皇女と評判
結局、フェアライナ様には少し考えさせてほしいと、しばらく時間を貰った。すぐに結論を出すには情報が少な過ぎる。
彼女が納得できる材料を探さないといけないのか、厳しい言葉で諦めるよう諭すべきなのか、現時点ではどちらを望まれているのかすら判断できない。私のひらめきに期待する気持ちは理解できるし、冷徹に突き放したところで、皇国に身を置かない私は皇女一人くらいの恨みで困らない。
個人的に気は進まないけれど、憎まれ役を望まれたならそれも仕方ないと、リンイリドさんの意思確認に向かった。
私が来るのは予想していたらしくて、面会室を開けて待っていた。城で働く人間には広く知られていることかもしれないけれど、皇族の醜聞を無闇に吹聴する必要はない。
「私達も、決めかねているのです」
これが私の疑問に対する答えだった。
怠慢による不出来なら、切り捨てるのもやむを得ない。けれど、意気込みはあるものだから、才能の欠如だけで排斥するのは誰にも抵抗があるらしい。
「恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方とも言いますよ? それに、問題を先送りにしたところで事態は好転しません」
改善の傾向が見られなかったからこそ、彼女の指導を担当した文官は匙を投げたのだと思う。皇族へ向けるには不敬が過ぎる言葉を選んだことからも窺える。
そもそも、これだけ有能な皇族を揃えている状況が珍しい。長子こそ真実の愛に惑ったかもしれないけれど、ロシュワート皇太子をはじめとして複数人が政治に貢献している。ヘルムス皇子やペテルス皇子のような変わり種も、限定的には優秀だった。
だからこその劣等感とは理解できる。
それでも、皇族の国政への参画は必須じゃない。実績が欲しいなら、黙って座っているだけで状況によっては大義が成り立つ。皇族がいることで格式を満たせる。そうした役割で満足できないのは我儘とも言えた。
「重要度の低い会合や行事に出席して、皇族の存在感を示すと同時に人脈を作っていくのではいけないのですか?」
「あれで鈍い方ではないので、周囲から侮られているのを感じ取ってしまうのです」
「ヘルムス皇子をあまり好いていない様子でしたが、やはりご兄妹なのですね。変なところで直感が働くところはそっくりです」
皇族が多いことの弊害で、活躍に応じて勝手に序列を作られてしまう。実績がないからと皇族としての立場を失う訳ではない筈なのに、序列が下位だからと軽んじる空気が生まれる。無能な皇女、愚鈍姫と陰口を叩く。実兄が脳筋なものだから、誹謗が余計に真実味を帯びてしまう。不出来な皇女だと下に見る。当然、普段の態度にも表れる。
皇族と貴族、決して揺らぐことのない上下関係の筈が、軽視と思い上がりで忘れてしまう。
「……皇族の権威を守るためと考えれば、必要なことかもしれませんね」
皇女の虚栄心を満たす為なら、私が関わる理由にならない。感情的には放っておけなくても、積極的になる理由としては弱い。
けれど、私を正確に恐れる現皇族が国政の中心であってくれた方が、王国としては都合がいい。その為には、皇族を中心とした派閥が趨勢を握る必要がある。皇族の権威が失墜するとかあってはいけない。
「非才と侮られているフェアライナ様が活躍する姿を見せれば、皇族勢力を甘く見ている貴族を牽制できるという訳ですね」
「あくまでも可能ならば、ですが」
「新しい技術によって変革する皇国を、現体制のまま牽引してもらえるのは悪くない話です。強力な兵器の開発が成ったからと、王国へ仇で返す勢力が優位では、大陸の安定が遠退きますから」
私を貶めようとボイコットを画策したレゾナンス侯爵家なんかがそれにあたる。あの一件には、私を招聘したヘルムス皇子を非難する目的があった。アンハルト侯爵家の場合は、令嬢が私を気に入らなかったのが理由だったみたいだけど。
他にも皇国の南には、王国を誅すべしと声を上げる勢力もある。あのあたりは帝国の影響が色濃い。帝国が倒れたなら、皇国こそがその役目を果たすべきだと妄信している。
