謝罪の場
お待たせしました。
再開します。
漸く書籍の発売日が決定しました。
TOブックス様より、12月20日発売です。興味がありましたら、是非購入をご検討ください。
試行錯誤すること一週間。
第十四塔近くの並木道は生まれ変わった。光沢のあるタイルが日差しを反射して輝き、舞い散る落ち葉やホコリは風で押し流して排気口のフィルターに集積する。古びた休憩所は建て直したみたいな様相でこれまで通りにたたずむ。
新しい魔法の開発から着手した魔道具の製造期間としては異例の早さと言える。
魔法自体が単純で、複雑な付与を必要としなかったと言うのもあるけれど、やはりリコリスちゃんの活躍が大きい。彼女が手順を明確化してくれるから、現象に応じて魔法を調整する手間が要らない。魔道具基板への付与も容易だった。
ノーラ不在での魔道具製作は難航を覚悟していたのに、個人のイメージを普遍化する作業を省けるから、皇国で雇った鑑定師で十分事足りた。改めて、彼女の特異性を思い知る。
私が担当した作業なんて、空間隔絶魔法で魔道具の効果範囲を区切ったくらいだね。だだっ広い緑地なので、領域を明確にしないときりがない。ローザリア嬢が言うには、休憩所を中心とした一帯って話だったので、十四塔と講堂を繋ぐ範囲を掃除した。休憩所は丁度その中央付近にある。ついでに滞在場所の周辺もキレイになって気分がいいね。
流石のリコリスちゃんも、何もない空間へ干渉するのには魔法感性が働かなかったらしい。万能って訳でもないみたいだね。
空間魔法を扱える術師の育成は、王国でも苦労したので、もうしばらくアドバンテージを確保しておきたいと思う。
急に様変わりして何事かと人目を惹く中、私達はローザリア嬢を呼び出した。
野次馬は私達が呼んだ訳じゃないし、公共の場を無茶の強要場所として指定したのは彼女達だから、晒し者になるのも自業自得だよね。
これだけの変化が、耳に入らない筈もない。野次馬の中にペテルス皇子やメルヒ老が混じるくらいは注目を集めている。
確認に来るまでもなく、嫌がらせが空振りに終わったと知った彼女は、不満そのものと言った面持ちで現れた。
「「「…………」」」
もっとも、取り巻き令嬢達の忌避具合と比べれば、随分と緩い。彼女達の場合、無理難題が不発だった以上に、ローザリア嬢とひとまとめにされている状況が不服とはっきり顔に書いてある。
好き放題利用された挙句、あっさり切り捨てられたと知って、彼女達の縁は切れたらしい。
だからって、リコリスちゃんへの仕打ちを許す気はないけど。
ローザリア嬢は忌々しそうに周囲を見回して、指摘できそうなところなんて一つも残っていないと認めると、早々に諦めの表情となった。
ここへ来る前から反論の余地はないって予感はあったのか、確認用の鑑定師は連れてきていない。それより私の実力行使を警戒したらしい、十人以上の護衛を引き連れている。役に立つのかな。
「まったく、驚かされましたわ。あの薄汚れた歩道が、これほど見違えるとは思っていませんでした。王国の狗は噂に聞く以上に優秀なのですわね」
「理屈を積み重ねていけば、このくらいは誰にでもできると言うだけです。着想には切っ掛けが必要かもしれませんが、その壁を乗り越えられたなら難しい事ではありません。掃除など自分には関係ないものと思考を止めている貴女では、無理な話かもしれませんが」
「私には関係のない話ですわね。必要となったなら、それができる人材を集めればいいだけですもの」
「実際は人材を集められず、先行きが怪しくなっている侯爵家もあるようですけれど?」
「…………」
周囲をいいように使ってきた結果、その全てから見捨てられようとしているとせせら笑ってあげると、ローザリア嬢の取り繕った笑顔が剝がれた。
彼女は私の講義に参加しても、時間の無駄だったかもしれないね。知識を覚えることはできても、身に付けることはしない。基礎研究なんて、それをどう応用するか考えられないと、ただの難解な事象の一つでしかない。
