王都のお祭りと意外な出会いと
精神的なダメージは深刻で、穴に埋まって冬を越したいくらいだけど、カミン達を置いて帰る訳にもいかない。折角恥をかいたんだから、姉の仮面だけは最後まで被り続けるよ。
新年を祝うお祭りは盛況だけど、これでも規模は収穫祭や建国祭に比べれば小さいらしい。そちらでは騎士の演武や、冒険者の武道大会もあって盛り上がるとか。私、収穫祭の期間はテストでカンヅメだったけどね。
代わりに新年のお祭りでは、今年の加護神にちなんだおもちゃが多く売られている。竹で作った風車っぽいものとか、凧みたいな模型とか、鯉のぼりの吹き流しみたいな飾りとか、子供も大人も買っている。私も凧の構造は前世で見た事ないタイプで、少し興味があるかな。
世界が違っても、人間考える事は似るのか、異世界らしさを感じられる屋台はあまりない。ピンポン玉の代わりにクズ魔石をすくっていたり、水風船の代わりにスライムの幼体を釣ってるくらいかな。後者はすぐ干からびて死んでしまうらしいけど。死にやすい生き物を扱う点は日本の屋台と共通してるとも言えるかな。
食文化に違いがあるから、食べ物屋台の方が異国っぽい。煮込んだ骨を割って骨髄を食べるとか、木の粉で作ったパスタとか、バナナっぽい果物の漬物とか。ちょっと口に入れるのを躊躇うものも、一部混じってる。
「ウォズのところは屋台を出したりしないの?」
「今は特にしていませんね。射的やくじの景品を提供しているくらいです」
魔道具メーカーなら何か面白いものを扱ってないかと思ったけど、残念ながら当てが外れた。
「商会がもっと小さかった祖父の頃には、新しく開発した商品を捨て値で売っていたと聞いています」
「そうして宣伝した結果、今の成功に繋がった?」
「いえ、まるで振るわなかったそうです。安く売るなら、何か隠している事があるのではと疑われたようで」
あらら。
「買った商品を壊しておいて、クレームをつけられるなんて事もあったそうです」
「それで撤退したの?」
「いいえ、意地になって続けて、赤字も続いたらしいです。成功のきっかけになったとすれば、その赤字を埋める為に商会員が一丸となったと言われてる事でしょうか。祖父の代ではずっと屋台売りを続けて、商会に余裕ができた頃には、魔道具を求めるお客様が出店で列になっていたそうです」
「素敵なお爺様ね」
「スカーレット様はそう思われますか? やり手だった祖父の失敗譚として知られているのですが」
「赤字のまま首が回らなくなったなら問題でしょうけど、きっとそこは見極めて、皆が団結するきっかけを作ったのではないかしら」
「……どうでしょう? 晩年、あんな苦労は二度としたくないとこぼしてましたから」
「ふふっ、それも本音でしょうね。でも、商会が成長しても続けていたと言う事は、お客様への奉仕を忘れていなかったのではないかしら」
「そう……ですね。目先の利益に走ると忘れがちな事を、思い出す為だったのかもしれませんね」
商会と顧客、貴族と民、どちらも人のつながりだと言う事を忘れてはいけない。
「新しくお祭りの参加を考えるなら、ウォズなら何をしようと思う?」
「今は、スカーレット様の光の魔道具で夜空を彩ってみたいですね」
カミン達へのお土産のアイディアは、既にウォズに譲渡した。属性変換の方は研究室で改良を続けるけど、光魔法の方まで手が回らなくて死蔵してしまいそうだからね。
人手の足りなさは、早急になんとかしないとだね。
光属性魔石の希少性を考えると、おもちゃ扱いはもったいない。ウォズがお祭りで使いたいと言った通り、花火みたいな、場を盛り上げる大掛かりな道具になるんだと思う。
「まだ花火ほど洗練されていないから、見劣りしないかしら」
「魅せ方次第、ではないでしょうか。明かりを消した通りや、公園の並木道を照らせば綺麗だと思いますよ」
前世のライトアップみたいなものかな。この世界の照明には、それなりの質の魔石を基盤に使うから、LEDみたいな小型化は難しいんだよね。
「それに、王都の花火を今以上に増やすのは難しいそうですから、新しい娯楽を狙えるかもしれません」
なるほど。
この国の法律で花火は火薬と同じ扱いで、一定量以上は軍施設で管理されている。当然、弾薬や爆発物も一緒なので、貯蔵量には限りがある。軍事設備をホイホイと増やす訳にはいかないしね。
一部の業者には規定量を超えないように、こっそり分割して保管している場合もあると聞くけども。
「光魔石を基盤と動力、両方に使うと結構高価になりそうだけど、元は取れるの?」
「ホテルやレストランのムード作り、劇場の演出、あとは屋敷に設置したい貴族のお客様もいるでしょうから、宣伝と思えば十分です」
「ふふ、しっかり計算を済ませているのがウォズらしいわね」
「顧客への奉仕と利益、両立してこその商人ですから」
得意そうなウォズを見てると、ドヤ顔で褒めろと要求していたかつての愛犬を思い出して、つい撫でたくなってしまうんだよね。
流石に人混みでは自重しよう。
平民と貴族、身分差を気にしてか、距離があったウォズとも少しずつ歩み寄れてきたかな。
そうこう話しながら歩いていると、何やら気勢の籠ったヴァンが駆け寄ってきた。
「お姉様、お花、お花があったよ! 僕、お花食べたい!」
ごめん。
言葉が端折られ過ぎて、状況が掴めない。
食用の花があったの?
