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第三皇女からのお誘い

 結果として、エレメンタルフローの観戦は楽しめた。面倒な皇子であってもスポーツ関連には博識で、なかなか的確な解説付きで試合を見られた。

 勿論、私が競技場まで走って行く筈はなく、車で移動してから脳筋殿下と合流した。皇子一人を走らせるだなんて、普通なら不敬と断じられても仕方のない行為だけれど、脳筋に限ってその常識は通用しない。

 私達に合わせることなく全力で駆けて行ったヘルムス皇子は、待っている間も競技場の外周を走って、いい運動になったとご機嫌だった。エレメンタルフローを観戦に来た来場者達も、名物皇子へ向けて声援を送っているくらいだったよね。あの脳筋、気さくに民と接するから人気が高い。貴族からは、皇族の威厳を損ねると顰蹙を買っているのだけれど。


 ロシュワート皇太子が私との交流を勧めたって言葉は嘘でないらしく、この件から皇族からの誘いも始まった。私が情に厚いと分かったので、縁を結んでおいて損はないって判断かな。

 皇族からの誘いだからと言って無理に優先する必要はないし、負担になるようなら遠慮なく断って構わないとの話だった。私の機嫌を損ねる気がないなら、都合を合わせるくらいは問題ない。皇国で人脈を作っておくことも、私に課せられたお役目だからね。


 最初に動いたのは第三皇女だった。

 ヘルムス、ペテルス両皇子の実妹となる。いきなり拒絶して反感を印象付ける意味もないので、快く受けた。変人兄弟が顔を並べる血統に、若干の不安もあったけど。


 受けた理由の一つに、リンイリドさんから頭を下げられたと言うのもあった。なんでも、相談したいことがあるだろうとの事だった。皇族に恩ある監察官殿としては、できる限りで応援したいってところかな。

 いつもお世話になっている彼女の誠意に、応えないほど薄情じゃない。


 誘われたのは、城で開催されるバラの品評会だった。

 自由人の第五皇子はともかく、皇族が気軽に町を出歩いたりはしない。来訪場所に手回しも必要となるし、護衛の為の下調べ、非常時の想定、当日の騎士の配置など、大勢が事前準備に追われる事となる。皇族が出歩いてはならないなんて決まりはないけれど、配慮は必須になる。先日、皇太子殿下と真実の愛食堂で遭遇した時だって、店内に入らず周囲を警戒する要員が大勢いた。

 外出するくらいなら、催しを城で開くように調整した方が早い。


「ようこそ、スカーレット様。ゆっくりお話しする機会を設けられて、嬉しく思いますわ」

「お招きありがとうございます、フェアライナ様。これほど見事に彩られた庭園へ案内していただき、心揺さぶられております」


 迎えるのは藍色の髪を肩まで揃えた皇女様。ドレスは少し地味な印象がある。王国には配偶者以外の王族がいないから、女性皇族ってだけで新鮮だね。

 ちなみに、今日はウォズを置いてきた。流石に女性ばかりの催しは居心地が悪いだろうし、相談の内容によっては異性の目はない方がいい。

 初対面の挨拶は必要ない。到着してすぐの食事会で顔は合わせた。あの時の話題はほとんどペテルス皇子が攫っていったから、会話らしい会話はなかったけれど。


 王国と違って城の中に庭園を築く文化のない皇国では、城の裏手に広大なバラ園を整えていた。勿論、バラだけでなく竜胆や金木犀の区画も遠目に見える。今の時期には花のない区画もあり、あんまり花園が立派なものだから、城の裏手に出てから車に乗った。


 秋咲きのバラばかりがズラリと並ぶ様子も圧巻だけれど、今日の主役はそっちじゃない。フェアライナ皇女も、そのお友達らしい令嬢達も、従者に鉢植えや花束を抱えさせている。会場の隅には、本職らしい人々が控えているのも見える。彼女等が、中央のテーブルに並べられた美しい花々の生産者なのだと思う。


