フェアライナ様の困り事
フェアライナ様を褒め称えるだけでなく、参加した令嬢達のバラについても意見を交わし合って、品評会は終わりとなった。
少し気になる点としては、フェアライナ様のバラがどうしてあそこまで素晴らしいのか、理由がはっきりしない。本職からするとまだ改善点が見えるようで、育成上のアドバイスを貰っていた。もっと見事な花を咲かせられるかもと喜んでいたのだけれど、それで本職の出来に並べるもの?
愛情……の効果では説明しきれない気がする。
とは言え、私の好奇心で水を差す場でもないので黙っておいた。何か特殊な栽培方法があったとしても、皇国の技術だしね。
皇女との交流って目的としては十分と言えるのだけれど、令嬢達が席を立つタイミングで私とフェアライナ様の分だけお茶が運ばれてきた。どうも、本番はこれからって事らしい。相談と言うのは友人のいる場で明かせる内容じゃないみたいだね。
「本日は、わたくしの趣味に付き合わせてしまって申し訳ありませんですわ。スカーレット様は退屈されませんでしたか?」
「十分に楽しませていただきました。見事なバラ園ばかりか、皆さんが愛情を傾けた成果を拝見できて、とても興味深かったです」
前世の名字が花の名前だっただけあって、それなりに興味は持っている。自分で栽培するとなると、小学生の頃に夏休みの宿題で観察のための朝顔が咲かなかったくらいには苦手なのだけれど。知識としては理解できても、実践となると成果が伴わない事なんていくらでもある。
「そう言っていただけると助かります。兄に相談したところ、スカーレット様は苛烈な運動を好まれるとの事でしたが、わたくしがどうしても苦手なのですわ」
どちらの兄がそんな妄言を吐いたかなんて、考えなくても分かる。
魔導士→強い→身体を鍛えるのが好き…ってくらいの適当な発想だったんだろうね。筋肉頭は、自分の中にある感覚だけで物事を考える。そこに現実とか常識を介在させない。
「その誤解は、今すぐ捨ててもらえると助かります」
「……そうでしたの? 根拠のない事をわたくしに吹き込んだどうしようもない兄は、厳しく叱っておきますわ!」
「是非、よろしくお願いします」
真に受けた貴族から軍事訓練か何かに誘われる前に、どうか止めてほしいと思う。誘う側が百パーセントの善意なせいで、断るのも申し訳ない事態とか、絶対に回避したい。
リンイリドさんに頼むのは勿論、ロシュワート殿下にも要望書って名前の警告文を送っておいた方がいいかな。このままだと、親交を深めるどころか、私と皇国との間にヒビが入る。
悪気がなくても、何でも許される訳じゃないってよくよく言い聞かせておいてもらわないといけない。
「歳は離れていますが、フェアライナ様はヘルムス皇子に対して意外と遠慮がないのですね」
「あんな兄ですから、言うべきことは言っておかないと困るのですわ。あの人に、妹へ配慮するなんて機能は実装されていませんもの。……ペテルス兄上になら、わたくしももう少し気を遣うのですけれど」
散々苦労させられてきた様子が窺える。
ちなみに、彼女は私より少し上って程度なので、長男の元皇太子となると接点のあった期間が極めて短い。彼女が幼い頃から、遠くで食堂を経営する変わり者の兄って認識かもね。
「ところで、スカーレット様は貴族としてご立派に領地を治めてらっしゃるのですわよね?」
雑談を交わしながら再びカップが空いたところで、フェアライナ様が話題を急転回させた。漸く本題に入るための踏ん切りがついたらしい。
「立派に…と言われると何処まで領地に貢献できているものか自信がありませんけれど、精一杯務めさせていただいています」
「リンイリドさんからも聞いていますわ。短い滞在期間に聞いて回っただけでしたが、スカーレット様が治める土地に関して悪い噂は耳にしなかったと。それだけ、良い治政を敷けている証拠に違いないですわ」
皇国へ招く私について、できる限りの情報収集はして行ったみたいだね。皇国各地の温泉の香りが楽しめる入浴剤を贈ってくれただけはある。
フェアライナ様は公爵家令息との結婚が決まっている。幼馴染で、彼女の趣味にも理解があると先ほど聞いた。
こういった話を振って来るって事は、結婚後の役割についての悩みかな。
「先日はローザリア様との諍いになったとも聞きましたわ。きちんと礼節を説いて、彼女達の無作法を非難されたそうですわね」
「小さな女の子を取り囲んでいる様子に苛立ってしまっただけです。最後はかなりの力業でしたし……」
「わたくし達皇族が保護すべき才能を助けていただいた事に違いはありませんわ。彼女達には、わたくしも手を焼かされましたから」
アンハルトの令嬢とフェアライナ様の歳は近い。ヘルムス皇子が招いた私を貶めようとしたくらいだから、皇族を軽んじていても不思議はない。学園で衝突もあったのかもしれない。
「自らはこうあるべきだと立場を自覚していても、感情的になれば相応しい行動がとれるとは限りませんわ。わたくしがその場に居合わせたとしても、スカーレット様のように諫める事はできなかったでしょう。そうして自分の至らなさを思い知る度、国へ貢献できていない自分を情けなく思うのですわ……」
話が少し飛んだと思ったら、主題は彼女の自戒だったらしい。
最近、私の話が方々から聞こえてくるものだから、私みたいに上手く立ち回りたいとの所望みたい。私の方が年下なものだから、余計に焦りを覚えてしまうのかな。
「国への貢献、ですか?」
「はい。ロシュワート兄上は勿論、ジェノフィン兄上やウィラード兄上、ポーラレイナ姉上のように父に頼られるわたくしでありたいのですわ」