そんなに興奮するくらい美味しそうだったの? それとも、綺麗だったの?
「ああ、花焼き、ですね。お祭りの定番ですよ」
ウォズ、フォローをありがとう。
つまり、花の形をしたお菓子で、直接花を食べる訳じゃないんだね。
ウォズとヴァンの話を聞く限り、たい焼きみたいなものかな。この国の縁起物だから鯛じゃなくて花になる。神様の像が持ってるからね。
改めて見渡すと、花焼きの看板やのぼりがいくつも目に入る。これも風神様にちなんで、今年は桜の花みたい。
でも、ヴァンに連れられて行った先は屋台じゃなくて、とある店舗の行列だった。既にマーシャが並んでくれている。
どうして屋台を避けてここまで来たのか、その疑問はガラス張りの店頭から製造工程を見て吹き飛んだ。
焼き型の片方に生地を入れて餡をのせ、もう片側に生地だけ入れて、合わせて焼く。これを手作業で行うのが私の知ってる、大判焼やたい焼きの作り方。一枚焼きの型とかもあったけど、大きな焼き型で複数を一度に作るのものだと思ってた。
その常識が、今ひっくり返った。
なんと、全自動ですよ。
「ね、凄いでしょ」
何故か我が事みたいにヴァンが胸を張るのも気にならない。
楕円型のレールの上を、花の焼き型の上下が回っている。油を塗って、生地を流し込んで、下側に餡をのせて、上下を合わせて、焼き上がったらトレイへ滑ってゆく。一連の工程がライン方式で流れている。1回りおよそ3分、次々花のお菓子が焼き上がる。
「油を塗るのと、生地を押し出すピストン運動、連動してるね」
「油と生地だけじゃないですよ。多分、餡も焼き型を合わせるのも、レールの回転からギアで制御してます」
「蓋、蓋を開くのが、レールに沿った金具というのも、うまく調整されてて良いですよね」
いつの間にかキャシーもやってきて、理系女子3人、店頭に釘付けです。
カミンやオーレリア達には、何がそんなに琴線に触れたのか分かっていない様子だけど、これは凄いんだよ。
次々と花焼きができる様子が面白いと言うのも、勿論ある。
リズムよく焼き上がって、焼き型がひっくり返る音も心地良い。半日くらいは見ていられるかもしれない。
でも何より、この装置には無駄がない。
同じ結果を得るだけの魔道具なら、私達にも作れると思う。各工程毎に付与基盤でバラバラにコントロールするだけの、似ているだけで不格好な代物になるだろうけど。
前世でも、全自動や自律型と聞けば、多くのセンサーやAIで統制されているという思い込みがあった。
けれど、この装置に使われている基盤は、回転体と熱源の2つだけ。とにかく無駄を削ぎ落として、歯車の噛み合わせだけで制御している。
そもそも多くの人の手に渡るものは、コストが抑えられ、手軽に扱える、こういう合理性を極めた代物でないといけない。
「こんな、こんな回路を、作りたいですね」
マーシャのつぶやきは、私達の想いの代弁だった。
新しい技術に振り回されてはいけない。従来の技術の価値を、見直さないといけない。
ふと、装置の端に記された制作者名を見て、奇縁に感謝する。
ペイスロウ工房 グラント・サーラス
以前にウォズが引き抜いて、今は私の研究室で働いてくれている職人さん。他でもない、師事すべき教師は身近にいた。ついでに、巡り合わせてくれたウォズにも感謝を。
新しいものを生み出す楽しみに走ると忘れがちな事、きっと私はお祭りの度に思い出す。
遊びに来ただけのつもりだったけれど、思いがけない出会いがありました。来て良かったよ。
花焼きも綺麗な上に美味しかったしね。
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