皇国での社交
目に見える形で変化があった学園内の敷地は、思った以上に反響を呼んだ。
「城でも活用したいのだが、許可してもらえないだろうか?」
……皇太子殿下自ら交渉に来るくらいには。
どれだけ綿密に管理しても経年劣化はするもので、特に権威を誇示する謁見の間なんかは、常に清浄度を保っておきたい気持ちは理解できる。手間を省くより、尊厳を見せつける方向へ活用方法を見出すのは、王侯貴族らしいかな。
「消費魔力が大きいですから、広範囲への利用は難しいですよ?」
「分かっている。どこまで利用範囲を広げるかについては、こちらで調整しよう。省魔力を向上させろなどと無茶を言う気はないよ。それは我が国で研究を進めるべき課題だろう」
複数の効果の組み合わせなので、どうしても魔力は多く消費する。現時点では、補修魔法だけ…などと言った分割は予定していない。空間隔絶魔法が働かないと範囲指定が難しいから、一式での運用を想定しているんだよね。
十四塔周辺で稼働させている魔道具については、こっそり魔導変換器でエネルギーを補給している。元々、私の視界からモヤモヤさんを除去する目的で稼働させていたもので、充填した魔力の運用先としては都合がよかった。皇国で得た魔力を王国に持って帰るのは、発覚した場合に面倒そうだからね。
講義の一環で魔素を変換する技術について触れるつもりではあるものの、魔導変換器そのものの構造まで言及するつもりはなかった。伝達はあくまで基礎理論まで、それを応用するための魔道具製作は、皇国技術者の仕事となる。
つまり、技術力は向上しても、当面は魔力不足に悩まされる事となる。
魔導変換器は塔の上階に設置してあるから、稼働しているところを参考にするって訳にもいかないしね。私達が経験したのと同程度くらいの苦労は背負ってもらう。開発を進める過程で手に入る知見もあると思うから。
「私が助力したとは言え、ほとんどはリコリスちゃんの作品ですから、専有権を主張するつもりはありません」
「それは助かるな」
「特殊なのは着想と魔法くらいで、魔道具自体に特殊な技術は用いていませんからね」
分割付与の実習に使ったくらいかな。
省魔力や出力調整にこだわるなら、素材選別や配置順といった膨大な手間が必要となるけれど、装置を組むだけなら魔道具の基礎をかじった程度で済む。
「とは言え、幼いリコリスちゃんに利権や技術の秘匿について責任を負わせるのは不安ですから、交渉は代理人と行ってください」
「代理人?」
「はい。金銭が絡む取り決めについては、俺が代行させていただきます」
ウォズが前に進み出ると、ロシュワート殿下は顔を引き攣らせた。予算の限界を超えて毟り取られるんじゃないかと危惧したかな。
「ご安心ください。スカーレット様が仰られた通り、皇国に帰属する技術です。その価値を不当に貶めるようなことがないなら、無茶を言うつもりはありません」
「そ、そうか。お手柔らかに頼む」
出せるギリギリを見極められるってくらいはありそうだけどさ。
でも、皇太子殿下あたりに頼まれると、リコリスちゃんは言い値で譲ってしまいそうだから、値段交渉にウォズが立つのは外せない。
皇太子殿下の後も、面会依頼は引っ切り無しに続いた。十四塔、清浄化魔道具と分かりやすい成果が続いて、敬遠するより利用する方針へ舵を切った貴族が現れ始めたらしい。
皇族や三権威、塵灰をはじめとした一部騎士にも受け入れられて、忌避の姿勢を貫いても時流に乗り遅れるだけかもと、危機感を抱き始めた者も多い。とりあえずは会って人となりから確認しようと様子見の貴族もまだ多いけど、私への対応で皇国が二分しつつある。
講義に割く時間以外も皇国に滞在しているのは、こうして貴族と親交を深める為でもあったので、想定通りではある。技術改革を推し進める皇族勢力に協力して、皇国の独自発展を促す。現状の流れを利用した勢力拡大への協力は惜しまない。そのくらいの対価は先払いでもらったからね。
ついでにアンハルト侯爵家みたいな錯誤を深めた貴族を一掃できるなら、皇国が古い殻を打ち破る一助になるかもしれない。
「スカーレット殿、この店の魚は絶品ですぞ?」
「今日は岩猪が入荷したと聞きましてな。ぜひ、スカーレット様にも味わってほしいとお呼びしたのです」
何故だか会食に誘われる頻度が多い。そんなに食いしん坊に見えるのかな?
