絶賛教育中
植物を育てる訳だから、実験は一朝一夕に終わらない。特に指示だけ出して待っているだけの私には待機時間が発生した。巨樹肥料を公にする気はないから余計にね。心因が大きく影響する奇跡に、検証精度が大きく狂いそうな事象を挿し入れるつもりはない。
フェアライナ様プロデュース計画も今回の本筋ではあるけれど、緑の魔法の検証も大事だから、応用は後でいい。
まあ、一つくらい待機の必要が発生したくらいで、私が暇になったりしない。講義の準備に、質疑応答、皇国貴族との社交もあれば、領地の業務だってある。
「先生、微細な水粒子で身体を洗浄する為の魔法はこれでいい?」
リコリスちゃんの指導もその内に一つになる。
彼女は理解した物理現象を魔法に当て嵌めて術構成を提案できる。有効な魔力操作、精密な制御が必要な工程、思い描くべき昭然としたイメージ、発動に必要なおおよその魔力量などを端的にまとめてくれる。
既に、各属性の基本的な魔法ならほとんど具象化してくれた。これをそのまま軍に伝えたら、連携魔法による火力向上も容易になるんじゃないかな。個人の感覚に頼って魔法の画一化が難しかった状況を塗り変えつつある。彼女の存在を公表したなら、魔法指南書の在り方が大きく変わる。私が強化魔法練習着で習得を容易にしたのと合わせて、騎士タイプ、術師タイプって組み分けを取り払いそうな気がするよ。
高度な魔法になると、魔力の制御や異なる現象の同時行使なんかが障害となって、修得率は下がるんだけどね。術師の技術不足までは埋められない。それでも、努力次第で越えられる壁には違いなかった。
どう考えても影響が大き過ぎて、身を守る術の乏しい彼女の成果を、どのタイミングで公表したものか悩むよね。
学ぶ機会に渇望していただけあって頭の回転は速いみたいで、教えた分だけ理解してしまうものだから、今ではかなり高度な魔法も独力で構築可能となっている。
さっき与えた課題は、前世で聞き齧った程度の科学知識を魔法で再現するものだった。微細な水滴が毛穴深部の脂質まで洗い落とす。魔道具としてシャワーと組み合わせれば、快適な温泉ライフが、もう一段階上のものになるね。
前世知識があっても無属性以外の魔法感性がない私には、ほとんど再現できなかった。リコリスちゃんの素晴らしい点は、明瞭にまとめた魔法構成を理解すれば、該当属性術師は勿論、私にも扱えるって事。おかげで、生活を便利にする魔法を中心に私の修得幅が随分広がった。風属性については、自分がお世話するのだとフランが譲らなかったけど。
一方で、今回の緑の魔法みたいな理屈が漫然とした魔法については構築を苦手としている。個人のイメージに頼る部分が大きくなると、リコリスちゃんの感性も働かなくなるみたい。
私のラバースーツ魔法も再現できなかった。ヒーロースーツ=ニチアサ、アメコミって発想は湧いてこなかったみたい。まあ、この世界にない文化だからね。この世界のヒーローって、歴代の魔導士やカロネイア将軍みたいな英雄を指す。小さな女の子が赤いドレス着て駆けまわってるのは、あんまり視界に入れたくない……。
こういった対応力はノーラが強い。彼女は魔力の流れを目視するものだから、魔法が発動した際の挙動を把握している。イメージが独特でも、魔力をどう扱っているかが分かれば解析して理屈を明らかにするのも可能だった。勿論、ノーラが理解できるってのが前提だから、限界はあるけどね。
ノーラとリコリスちゃん、そこへ全属性の私が加われば、実現できない魔法なんてほとんどないんじゃないかって気すら湧いてくる。リコリスちゃんを連れて帰れないのがつくづく惜しいね。
「うん。上手くできてそうだよ。……ほら」
「わぁ~!」
私が微細ミスト魔法を発動させてみると、羞恥心の乏しいリコリスちゃんは魔法霧の中へ服を脱いで飛び込んだ。下着とシャツは身に着けてるけど、濡れるのを気にした様子はない。
「あははっ……! すっごい快適ですよ。今が夏ならもっと良かったかも!」
涼むのは目的が違うけど、汚れが綺麗に落ちるのって気持ちがいいからね。身体が軽くなった気すらする。私も、後で試してみよう。
控えているフランとヴァイオレットさんも、期待に目を輝かせているのが分かった。
魔法の効果を試すのも大切だけど、この場で完成って訳にはいかない。想定通りの粒子径が作れているのか、その状態を保てるのか、最終的にはノーラに見てもらう必要がある。存在が知られている魔法なら皇国の鑑定師を呼んでもいいけど、今回は私の前世知識の再現だからね。
「リコリスちゃん、魔法って楽しい?」
「はい! 覚えた事をそのまま形にできるんです。先生がリコの考えた全てをすぐ魔法にしてくれるから、次はどうしようって遣り甲斐が湧いてきます。これまで自由に勉強するなんてできなかったから、今、すっごく幸せ!」
無茶を強いる形になっていないかと確認してみたら、満面の笑顔が返ってきた。こうもまっすぐな信頼を向けられると、都合よく欲しい魔法を作ってもらっている現状に若干の呵責を覚える。
私からの偏りある課題の他には、歴史上で語られる魔法の再現に挑戦してもらっていた。術師のイメージに当時の人々が共感できなくて歴史に埋もれた魔法も多い。幅広い魔法に触れるのも彼女には必要な経験だった。
時代背景やその頃の状況についてはリンイリドさんが指導してくれる。魔法の構築に必要な数学的知識や生物の性質、物理現象に関する知見なんかも増やしていく。魔法を起点に、様々な方向へ興味を広げる方針でリコリスちゃんを教育していた。リンイリドさんは彼女を国の要職に迎えるつもりなので、彼女が嫌がる言語や社会学なんかも教え込んでるけどね。
「好きって気持ちは伸ばしてあげたいんだよね。何よりの原動力になると思うから」
「流石、興味のある事への延長線で貴族として領地を治めるお嬢様が言うと、説得力が違いますね」
「……まあ、周囲への負担が過ぎない程度に仕事を選んでる自覚はあるよ」
優秀な補佐もいてくれるからね。
「ところで、お嬢様」
「うん?」
「服を濡らした少女を、その弛んだ顔で凝視しているのにはいろいろと障りがございます」
「――!」
フランが声のトーンを落としたと思ったら、冷たい視線と一緒に貴重な警告をくれた。
危ない。危ない。
こんな締まりのない顔を見られたら、折角距離を詰められたリコリスちゃんに嫌われてしまう。私は彼女の才能を買って、魔法の未来を託しているのであって、愛でる対象として飼っている訳ではないからね。
「あれ?」
しばらくミストを浴びたり粒子を観察したりと戯れていたリコリスちゃんは、ふと何かに気付いた様子で再び机へ向かう。今の様子だと、付着で減っていく粒子の補給が大変だって気付いたかな。今のままなら、ミストの補給の為に魔法を再発動させる必要がある。
不足を察した彼女は、すぐに改善案を練り始めた。集中しているせいで、格好を覚えている様子はない。
うん。
指摘の前に気付けるんだから、やっぱり将来が楽しみだね。
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