ジェノフィン殿下とウィラード殿下は第三、第四皇子。ポーラレイナ様は第一皇女殿下だね。皇太子を支えて国政に深く関わっているのだと聞いた。正確にはポーラレイナ様は元皇女で、嫁入りした上で皇城に勤める役職を貰っている。
彼等が皇族の基盤を支えているから、脳筋やスライム皇子が割と自由でいられると言うのもあった。
「ペテルス兄上は公務から距離を置いていても、ご自分の得意な分野で国へ成果をもたらしています。公費を使い過ぎると叱られるところはありますが、誰にも真似できない貢献に違いありませんわ」
興味への偏りが酷いものの、学園の長を任せられるくらいには教養を身に付けているらしいしね。
魔漿液について知ったから、これからは更に期待できるかもしれない。
「ヘルムス兄も、あれで武功は多く重ねていますわ。冒険者としての勇名もありますし……」
いくつもの内乱を収めているし、教国の解体って金字塔を成し遂げたばかりでもある。優秀な副官がいるのもあって、彼が軍を率いて敗退の経験はない。先日の王国への強行で幻想種を討伐したそうだから、冒険者としての活躍も国中が知っている。
戦争に関しても魔物についても、第五皇子がいるなら大丈夫と、国民へ安心を与えていると言っていい。皇族らしさはなくとも、功績は誰よりも大きい。
「あれで脳筋でなかったら、次代の継承をロシュワート兄上より望まれていたかもしれませんわ。考えたくはありませんけれど」
「あははは、は……」
武力こそを最も評価する時代だったなら、有り得た未来かもしれない。政治力の不足は周囲が補えばいい。
「もしかして、ヘルムス殿下が未だ独身なのは、万が一にも彼を擁立する勢力が現れる事態を防ぐ為でしょうか?」
「いいえ、これまで兄には三人の婚約者候補がいましたが、その全てに解消を願い出られただけですわ。英雄としては憧れても、共に生きる男性としては考えられないとのお話でしたわ」
深い理由はなかったらしい。まあ、女性を気遣う場面とか、一切期待できそうにないしね。日がな一日筋トレしてそうな人との生活も想像し辛い。
「話が逸れましたが、兄達の真似ができるとは思えませんわ。それでも、皇族としてこのまま安穏とはしていられません。父の助けになる何かを見つけたいのですわ」
結婚で縁を繋ぐことも女性の仕事……で、片付けられる話じゃないんだろうね。
理想が高すぎるって部分もあると思う。庭園を整えられる才能を、貢献とまでは考えられていない。
「その意思をフェリックス陛下にそのまま伝えられては如何ですか? その決意は立派なものですから、お手伝いから初めて、少しずつできる仕事を増やしていってはどうでしょう?」
貴族の仕事は手伝いから覚える。いきなり一人前になんてなれる訳がないので、簡単なものから経験を積んでゆく。
私の場合、課題を片付けていたら税関係の書類だったり、予算の割り振りだったりと、いつの間にか実地教育に移行していたのだけれど。
「それなら、もう試したのですわ。任せられた書類仕事をこなしていたところ、じっとしていてほしいと言われてしまいましたのですけれど……」
「ど、どうしてそんな事に?」
「わたくしが記入した書類は、全て修正が必要だったみたいですわ。最初は、それでも少しずつ出来る事を増やしていってくれればいいと言われていたのですけれど、手間が増えるだけで助けにならないと呆れられてしまいましたの……」
即戦力を期待していた筈がない。
それでも皇女へ向けてそれを言ったなら、余程困った事態になっていたんだろうね。
「社交を学ぶのはどうでしょう? 公爵家に嫁いだ後も役に立つ技能ですが……」
「仲のいいお友達となら問題ないのですけれど、大勢の貴族が集まった場では、何でも簡単に頷きすぎると姉上から叱られています。もう、大切な場へは招いてもらえませんわ」
皇族、公爵夫人となると、関係が良好な貴族とだけ交流している訳にはいかない。アンハルト侯爵令嬢に苦手意識があったみたいだし、感情が表に出やすいタイプかもしれない。
実際、私へこんな相談を持ってきてる時点で、警戒心に問題がある。この調子で海千山千の御婦人方を迎えるなら、不安しかないかもしれない。
それだけ、追い詰められてるって事かもしれないけれど。
「もしかして、今日の御友人は練習台なのでしょうか?」
「……はい。彼女達で経験を積んで次のお相手を紹介してもらうことになっているのですが、まるでその気配を感じられませんわ」
「そうですね。庭園の話から膨らませて、彼女達の領地の環境を聞き出せるくらいでないと難しいかもしれません」
「スカーレット様から見ても、そうなのですわね。姉上から合格点を貰えるのは遠そうです。ヘルムス兄なんて、貴族が集まる場所へ出向こうともしませんし、成績はわたくしの方が良かった筈ですのに……」
それは、比べる相手を間違えている。
あの人は直感が優れ過ぎているから、勉学に不安があっても何とでも生きていける。勉学は直感を生かすための添え物程度でいい。リンイリドさんって頼れる側近にも恵まれているし、かなり特異な生き方と言える。ペテルス皇子以上に真似できる方法じゃないけれど。
それに、騎士や軍関係者には貴族出身者が多く所属する。家を継いだり、領地の要職に就く予定はなくとも、実家との縁が切れてるって程でもない。そんな彼等と訓練を通じて親交が深められているなら、社交場に顔を出さなくても人脈は形成できている。
脳筋がそんな状況を狙って作った筈もないけど、結果としては都合のいい環境に身を置いているよね。
さて、どうしたものかな?
フェアライナ様、志は立派なのに、随分とポンコツみたいです。
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