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ペテルス皇子の研究

「先生、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに……」


 学園の中枢施設に赴くと、すっかり生徒振る舞いが板についたペテルス皇子がご機嫌で待っていた。私の補佐として誠意を持って対応する相手との認識なのか、私ばかりかウォズの椅子まで引いて迎え入れてくれる。

 学園の長だとか第八皇子だかの威厳は、行方不明になったまま帰ってくる様子はない。


 前学園長が失脚した後、一時的な処置で学園長に就任した皇子はここに越して来た。しばらくは通いを続けていたのだけれど、魔漿液の詳細を知った時点で、移動の時間を惜しんで研究に全てを注ぎ込むと決めたらしい。

 代々の学園長が拠点としてきたこの場所は、すっかり第八皇子の巣となった。あちこちにスライムの飼育ケースが積んである。これ以上城でスライムを増やされるより、専門の場所へ隔離しておきたいって思惑も察せられた。後任が決まったところで皇子をどかせられる筈もないから、その場合は新しく学園長棟を建てるんじゃないかな。しばらくは、予算を国から引き出しやすいペテルス皇子が学園長の座に収まってると思うけど。


「例の研究は、その後どうですか?」


 講義で度々顔を合わせる皇子と、今更交流を深める必要もない。社交が目的じゃないので、前置きは飛ばして本題へ入る。雑談したところで、スライム以外の話題が上るとも思えない。


「回復成分の定着は安定しています。今は、世代を重ねることで回復成分を増大させるか、定着方法を工夫して含有量を増やせないものか、並行して実験しているところです」

「交配育種は専門外ですけれど、定着方法なら力になれるかもしれません。王国では、魔樹の魔物としての性質を殺して、その根を魔導線として利用した例がありました。ただの植物より親和性がいいのではありませんか?」

「なるほど……、魔導線として使うなら、普遍的な植物より元魔物の方が伝達効率に優れていて当然ですね。興味深い技術です」


 何しろ、エッケンシュタイン博士の発想だからね。


「スライムと魔樹なら、当然魔樹の方が上位となります。そう考えると、よりスライムの性質を取り込もうとするかもしれません。ありがとうございます、期待が持てますね」

「魔物としての性質を殺したと言っても魔樹ですから、スライムに付与した魔法を活力として消費してしまう懸念は残りますが……」

「それでも、試す価値はあるでしょう。早速、魔樹を選別してみます」


 ペテルス皇子は、魔漿液が水とほとんど同等の物理性質を持つ点に注目して、回復魔法を付与したスライムに植物を植える事を考えた。最初は回復魔法の効果で成長が活性化する。更に、植物は成長の過程で魔法を取り込んで、回復魔法と似た性質を持つ成分を葉に蓄える。

 その結果、摂取すると身体を活性化させて軽度の病や傷を癒す薬草が誕生した。


 まだまだ研究中なので効力は弱いけれど、完成したなら栽培するだけで回復薬と同等の効果を持つ植物が作れる。苗床となる土にはある程度の濃度の魔素を蓄えさせる必要があるとしても、回復薬と違って製造ごとの付与工程は必要ない。

 魔法そのものは既に失われていて、植物の中に生まれた新しい成分を人間が取り込むと、体内の治癒作用が活性化する。既に成分の抽出まで実現していた。


 勿論、他の魔法への応用も期待が持てた。


 だからって、スライムから植物を生やした鉢植えを所狭しと並べているのはどうかと思う。回復成分の取り込み量を増やそうと試行錯誤してるのは分かるとしても、私を通したって事は、ここ、応接室だよね?


「……交配育種がスカーレット先生の専門でないと言うお話なら、実験畑の貸し出し申請は何ためのものだったのでしょう?」


 交配育種、つまり異なる性質の品種同士を掛け合わせて実用的な植物を作り出そうって品種改良の一手段を指す。

 私が新しい薬草に興味を示したものだから、実験畑のレンタルは私なりに検討するためと誤解していたらしい。ディーデリック陛下が好きそうだから経過の報告はするけど、植物の成長を待つのは私の性に合わない。


「薬草を育てる目的で借りた事には違いありません。けれど、育成を担当するのはフェアライナ様です」

「フェナが?」


 これまで彼の研究に興味を示さなかったであろう妹の名前が突然出てきて、ペテルス様は怪訝な顔をした。

 成人までは学園で令嬢達と交流しつつ政治や経済について学んだそうだけど、積極的に学問と向き合う様子のなかったフェアライナ様が実験用の畑を使うと聞いて、その目的を図りかねているように見えた。


「彼女が庭園の一部を管理しているのはご存知でしょう? 見事な腕前でしたので、薬草を育ててもらおうと思いまして」

「こ、これだけの薬草をフェナに……⁉」


 薬草の種自体はフェアライナ様に渡してしまったけれど、説明用に作った栽培リストを見せると、ペテルス皇子は驚いた顔のまま固まった。

 紅呪草みたいに皇国では手に入らない薬草もあるし、栽培例は報告されていても手法がまだ確立しきれていないものも含めてある。そもそも、これだけの薬草を集めるだけでなかなかの金額が動いている。薬草栽培素人に任せるレベルじゃない。


 もっともリストを見せたのは、園芸から薬草栽培、どうしてそこへ飛躍したのかって原因を別の驚きで隠す為でもあった。皇国で見つかった事象をいつまでも隠す気はないけど、検証の間は秘密を保っておきたい。


「それで、ペテルス様にお願いなのですけれど、研究中の薬草を一株分けてもらえませんか?」

「それも……フェナが育てるのですよね?」


 実妹を嫌っている様子はないけれど、自分の研究に興味を示さないフェアライナ様に貴重な新種を譲るのに抵抗を覚えるのが分かった。

 安定した成分定着がまだなら無茶は言わない。でも、部屋いっぱいに鉢植えを並べてあるんだから、一株くらいは惜しまなくていいんじゃないかな。鑑別札に細かい違いが記してあるから、漠然と並べてある訳ではないんだろうけど。


「フェアライナ様にお願いするのは、回復成分を定着させた第二世代以降です。完成したなら初期段階の詳細は伝えず、新種として世代を重ねてゆくのですから、それを見据えての検証実験だとでも思えませんか?」

「……うーん、妹のため、しかもスカーレット様に請われたとなると、できる限り協力したいとは思います。しかし……」


 悩む様子ではあったものの、ペテルス皇子も最終的には頷いてくれた。詳しい説明を省いているものだから、意義が見出せないのは仕方ない。

 彼は生物関係の専門家なので、緑の魔法について話せば協力を取り付けられるとは思う。でも関心が強すぎて、フェアライナ様に齧り付きで観察しそうな気がしてる。その奇行は、フェアライナ様に警戒を促しそうなんだよね。兄妹として変人だと深く理解しているだろうから、余計に。

 彼女の献身を阻害しそうな要素は必要ない。


 今すぐとは言えないにしても、第二世代の傾向をある程度把握できた後ならと約束を取り付けて、計画のメインとなる要素の入手は目途がついた。投資に賛同してくれたウォズも、こっそりほくそ笑む。

 フェアライナ様プロデュース計画、順調です!

いつもお読みいただきありがとうございます。

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