緑の魔法
該当者の捜索をノーラに任せて皇国へ戻った私は、フェアライナ皇女へ面会依頼を出した。昨日の今日なので待たされることも覚悟していたのだけれど、その日の午後には場が整った。庭仕事以外は割と時間が空いているらしい。
「これを……育てるんですの?」
私が渡したのは薬草の種。幅広い効能のものを集めてみた。
薬草、特にファンタジー色の強い薬効を持つ種類の栽培条件はかなり厳しい。魔物が蔓延る秘境に自生したなら病をたちまち消し去る効力を発揮するのに、人里で育てるとまるで薬効を含有しないなんて話も多い。魔素濃度の高い環境が、特殊な薬効を生む。
まずは緑の魔法―――グリーンサムにちなんで名付けたその魔法の可能性を知っておきたい。
例えば、今回用意した一つの氷刹草は、万年雪に閉ざされた高地でしか発芽しない植物で、煎じて飲むと強制的に体温を下げて仮死状態に近い容体を作り出す。この世界で末期治療に利用する薬となる。
他には紅呪草と言うのがあって、筋疾患に効力があると注目を集めている。ただし、この薬草が発見されたのは近年で、墳炎龍被害で魔素濃度が高まった土地でのみ自生が確認されていた。素因の討伐以降、発芽が確認された例はなく、栽培条件について帝国で研究を進めているものとなる。
勿論、育成が容易な薬草も盛り込んである。植物が成長する過程で、不足する要素をどこまで魔法が代替可能なのかを知りたい。
園芸の専門家や農業従事者であったなら、その可能性を伸ばしていくだけでいい。王国で探している術師にはその期待を向けている。けれど、フェアライナ皇女に同じ事を望む訳にはいかない。城の庭園だから手入れを任せてもらえてるのであって、公園だとかお貴族様のお屋敷に皇女を派遣する訳にもいかない。当然、畑仕事はもっとあり得ない。そうなると、花を奇麗に咲かせるってだけでは物足りない。彼女の魔法に付加価値を足しておく必要があった。
「これらは、どれも希少な薬草です。フェアライナ様ができる限り育てたからと言って、国への貢献と言えるほどの数は用意できませんが、間違いなく誰かの助けになります。まずは小さな一歩から始めてみませんか?」
「理想を追い求めるより、確実な献身からと言う事ですわね。わたくし、挑戦したいと思いますわ!」
薬草を受け渡す際、わたくしが誰かの助けに……と顔を緩ませてつぶやくのが聞こえた。そのフレーズが気に入ったらしい。
まあ、好きそうな言葉を選んで誘導したんだけどね。
誰かに奉仕しようにも、皇女って立場がそれを許さない。でも、国へ貢献したいと強く思うくらいなら、間違いなく慈善活動に興味があると思ったんだよね。貧困者への支援だとか、医療サービスの拡充といった為政者側の活動は苦手みたいだから、個人レベルで可能な事から始めてもらう。
種類ごとに土を入れ替える必要もある薬草栽培を城でって訳にもいかなかったので、ペテルス学園長を通して研究用に敷地を借りてある。フェアライナ皇女には学園まで通ってもらう。私からの課題に遣り甲斐を見出した彼女は、移動手段と道具の調達の為に早速駆けて行った。城で燻っているくらいなら、皇都外周部への通勤くらいは些事でしかないらしい。
頭の中が薬草栽培の成功でいっぱいになっていてくれたおかげで、もう一つのお願い事も難なく受け入れられた。薬草栽培と繋がらなくて不思議そうな顔をしていたものの、疑うまではしなかった。意外と信頼度が上がったのかな。薬草ってプレゼントは随分効果が高かったみたい。
「スカーレット様、皇女殿下の魔法について説明しなくて良かったのですか?」
課題だけ渡した帰り道、ウォズがこっそり訊いてきた。
この後、ペテルス皇子と面会する予定となっている。最近、信仰に近い信用を向けてくれるせいで、実験地の借り受けは書類の提出だけであっさり通った。私の名前以外を精査したかも怪しい。だからと言って、事情説明をしないままって訳にもいかない。
