりあえず御座なりな方向へ置いておく。


「会合の中で耳に挟んだのですが、対処は早い方がいいだろうと思いまして……」

「何かあった?」

「ええ、アンハルト侯爵令嬢がスカーレット様を見返そうと動きを見せているようです」

「ローザリア嬢が?」

「先日の一件をかなり根に持っているようですね」


 屈辱だったろうってくらいは想像できるけど、雪辱を考える気概が残っているのは意外かな。性格的に懲りる事はないとしても、精神的に折れなかったと言うのは素直に凄い。取り巻き令嬢達はさっさと皇都から逃げて行ったのに。


「あ、あの……、また何かしてくるのでしょうか?」


 ローザリア嬢と聞いて、リコリスちゃんが不安そうな様子を見せた。私が助けに入る前の仕打ちを考えれば無理もない。


「大丈夫だよ。今、彼女が恨みを抱いているのは私に対してだろうから」

「それに、リコリスさんには皇国から護衛が派遣されていますから、あの令嬢が危害を加える隙はありません。心配の必要は無いですよ」

「え? え? リコに、護衛?」


 まるで気が付いてなかったみたいで、今もいるのかと視線をキョロキョロ彷徨わせた。魔塔の内部は皇国の支配下にないので、今は外で待機してる筈だけどね。

 リコリスちゃんの特異性についてはリンイリドさんが報告を上げている訳で、このくらいの待遇は当然だと思う。本人に知らせてないのは、彼女の負担を減らす為かな。側近にしても護衛にしても、誰かと四六時中一緒は慣れるまで精神的な疲労が酷い。


「それで、ローザリア嬢は何を企んでるって?」

「はい。スカーレット様に武力で挑んでも敵わないとくらいは学習したらしく、直接的な報復を目論んでいる訳ではないようです」

「そのくらい単純だったら、対処も楽だったのに」

「リンイリド監察官に密告するだけで済みますからね」


 私は国賓、加害を企てただけで造反となる。騎士を突入させて証拠を掴めば、アンハルト侯爵家諸共に処分できた。計画の段階でウォズが情報を拾ってこられたくらいの杜撰さだから、お屋敷にさえ踏み込めば何かしらの痕跡が見つけられたのは間違いない。


「そもそも、ウォズは何処からそんな話を聞き込んできたの?」

「会合に出席する予定だった商人から、内々にと相談を持ち掛けられたのです。侯爵家からの大きな仕事ではあるものの、国の意向を潰すような真似をしていいものか……と」

「ああ、仕事を受けた後でその影響力に不安を覚えた訳だ。そんな相談をウォズのところへ持ってきたくらいだから、秘密保持の契約を締結していないか、取り決めに隙があった訳でしょう?」

「その通りです。後で不義を責められるような真似はしていません」

「商人が侯爵家の不利になるような事をする筈がないって油断じゃない? これまではその思い上がりがまかり通ってきたのだとしても、情勢が変わっている事実に目を向けてないのはローゼリア嬢らしいけど」


 ウォズとの会合に参加する商人だから、ストラタス商会に擦り寄る利益と天秤に掛けられたのかもね。新進気鋭の商会と没落寸前の侯爵家、余程国に思い入れでもなければ前者を選ぶ。貴族、ひいては国へ貢献する栄誉を取る筈だって思い込みはまだ根強いのだけれど。

 それを裏付けるように、ウォズは計画の詳細を記した書類の写しまで受け取って来ていた。筒抜けが過ぎて、ローザリア嬢に若干同情するよ。


「なるほど……、彼女は技術で私に負けてないと周囲に見せつけるつもりな訳だ」


 資料を見る限り、計画の詳細は良くできていた。大部分で専門家を頼ったのだとしても、感心する部分も多い。

 言ってみれば、異世界版一夜城。

 前世戦国時代のあれは誇張が混じっているらしいけど、魔法を併用したなら大きく工期を短縮できる。あらかじめ建材を用意して、デザインに沿って切り出すばかりか、組み合わせるだけで柱や梁として機能するように継ぎ手部分を加工しておく。前世ならミリ以下の精度を必要とした伝統技術であっても、この世界なら魔法による補正で調整できた。強化魔法で重機も使わず、釘やネジを打つ手間を必要としないから、徹底した時短を実現する。一夜どころか、投入人員によっては数時間で完成が可能かもしれない。


「どう対処しましょう? 今なら、商人達に働きかけて計画を潰す事も出来ますが」

「放っておいていいんじゃない?」

「……宜しいので、しょうか?」


 領地を代表する産業を持たないアンハルト侯爵家は、商人を介さなければこれだけの計画を実現する伝手を持っていない。傾いても上級貴族だけあって支払いの信用くらいはある。お金があるなら商人は従うだろうって目算で構想を練ったのは推察できた。

 上手くいったなら侯爵家の利益を生むので、投資するだけの価値もある。私を見返したいって思惑が透けてなければ、皇国の商人達も協力したんじゃないかな。

 それなりの専門家と術師を集めないといけないだろうから、商人の仲介がなければ、多額の報酬を提示して希望者を募るくらいしか方法がない。その場合は応募者の力量に不安が残るし、作業者の連携に期待はできない。計画実現は現実的じゃないと言っていい。


「私が頷けば、そのまま今日の会食で工作を始めるつもりで話を持って来たんでしょう? でも、そこまでする必要はないよ」

「しかし、それではスカーレット様の評判に傷が付きます」


 被害を未然に防ぐ機会を得られたとさっきまで得意げだったウォズは不満そう。

 だけど、名誉争いに興味ってないんだよね。自分の国でもないから尚更に。


 おそらく、ローザリア嬢が参考にしたのは構築の魔法陣。十四塔を現出させるときに皇国側の度肝を抜いた。王国の新技術がこれまでの常識を塗り変えるかもしれないって心証を深く刻んだ。戦国時代の逸話のように、瞬く間に拠点の設置ができるなら戦況を揺るがす。脅威を覚えるのも無理はない。

 あれを皇国の技術だけで模倣すれば、王国を過度に恐れる必要はないと世論を誘導できる。

 それで、ローザリア嬢は私の面目を潰すつもりかな。だけど、あれを軍事利用したいのは私じゃないから、真似られたところで痛痒は感じない。そもそも、私が作りたかったのは魔法で建つ家で、ローザリア嬢とは企図が違う。微妙に方向性がズレている気がするよ。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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