性格の悪い女
私を口撃するなら、しっかりとした理論武装が要る。迂闊に隙を見せるような真似はしないから、貴族ってだけの思い上がりでは足りていない。
受講者の女の子を放っておけなかった気持ちに嘘はない。
でも、周囲を味方につけて、正当性を担保できると確信したからこそ動けた。私の講義に否定的な勢力を挫けるって打算もある。彼女達の家を巻き込んで、令嬢の不見識を問いただす。彼女達は講義への参加を打診している。教育不足の令嬢を国賓に近づけようとしたとか、言い逃れできない。
そんな訳で、取り巻き令嬢達は初めから相手じゃなかった。
「お名前を伺っておいていいですか? 国の関係者がご当主様とお話しする必要があると思いますので」
「「「え……」」」
彼女達は揃って、家にまで問題が波及するなんて聞いてないって顔をした。
そんな訳はない。私はそんなに甘くない。
貴族は常に家名を背負っている。一挙手一投足が生家の評判と繋がっている。だからしっかりした教育を施すんだし、嫡出順だけで後継を択ばない。長子に家を継がせるべく養育するけど、資格を満たせないなら切り捨てる。
貴族であるなら、そんな話はいくらでも聞く。それを非道だとは思わない。
家を守り、発展させるのが貴族にとって一番で、家族の情は別の話となる。長年の増長でそんな心掛けが消えたからって、貴族の責務はなくならない。周囲の貴族も、他家の事情を斟酌しない。
むしろ、こうした彼女達一族の怠慢具合が、侯爵令嬢に擦り寄らなければ家を存続させられない窮地にまで追い込んだのかもしれないね。没落真っただ中のアンハルト家を頼らなくちゃいけない時点で、運営手腕のなさが窺える。だからって容赦しないけど。
「……アムリ・イセリアです」
「フラスィナ・リサマーと申します」
「ルチーナ・クオンライ……です」
名前を尋ねられて、答えないのが無礼ってくらいの良識はあったらしい。その場限りに隠したところで、貴族の素性なんてすぐに調べられる。皇国の事情に詳しくない私でも、アンハルト侯爵家と付き合いの深い家を当たれば大した手間もかからない。言い逃れを考えるだけ損だと、観念した様子で名前を告げた。
ルチーナ嬢なんて、すっかり声が震えている。
「ローザリアと呼ばれていた貴女は、アンハルト侯爵家長女のローザリア様で相違ありませんか?」
「ええ、ローザリア・アンハルトです。しかしスカーレット様、私も一つ聞かせていただいてよろしいでしょうか?」
「はい、何か?」
「私はその子に、この辺りの掃除をお願いしただけなのです。そこにどんな問題が?」
……これだよ。
厚顔にも、加虐とは無関係って白を切るローザリア嬢に呆れた。
ただ、何処かこうなる予感はあった。彼女は厄介だろうって気もしてた。なにしろ、私が通りかかった時点で聞こえた声は、取り巻き令嬢達と被害者の女の子の四人、ローザリア嬢の存在を認識したのは対面してからだった。
おそらく、少女への暴行に彼女は直接関与していない。罵る事も、指示を出す事もなく、ただ傍に立っていた。加害者は取り巻きの三人で、彼女自身は傍観していただけだと言い張れる。その状況を意図的に作った。
勿論、前世日本ならそんな言い訳は通用しない。
直接加害に関わっていないと主張したところで、間違いなく共謀と見做される。取り巻きとの繋がりが明らかで、現場にいたなら高みの見物は成立しない。止めなかっただけで非難の対象となる。
ところが、この世界だと事情が違う。明確な証拠や言質を得るのが前提で、特に貴族が相手の場合は状況証拠だけだと弱い。相手が平民の少女って状況も拙かった。
おまけに、掃除を強要したってくらいなら罪に問えない。ここは魔塔と講堂を繋ぐ遊歩道、その途中に併設された休憩所の一つだった。並木道の向こうには芝生が広がっていて、一人で掃除するにはあまりに広い。けれど、いつまでにと期限を切った訳でないなら、無茶であっても無理ってほどじゃない。実行不可能な命令を適用するのは難しかった。
これでもかって巻いてある赤髪縦ロールと同じくらい性格が捻じれてるね。
「その子はただの学園生です。清掃を引き受ける業者でも、その関係者でもありません。一体、どんな言い分があって強要を?」
「それは、分かりません」
「はい?」
「だって、フラスィナさんが言い出したことですもの。どんな意図があったかなんて、私に問われても困ります。アムリさん達も同意しましたから、私は仕方なく同行しただけなのです」
「「え⁉」」
話が違う。そう言いたげな取り巻き二人が戸惑う様子を見せた。
けれど、ローザリア嬢の言っている内容に間違いはないんだろうね。多分、ボイコットに参加しなかった少女に対する不満だけを口にして、制裁を加えるように誘導した。きっと、具体的な指示は出していない。言葉を選びながら、彼女が望む展開を取り巻き達から引き出した。彼女を満足させるためだと思って、三人が進んで手法を提案したんだろうね。