「フェアライナ様にその意思がないなら、無理強いはできません。しかし、兄君達のお力になりたいと願っておいでなので、同時に叶えて差し上げたいとも思うのです……」
「まあ、その熱意だけは、誰かが植えつけられるものではありませんからね」
誰かの功績を譲るだとか、改革推進グループに名前だけ連ねるのでは効果が弱い。なにより、そんな誤魔化しを本人が受け入れそうにない。
それでも、国の都合と彼女の希望が一致した。ただの甘やかしではなく、政策の一環として皇女を利用できる。
だからと言って、具体的な方法も思い浮かばない。
あの皇女様の何を前面に押し出せばいいのかも決められない。
そこで、皇国の常識に捉われない私を頼ったのだと思う。おそらく、期待はそれほど大きくない。リンイリドさんに活を入れて、リコリスちゃんを拾ってきた私へ一縷の望みを託した。
こういっては何だけど、フェアライナ様が物にならないなら、国としては別策を探ってもいい。彼女の願いを叶えてあげたいのは、リンイリドさんの厚情だろうね。
で、私の場合はそこまで同情的にはなれない。
フェアライナ様が国に貢献したいって我儘は、外部の人間を巻き込んでまで叶える願いじゃないと思う。身勝手は当人とその周りで解決すればいい。面倒事だって印象はどうしたって湧いてくる。
同時に、藁にも縋る想いで相談を持ち掛けた窮状は理解できてしまう。なんでも縋られるのは困るけど、頼られた以上、藁のまま終わらせるのは趣味じゃない。
「分かりました。できる限りで助力しましょう」
結局、私はそう答えていた。
放っておけないって程じゃないけど、フェアライナ様の活躍の舞台を作って、侮る貴族の鼻を明かすのはちょっと面白そうかな。一応、王国の方針に沿うって建前も成り立つ。
とは言え、すぐに何かを思いつくほど好況じゃない。
やはりここでもしばらく時間を貰う事にして、今日のところは十四塔へ帰る。まずは情報収集かな。勿論ウォズにも相談したい。
そうしてリンイリドさんに送られる途中、早速奇妙なものと遭遇した。城の正面口へ向かおうと通りかかった庭園で、黒い何かが蠢いている。
「……あれは?」
「あの格好は、フェアライナ様が庭仕事をする際のものです。兄殿下達の直接的なお手伝いができないなら、せめて城の見映えにだけでも貢献しようと、いつもああして精を出されておられます。一見するとみすぼらしい様子が、また悪評を呼んでしまってもいるようですけれど」
私には黒い塊としか映らなかったので、一体誰なのかの判別すらできなかった。リンイリドさんからの返答は正鵠を射てのものではなかったのだけれど、知りたかった内容は含んであった。
こうなる現象の心当たりは一つしかない。
私にとっての最大の敵、モヤモヤさんをフェアライナ様は身にまとっている。
え? でも、なんで?
いろいろと疑問は尽きない。魔法を使ったなら、モヤモヤさんの漏洩は魔力を集中させた箇所に偏る。手であったり、杖の先であったりだね。一番多く放出するのは魔法の現象そのもので、火球とか作ると盛大にモヤモヤさんを巻き散らす。
逆に、全身から魔力を放出する現象に思い当たらない。
強化魔法は魔力を内に留める技術だから、発動中にモヤモヤさん漏れはない。魔法を解いた瞬間、魔力として消費した分を一度に噴出する。それでもやはり、局部からが多い。フェアライナ様の現況には当て嵌まらない。
思いつくところとしては、風を全身にまとったオーレリアが近い。それでも風の強弱による偏りはあったし、庭仕事に精を出すフェアライナ様と重ならない。
一体、どんな使い方をしているの?
確実なのは、フェアライナ様が何かしらの魔法を使っている事だけ。モヤモヤさんが噴き出す現象は他にない。自覚的でない可能性もあり得るかな。
どうも、興味深い現象に立ち会ったみたいです。
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