多分、王国の技術を探ってくるよう家から命令されたんだろうね。
傾いた侯爵家としては、現状を打開できる手段が欲しい。でも、彼女に家の命運を託すくらいなら、領内の技術者を送ってきた方が建設的だったと思う。私が未成年の女性な訳だから、彼女で十分とでも勘違いしたのかな。特殊な技術について知見があると、結婚相手を探す際の箔付けだったとも考えられる。
どう考えても皇国の求める人材じゃない。
「それから、思い違いを正しておきますが、私は前言通りに監督役を引き受けたに過ぎません。この場所を掃除するための魔法を考案し、必要な付与を業者に依頼して魔道具を組み上げたのはリコリスさんですよ。つまり、貴方達は十一歳の女の子に敗北したのです」
「ま、まさか……」
「嘘……」
「そんなぁ……」
この件で衝撃を受けたのは取り巻き令嬢達の方だった。
リコリスちゃんは自らの価値を証明し、その後ろ盾には皇族が付いた。そんな彼女を手酷く扱った取り巻き達の立場はますます悪くなる。
「そう、ご苦労様。大したものですわね」
逆にローザリア嬢は退路を見出す。掃除を命じただけと言い張る彼女は、履行を労ってこの場を去ろうとした。私相手には申し開きが必要でも、リコリスちゃんと彼女の身分差を考えれば、慰労の言葉一つで足りる。
勿論、そんな逃げ道は塞いであるけど。
「では、ローゼリア様。どうぞご確認ください」
「は?」
無茶を命じた以上は、その遂行を確認する義務が生じる。その前提を摘まないために、最低限の助力以外はリコリスちゃん自身に一任した。
魔道具作りの経験を積ませるって目的も間違いじゃないけどね。
「……そう言えば、鑑定師を連れて来いとのお話でしたか? 確かに同行させませんでしたが、これだけ見違えたなら鑑定魔法を使うまでもないでしょう」
「いえ、そちらではなく、もう一つの方です」
「はい?」
訳が分からないとローゼリア嬢は眉をひそめる。
でも、私は確かに聞いた。彼女を痛い目に遭わせるたった一つの隙、聞き逃す訳がない。
「“舐められるくらいに磨き上げる”……確か、そういうご指定でしたよね? さあ、どうぞきちんとご確認ください」
「―――!」
鑑定師を連れてきていたなら逃れる手段もあったかもしれないけど、舐められるかどうかを確認する方法なんて、一つしかない。
「何を馬鹿な事を⁉ もののたとえに決まっているではありませんか!」
「あら、皇国ではそうなのですか? 王国人である私は知らない話ですね」
「……な! そんなふざけた……」
勿論、そんな筈はない。王国でも比喩表現に決まってる。
それを断言できれば、私は無理を強行できない。けれど、彼女ははっきりと否定できるほど王国を知らない。自国以外を見下しながら、実態を知ろうともしない国民性が隙を生んだ。リンイリドさんくらいなら、理路整然と拒否できただろうけどね。
「貴女がリコリスさんに命じ、立ち会った私がそれだけの清浄化が必要なのだと受け取りました。それが全てです」
「そんなすれ違いが発生しているだなんて、普通は思わないではないですか!」
「でも、貴女はその擦り合わせを怠りました。こちらは、舐められるようにとの要望を聞き入れて磨き上げたのですから、しっかりと確認をお願いします。ご安心ください、見た目通りに新品同然であることは保証しますよ」
実際、クリーンルーム並の清浄度を確保してある。浄化の魔道具が働いているから、侵入した細菌や微生物は魔力膜に覆われて、ホコリと一緒に押し流されている。汚れが在留する余地はない。
もっとも私は、どれだけ無害だと理解していても、モヤモヤさんへ口をつけようと思った事なんてないけれど。
「自発的に確認していただけないなら、仕方ありませんね」
私はアーリーを取り出すと、マジックハンド魔法でローザリア嬢の頭を掴む。
