魔法感性の申し子
夜、検証したいことのあった私はオーレリアの部屋を訪れていた。
現在の彼女はマナー講習で王都に滞在中なので、王城経由で学院寮へ向かう。面会依頼は通信で送っていたおかげで、遅い時間でも待っていてくれた。前もって連絡を入れておかないと、不審者としてメイドさんに排除されかねないからね。カロネイアの令嬢付きなので、メイドであっても侮れない武力を有しています。
勧められた椅子へ座ると、部屋に常駐しているメイドさんがお茶を用意してくれる。普段、従者や護衛を連れ歩かないオーレリアも、私室でくらいは頼っている様子だった。
「遅くにごめんね」
「構いませんよ。申し訳なく思いながらも来たくらいですから、急ぎだったのですよね?」
「……急ぎと言うか、好奇心を抑えられなかったと言うか」
「レティらしいですね。それで、私は何をすればいいのです?」
私の場合、興味への衝動も緊急扱いしてくれるらしい。
お茶菓子をつまみながら、話の早い親友にリコリスちゃんの書いたメモを見せる。
「この魔法、そこにある内容の通りに再現できる?」
「えー……と、分かりやすく図にしてくれていますから、難しくないと思いますよ?」
メモと部屋の違いを把握するためにしばらく風を循環させた後、オーレリアは一定方向に風魔法を発生させた。入り口の扉から窓へと、部屋の中を風が満たす。家具や私達って異物も、表面を撫でるように空気が駆けてゆく。
「ご覧の通り、これだけ分かりやすく図解にしてあると未経験の新魔法であっても容易ですね」
「うん。フランにも試してもらったら、同じことを言ってたよ。で、私にも可能だった」
私が魔法を引き継ぐと、少し部屋を見渡したオーレリアはきちんと発動していると頷いてくれた。風属性を持つ彼女は空気の流れを正確に感じ取れるらしい。私の場合、風で流れるモヤモヤさんを目で追うだけだけど。
「部屋の角で風の流れを変えるコツも書いてありますし、風量を一定にする魔力調整も理に叶った説明でしたから、驚きは少ないですね。それでも、魔法感性の乏しいレティが楽に発動できたなら、ちょっと凄いかもしれません」
「私って全属性を持ってる代わりに、無属性以外の感性が欠けてるからね」
「そのせいで臨界魔法やマジックハンド魔法、少し特殊な魔法が際立っていますけれど」
「あれは感性以前に、魔力量が私並みじゃないと扱えないってだけかな。理論は魔塔に報告してあるよ」
「今後、真似できる人物が現れるとは思えませんから、実質紙の無駄遣いですね。それで、この魔法がどうかしたのですか?」
検証自体はオーレリアが再現できた時点で終わっている。私でも扱えたくらいだから、オーレリアも問題ないとは思っていた。オーレリアには前情報がないって点しか違いがない。念の為、試行数を増やしておきたかっただけだね。
リコリスちゃんのメモなので、所有権が皇国にある関係上、無闇やたらと検証を頼めない。
「一体、これは何に使う魔法なのですか? 外気を取り入れるにしては少し手順が難解ですよね」
「ここみたいに綺麗に掃除してある部屋だと効果が分かり難いんだけど、ホコリを外へ排出する魔法かな。常に発動させられたなら掃除が楽になるよ」
「なるほど、地味ですけれど便利な魔法みたいですね。魔道具で量産するのですか?」
視界の端でオーレリアのメイドさんが興味深げな顔を向けていた。彼女は風属性じゃないと聞いているから魔法で真似はできないけれど、魔道具で販売されたなら取り入れられる。
「それは、常時発動にどの程度の魔力が必要になるのか検証してからになるね。掃除は使用人任せが当たり前の貴族は関心を示さなくても、それなりに需要はあると思ってる」
「……でしょうね。広いお屋敷を管理しているなら余計に必要になる技術です」
お嬢様のオーレリアも、真剣な顔で頷くメイドさんを確認して納得する様子を見せた。彼女は野営や軍用車での長距離移動にも参加するから、居住性の重要度も理解している。