それが、実行困難な掃除を強要する事だった。
趣きがあると言えば聞こえがいいけれど、経年劣化したタイルに、歪みが生じた木造休憩所、風が吹く度落ち葉や砂ぼこりが舞うとなると令嬢を納得させられる掃除は現実的じゃない。ついでに、合格点を出すつもりなんてなかったんだろうね。
明らかに悪意ある命令に女の子が難色を示して、それが気に入らない三人は髪を切り刻んで恫喝した。全て彼女達が進んでやったことで、ローザリア嬢が与えたのは切っ掛けでしかない。唆したってほど具体的な事を口にしていないなら彼女の責は問えないし、彼女に対する忖度があったとしても、実行したのは取り巻き達の意思になる。
想像でしかないけど、取り巻き達の反応を見る限り大きく外れていないと思う。ローザリア様が痛い目に遭わせてやれと言ったから…だとか、髪を切れと言いだしたのはローザリア様でした…だとか、醜く責任を押し付け合う言葉が出てこない様子からも察せられた。むしろ取り巻き令嬢達は、それらしい記憶が掘り出せない事に、今更愕然として見える。
最初から切り捨てて構わなかったんじゃないかな。三人は悲壮な表情を浮かべるけれど、自業自得に同情する気持ちは湧いてこない。
残念ながら、現時点でローザリア嬢を追い詰める方法は思いつけない。
明確に敵対するなら対抗材料を集めただろうけど、今回は偶然通りかかっただけで、標的も私じゃなかったからね。
「では、監督役は私が引き継ぎましょう。この場所を奇麗に掃除すればいいのですね?」
「あら、スカーレット様こそどんな権限があって?」
聞き返しはしたものの、ローザリア嬢は驚く様子を少しだけ見せた。理不尽な要求を継続させるとは思っていなかったんだろうね。
確かに、命令自体を取り消させた方が簡単ではある。平民相手だから無茶がまかり通っていただけで、私が介入した時点で要求を強行させるのは難しくなった。王国貴族の私を侮っているとしても、こんなことを理由に対立するのは彼女にとっても得策じゃない。だから、ボイコットなんて迂遠な方法を選択したんだろうし。
私が要求すれば、命令は簡単に取り消したと思う。今なら間抜けな三人を生家ごと差し出すだけで済む。私も、女の子をとりあえずは守れる。
けれど、それだとローザリア嬢を取り逃がしてしまう。
そんなの、私が面白くない。
「その子は、受講生の中でも取り分け優秀な生徒なのですよ。私も期待しています。そんな子の勉強環境を整えるために、講師が手を貸すのはそれほどおかしな事ですか?」
「……そうですか。それなら、彼女はスカーレット様にお任せしょう。せいぜいこき使って、この場の汚れを奇麗に取り除いてくださいませ。舐められるくらい磨き上げられたなら、少し品のない真似をしたと謝ってあげてよろしくてよ」
「それなら、次の機会は鑑定士を同行させていただけますか。反論しようのない形で、証明させていただきます」
責任を追及してぎゃふんと言わせられないなら、せめて開いた口が塞がらないくらいに仰天させてあげよう。理屈で追い詰められないんだったら、敵わないのだと力業で思い知らせればいい。
「それにしても、そこまで豪語できるほど、スカーレット様は掃除に詳しいのですね。私など、箒も持ったことがありませんからどう監督していいものかも分かりませんわ。国の狗だから雑事にも詳しいのでしょうか?」
「何事も経験、身の回りの世話をしてくれる者達への感謝を忘れないようにと育てられましたからね。ローザリア様が不見識を良しとしたまま育ち、一族全体がその様子なら、家が傾くのも納得してしまいます。貴女が学んだのは他人の切り捨て方だけですか?」
成人間もないくらいのローザリア嬢が、これだけの手腕を自ら編み出したとは思っていない。言外に他者を誘導する話術が、一朝一夕で身に着くとも思えない。幼い頃からじっくり仕込まれたんじゃないかな。
それはつまり、この手法がアンハルト侯爵家の常套だって事でもある。
実際、かつての栄光に縋る家はあっても、現状の危急に差し伸べられる手はないらしい。庇護を求めた者を利用するだけ利用して、用済みになったと同時に処分を繰り返してきたなら、アンハルト家に対する信用なんて微塵も残っている筈がない。
貴族が敵を作るなら、同時に味方も増やすくらいじゃないとすぐに立ち行かなくなるからね。
とは言え、アンハルト家の先行きが短いからって没落を座視して満足する気なんてない。
とりあえず、魔導士の勇名に頼って国をまとめている皇国の状況で、その魔導士を国家の狗呼ばわりして軽んじているって、リンイリドさんに密告するところからかな。オイゲンさんが人気の騎士や軍関係者も興味を抱いてくれると思う。
堂々国家の方針を批判して、侯爵家の先行きは益々先細るに違いない。そんなふうにローザリア嬢を育てたツケを払うだけだから、ただの身から出た錆だけど。
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