リコリスちゃんはオーダーを履行した。私はそれを監督した。なら、見届けるのは命じた側の義務となる。普段は形骸化した習慣だろうと、私が介入した以上は見過ごさない。
「い、いやっ! 何これ?」
「どうして私まで……!」
「やめて……、お願い……」
取り巻き三人はついでだね。調子に乗って最後の条件を追加したのはローザリア嬢でも、彼女に切り捨てられたからって成り行きを見守るだけだったのは彼女達の判断。掃除を強要した時点で他人事じゃないよ。
ここまで主の名誉が傷つけられれば、介入するのが護衛の仕事ではある。身の安全だけでなく、体面も守らないといけない。けれど、ずらりと並んだ誰一人として動かない。
と言うか、動けない。
護衛役を命じられるくらいには鍛えてある様子だけれど、どの顔も若くて練度が不足して見える。ローザリア嬢が連れ歩くのに不快さを覚えないって採用条件でもあったのかもね。
覚悟の足りない護衛が雁首並べたところで、実戦経験豊富な烏木の守に太刀打ちできる筈もない。
まあ、それ以前に、マジックハンドで魔力を開放すると同時に軽く威圧してるので、ローザリア嬢の為に命を捨てられるくらいの心構えがなければ立ち向かえる訳もないけどね。亜竜も怯むくらいだし。
「ごめんなさい! 許してください! 私が悪かったです……!」
「申し訳ありませんでした。本当に後悔しています。それだけは堪忍してください」
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
取り巻き達なんて、泣き出してしまった。
別に良心の呵責があった訳じゃないけれど、彼女達の強制は解く。
“舐められるくらいに磨き上げたなら、謝ってもいい”
申し出を満たしたなら、それ以上の恥辱を強いる気はない。彼女達の考えがそこまで及んだ訳じゃなかったとしても、ね。あの日のやり取りをきちんと覚えているかどうかも怪しいし。
問題はローザリア嬢の方だった。
ここに至っても、謝罪を口にする様子は見られない。泣きながら謝って解放された三人に気付いた様子もないけれど。マジックハンドに抗うのでそれどころじゃないらしい。
「どうして……、私がこんな真似、を……!」
本気で分からないらしい。
平民へ頭を下げる事なんてできない。その結果、恥辱に塗れたとしても……ってところかな。私にはまるで理解できないね。
気安く頭を下げないようにとは、私も口を酸っぱく教えられた。頭を下げれば周囲は侮る。私だけでなく、フラン達従者や領地の人間までもを軽く見る。貴族は臣下や臣民の代表でもあるから、その信頼を裏切るような真似はできない。
でも、それは自身に瑕疵がなかった場合に限る。
無理を押して過ちを正当化しようとしたところで、見苦しいだけ。むしろ、己の品位を下げる。周囲の評価も下がる。貴族の立場は、“決して頭を下げてはいけない”って程じゃない。
丁度、今のローザリア嬢がそれだった。
先日言っていた通り、少し品のない真似をしてしまって申し訳なかったと、一言謝ればよかった。ボイコットに賛同しなかったからって、暴力に訴えて無茶を押し付けるようなことをしたのは、侯爵令嬢として相応しくない行いだったと。
非難はされるかもしれないけど、それで最低限の体面は守れた。
その機会を自ら放り投げた令嬢へ、野次馬からも冷たい視線が向けられる。これこそ、貴族が避けるべき展開だよね。
「……私はアンハルトの長女です。どうして私が、こんな仕打ちを受けねばならないのです……! 覚えていらっしゃい!」
負け惜しみを叫びながら抵抗したところで、私のマジックハンド魔法には敵わない。たとえ強化魔法を使えたとしても、大した足しにはならない。長く無様を晒しただけに終わる。
結局、ローザリア嬢は何故こんな事態になったのかまるで理解しないまま、頭を地面へ擦り付ける事となった。口づけは勘弁してあげたよ。
最後まで、貴族の矜持を履き違えていたね。