「それで本題なんだけど、これ、11歳の女の子が書いたって言ったら信じる?」
「…………」
「しかも、本人は地属性」
「今更レティが嘘を吐くとは思っていませんが、とんでもない話ですね」
これ、お掃除魔法の一つに考えていたものになる。
着想を前世のクリーンルームから得た技術で、空気の流れを滞留させずに常時一定方向へ動かして、ゴミやホコリの付着を防ぐ。水分の拭き残しや結露も乾きやすくなるし、湿度もほぼ一定に保てる。ホコリや液滴、雑菌の温床がなくなれば衛生面も向上する。フィルターなんかを設置してホコリの流入を防げたなら、掃除の頻度自体を大きく削減できる。
理論はシンプルであるものの、実行するなら出力と気流の制御方法が課題になるだろうと思っていた。
それをまさかと思いながらもリコリスちゃんに振ってみたところ、劣化補正魔法と同様に実現して見せた。メモには、風が滞留しやすい構造の制御方法について詳しく解説してある。これなら、風属性の術師が魔法発動の際に調整を加えられる。魔道具に応用する場合も、部屋の構造に合わせて設定を整えればいい。実際、クリーンルームにも用途に応じた換気方法が用意してあった。
ただし、この気流制御魔法は風属性の領域で、彼女の保有属性を明らかに逸脱している。
「それから、こっちも見てもらえる?」
「もしかしなくても、同じ人物が書いたものですよね?」
「うん。魔法の効果は別のものだけどね」
「……専門が異なるので確信は持てませんが、これってまさか、浄化魔法ではありませんか?」
「当たり!」
汚れを取り除いて施設の補修まで実現できたなら、ついでに消毒まで終わらせてしまいたい。
そんな私の思い付きにも、リコリスちゃんはきちんと実現可能な魔法を考案してくれた。
「レティが詳しく説明した……訳ではないのですよね?」
「それなら、急いでオーレリアのところまで検証に来たりしないよ」
「それだけ、レティにとっても衝撃だったのですね。風魔法だけでなく、光属性の高位魔法まで構想できるなら、ちょっと驚くなんて程度では済みません」
浄化魔法は、初代聖女が生み出した固有魔法だった。
その再現は長年に渡る検証を続けて、近年になって漸く実現した。そのくらい、意味不明で困難だったと言える。毒素や病原菌、容易に目視できる対象でなかった事から解明が遅れた。
殺菌するだけなら、この世界でもいろんな方法が取り入れられている。
加熱や高圧蒸気、アルコールや過酸化物といった化学的性質の利用、電離放射線による滅菌なんてのもある。ただし、人体に被害をもたらさないとなると選択肢はほとんどなくなってしまう。流行り病に罹患した人物から病原菌だけを取り除くなんて、できる筈がない。
それを、聖女は可能とした。
有害物質を魔力の被膜で覆うって方法で。
被膜によって病原菌との接触を阻めば、体内に侵入しても悪影響を及ぼさない。空気や水分との接触がなくなるから増殖もできない。単体で安定を保てる存在でもないから、魔力で他と隔絶された状態が続けば、すぐに死滅してしまう。
罹患者を浄化すると一部の常在菌も除去してしまう欠点はあるものの、病が重症化してしまう危険と比較すれば些事だった。
聖女はそうした理屈を理解していた訳ではなく、流行り病に苦しむ人々を救いたいとひたすら願ったらしい。魔法のある世界だからこそ起こった奇跡で、流行り病の根絶を祈った結果、それを可能とする魔法が手に入った。多くの人々が神様の慈悲を連想した原因でもある。実際のところは、魔法に関する特殊な感性を聖女が持っていたからだって説が有力だけど。
「大勢の研究者が浄化魔法の解明に挑んだ。これが再現できたなら沢山の人々が救えると分かっていても、魔力そのものの性質を理解して、有害物質へ干渉させるのは簡単じゃなかった。それを、有害物質を無害な状態にすればいいって説明だけで辿り着くとは思わなかったよ……」
「浄化魔法に人生を投じてきた研究者達が泣きますね」