「うん。余計な雑念を交えたくなかったからね」
「意識的に魔法が発現しない可能性があるからですか?」
「そうだね。意識していないからこそ、奇跡に近い現象を生んでいる可能性はあると思う。オーレリアとか、空間自在跳法の理屈を未だに説明できないからね」
そのせいで、誰にも真似できないオリジナルのままとなっている。空気を足場にするまでは何とか理解できても、高速で動きながら目印もない空間を飛び回る感覚はまるで分らない。オーレリアが直感に頼り過ぎているから、ノーラも解析しきれていない。
「それでもオーレリアの場合は、彼女の中では理論が成立している」
「技として身体に染み込ませていますから、使いこなすのは勿論、失敗もありませんね」
「その点、フェアライナ様は違う。自覚がなくて、感覚的に魔法を使っている訳でもないから、意識すると逆に魔法が発動しないんじゃないかな」
植物の成長に必要な成分を適切に生み出すとか、本来なら構造と性質を深く理解していないと実践できない。研鑽を重ねてきたプロなら経験則に基づいて的確に魔法を作用させられるかもしれないけど、その意味でもフェアライナ様は足りていない。
「王国の捜索では、薬草の栽培業者は除外していましたよね。それなのに、どうしてフェアライナ様に依頼を?」
「氷刹草や紅呪草は魔法で補填するための魔力量が洒落にならないと思うから」
「なるほど、もともと高濃度魔素地域に生える植物で、その薬効も特殊なものですから、それを補うための魔力は膨大でしょうね。スカーレット様ならともかく、個人で賄える量ではなさそうです」
「植物に関して知見の乏しい私には、別の意味で無理だよ。まあ、そんな訳で、薬草栽培の専門家が緑の魔法を活用している例は少ないかなって」
愛情云々よりは、膨大な知識と経験で環境の不足を埋めている気がする。
そうであるなら、緑の魔法を解明してから知見を伝達すれば、専門家達が新技術として生かしてくれるんじゃないかなって思う。魔力が足りないなら魔導変換器を用意すればいいし、薬効の含有量を安定させるための補助でもいい。使える技術だと判断したなら、それぞれで取り入れてもらえるんじゃないかな。
「それなら、余計にフェアライナ様には難しいのではないですか?」
「かもね」
「では、何故?」
「可能性の限界を見極めたいから。今後、理論化していく予定の緑の魔法じゃなくて、真摯に愛情を注ぐフェアライナ様の限界を知っておきたい。誰かに認められたいからでも、勿論お金の為でもなくて、奇麗に花が咲いてほしいって願いが起こした魔法の終着を知りたいんだよ」
魔法の可能性を見る事でもある。
緑の魔法を定義づけしてしまったら、植物へ注ぐのは愛情じゃなくて欲求になる。そうなってしまう前に、奇跡が辿り着く先が見たい。
それができるのは、未熟な彼女だけだと思うから。
見栄えが整っただけの、薬草としては不十分なものしかできないかもしれない。でも、それはそれで結果となる。
「正直な話、私の好奇心を満たすのが優先かな。リンイリドさんにも緑の魔法についてはまだ伝えてない訳だしね」
植物を育てるのが得意なら、薬草栽培にその才能を生かせるのではないかってくらいしか説明していない。少なくともフェアライナ様の結果が見えるまで、情報は規制する予定でいる。
「そのせいで無駄かもしれない薬草栽培に挑む訳だけど、酷いと思う?」
「いいのではないですか? 皇女殿下の望みは国への貢献なのですから、魔法の検証という時点で希望は満たしています」
なるほど、そう考えると口実は成立している訳だね。
私を肯定するためのウォズの方便って可能性もあるけど、乗らせてもらっておこう。
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