昼食の食堂開拓が誤解を生んでいる気がする。カロリー高めの高級料理が続くと、辻褄合わせが大変なのだけども。
宝石や流行の服を喜ぶ訳でもない私の機嫌を取ろうと、頭を捻った結果なのかもしれない。
「皇国でも飛行車両の開発に着手したとは聞いておりますが、実用化はまだ遠いと思っております。そこで、一部の運送をウォージス殿の商会へ任せる訳にはいきませんでしょうか?」
「頻繁に特殊素材の購入に皇国中を巡っていると聞きます。皇国固有種について情報を提供しますので、優先的な購入をお願いできないでしょうか?」
「ダンジョンを有する我が領地は優秀な冒険者揃いでな。望む素材があるなら何なりと手に入れて見せよう」
ウォズ宛の面会依頼も増えた。方針転換した貴族なら、成り上がりだと侮られる心配も少ないからウォズが社交を学ぶ場にできる。新興貴族への警戒心を剝き出しにする様子が予想できる王国で経験を重ねるより、いい練習台かもしれない。リンイリドさんが面会相手を選別してくれるから、私が無闇矢鱈と目を光らせておく必要もなかった。
で、ウォズは観劇やら楽団の公演に誘われる。
「どうして私は食べ物で、ウォズは娯楽なのかな?」
「スカーレット様の趣味が分からないからではありませんか? 情報を得たいのか、スカーレット様の好まれる作品について俺も聞かれましたよ」
「……お芝居も音楽も嫌いじゃないけど、何が好みかって聞かれると困るね」
割と雑食と言う。
劇場に近づかない一番の理由は、流行しているのが「王都炎上‐聖女救済物語‐」だったり、「大魔導士伝説‐戦場に舞い降りた乙女‐」だったりするせいだね。生きている私を伝説にするのはやめてほしい。
あと、お出掛けする際には、じっとしているのが苦手なオーレリアが一緒なのも大きい。演劇を見るくらいなら脚本を読んで、オーケストラをBGMに読書を続けるノーラとかもいるからね。
皇国の社交は、何処かへ誘って、それを話題に話を膨らませる場合が多い。劇場の談話室を予約している場合もあるし、舞台の良し悪しを話題に移動する場合もある。食事はそのまま本題へ移れるって利点がある。
相手を呼ぶか、お屋敷を訪問するって王国の習慣よりは趣きがあるけど、その分拘束時間が長くて疲れるのは欠点だけどね。
「つまり、私の好みがはっきりしないせいで無難な食事に誘われてる訳だ」
「でしょうね。日々の食べ歩きで皇国の食文化に興味を持っていると思われているのも、間違いではないと思いますが」
「嫌とは言わないけど、あんまり定着してほしくない誤解だね」
「演劇や映画を観る時間を作ってみますか? こちらの演目なら、スカーレット様が楽しめるものも多いですよ」
「うーん、それもいいけど、今度エレメンタルフローって競技を見に行かない?」
「皇国で人気の球技ですね。王国ではあまり知られていませんが」
簡単に言うと、魔法でボールを運んで優劣を決める競技になる。使用できる魔法には細かく制限があって、私みたいに魔力任せの戦法は禁止されている。当たり前だけど、魔法で選手を狙うと失格となる。スポーツだけあって、駆けまわって魔法を当てるポジション取りを成功させるのが大事になる競技だね。
「俺も観戦したことがありませんから、興味はあります。聞くところによると、かなり派手な競技のようですね」
「競技場も随分大きな場所を使うみたいだからね。これなら、皇国側からの印象もいいんじゃない?」
……なんて、話したのが悪かったのかもしれない。
数日後、ヘルムス皇子が運動着で現れた。申し訳なさそうなリンイリドさんを伴って。
「エレメンタルフローに関心があるそうだな。丁度いい。吾輩も、貴殿と親交を深めるように兄上から言われていたところだったのだ。共に観戦しようではないか」
「今から出るには少し時間が早くないですか?」
「なに、競技場は皇都の反対側にある。ひとっ走りしようではないか」
帰って……!
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