「本人的には、要らないものなら丸めて捨ててしまえばいいって発想だったらしいけど」
「その接着の為に、魔力で覆おうと考えた訳ですか」
「そうらしいね。理論が飛躍し過ぎて、私にはちょっとついていけなかったかな」
私も浄化魔法は扱える。
けれど、それは聖女の歴史と研究者の積み重ねを読み込んだからだった。
「魔法感性の特殊性故ですね。術者が使用可能なら、理屈を超えて方法が頭に浮かびます」
「うん。臨界魔法とか空間魔法とか、思い付いた瞬間に迷わなかったからね」
「私も経験があります。空間自在跳法を編み出したのは、刹那の閃きでした」
闇を足場にしたクロを見たってのはあったけど、武道大会で勝機を見出す為の賭けだった。魔法の理屈を冷静に考えられたとは思えない。
そうした経験を踏まえても、リコリスちゃんの才能は理解できる範疇にない。全属性を持っている私でも、無属性魔法以外に感性が働く状態を想像できなかった。
「魔法を構築する事に特化しているのかもしれませんね、その子は」
「そうだね。自分の作った魔法を使って、すぐ魔力が尽きた様子だったから、術師としては心許ない様子だったよ。できるなら、ノーラと引き合わせてみたいんだけど……」
「次々魔道具を作ってくれそうですからね。何とか引き抜いて来られませんか?」
「難しいと思う。彼女の特異性は、リンイリド監察官も知るところだからね。今頃、皇太子殿下に注進して、あの子を取り込む筋道を組み立ててるんじゃない?」
今後、リンイリドさんの目がない状況で、リコリスちゃんと会う事を許してくれるかどうかも怪しい。あれだけの才能は囲い込むに決まってる。
こっそりノーラを連れて行こうにも、入国が確認できていない彼女を公に晒せない。並外れた鑑定士と有名な彼女だから、入国の許可が下りるとも思えなかった。リコリスちゃんの件がなくとも、ノーラは皇国の情報を拾ってしまう。
「当たり前ですけど、攫うと国際問題になりますよね?」
「それ以前に、リコリスちゃんの意思を無視して家族と引き離そうとも思えないかな」
「私達に家名が捨てられないように、大切なものはそれぞれですからね」
判明したのがリンイリドさんに報告した後だった点が悔やまれる。皇国の人間が知らないままなら、家族含めて説得できていたかもしれない。
「ノーラにしても、その子にしても、とんでも人物同士は引き合うのでしょうか?」
「何? その飛躍理論」
「だって、レティが偶然助けた人物が特殊な才能に溢れているなんて、話が出来過ぎではありませんか? 宿命染みたものを感じます。似た状況で出会ったウォズにしても、商才に溢れていた訳ですから」
「……そう言えば、マーシャもキャシーも自分で押しかけて来たよね。ノーラなんて、私と会う為だけに学院へ来た訳だし」
「そうです。きっと、レティはそう言う星の下に生まれているのですよ」
うーん……。
偶然で片付けるには、確かに良縁に恵まれ過ぎているのかもしれない。
「ですから、レティは今回みたいな機会を逃さないように、しっかり心構えをしておくべきです。いつ出会いがあるか分かりません」
「この間は、面倒事と縁があると言ってなかった?」
「悪縁も良縁も引き付けていたと言う事ですね。両極端なのがレティらしいです」
「……アンハルト侯爵令嬢とか、前学園長とか、まるで否定できる要素がないね。リコリスちゃんを見つけられただけ、幸運だったのかな」
オーレリアがどこまで本気なのかは分からないけど、バランスは悪縁寄りな気がする。少数側の良縁を得る為に悪縁も受け入れないといけないのだとしたら、なかなか大変な人生だね。
でも、オーレリア。
とんでも人物は自分もだって自覚した方がいいと思うよ? あんまり無自覚だと、将来隣に並ぶカミンが困ると思う。
申し訳ないのですが、一週間ほど更新が難しいかもしれません。
なるべく執筆時間を確保してみますが、穴を開けてしまったらすみません。