「こうして並べてしまうと、私の花の小ささが目立ってしまいますね。上手く育ってくれなかったのです」

「それは私もですね。どうしても発色が見劣りしてしまいます」


 こうした会話を聞く限り、指示だけ出して使用人に任せた訳じゃなくて、手ずから育てたらしい。このイベント自体の趣旨がそういったものみたいだね。

 見劣りするバラであっても、愛おしそうにテーブルへ並べるのが分かる。


 そんな中、一際目立っているのがフェアライナ様だった。彼女のバラは本職の作品にも負けるものでなく、大ぶりな花を鮮やかに咲かせている。高さを変えたその二本だけを小さな花瓶に挿している様子もセンスがいい。

 豪華に咲き誇るところを見たいなら、バラ園へ目を向けるだけの話だからね。


 バラを並べ終えた後は、参加者全員でテーブルを囲んでお茶を嗜む。

 スコーンと一緒に出てきたジャムもバラだった。強い香りが鼻に抜ける。


 お茶の話題は、自然とフェアライナ様のバラを絶賛する方向へシフトする。けれど、お世辞を言っている様子はなく、貴族令嬢が参加するには異色のイベントだけあって、尊敬と、真剣に教えを乞うている様子が窺えた。皇女様も親身になって助言している。

 時々花職人さん達に確認する様子はあるものの、訂正が入る事はなかった。本職顔負けの技量らしい。


「フェアライナ様は本当に熟達していらっしゃる様子ですけれど、幼い頃から園芸を?」

「ええ、わたくしにはこのくらいしか得意な事がないものですから」


 人脈作りに来たのだから、あまり関わりのある分野ではないものの、私も会話に参加する。答えるフェアライナ様からは、少し陰った様子が見て取れた。


「けれど、わたくしの功績という訳ではありませんわ。手間と愛情を向けた分、この子達が応えてくれただけの話ですもの。……今年も奇麗に咲いてくれました」


 バラが奇麗なのは、それだけ手間と愛情を向けたって証拠なら、謙遜するような話じゃないのにね。愛おしそうに撫でるみたいな仕草、だけど実際に触れて花に負担を掛けようとしない様子を見れば、どれだけ大事にしているのかくらい分かる。

 しかも、バラ園の三分の一は彼女の管理だと言う。ちょっとどころじゃない特技だよね。


「今日は折角の城へのお招きですから着飾らせていただきましたけれど、普段の私達なんて土仕事の為の作業着姿ですから、少し落ち着きませんね」

「とても殿方には見せられませんもの」

「あら? わたくしはずっと前に吹っ切れましてよ。お城で人目を避けるなんて無理ですもの。美しく咲き誇るのはこの子達に任せていますわ」


 なかなか逞しいお嬢さん達らしい。私は嫌いじゃない。

 ちなみに、婚約者がいないって話ではないみたいなので安心して聞いていられる。


「いつも着飾らなくとも、ご自慢の花と一緒に輝けばいいのではないですか? 私も研究にのめり込んでいると格好なんて気にしていられませんが、その報告の機会となると普段より胸を張っていられます」

「スカーレット様にそう言っていただけるとは思いませんでしたわ。貴い生まれとしてはあまり歓迎される趣味ではありませんから、こうして内々で催事を執り行っていたのですけれど……」

「立場を考えると、一般的とは言えませんね。でも、こう考えてみてはいかがでしょう? こうして大切に育てた花を一輪、身に着けて夜会へ参加するのです。顔も知らない誰かの育てた味気ない花飾りではありません。皆さんだけが用意できる唯一の装飾品ですよ。とても心強いと思いませんか?」

「……最高ですわね!」

「はい、私もです!」

「自分の為なら、もっと励めます!」

「その為にも、今以上の花を育てられるようにならなくては……!」


 折角の技能が、貴族らしくないってだけで埋もれてしまうのは勿体ない。下手をすると、結婚を切っ掛けに辞めてしまう可能性だってあるもんね。そんなの、惜しいに決まってる。

 目を楽しませてもらったお礼になったかな?

いつもお読みいただきありがとうございます。

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自分で自分の事を情に厚いって言っちゃう
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