カムランデ散策
その日、私はウォズと街を歩いていた。折角国外にいるんだから、案内役のフィルターを通さない街並みも見ておきたかった。
私の名前は知れ渡っていても、容姿まで細かく伝わっている訳じゃないので変装の必要はない。ナイトロン戦士国へ行った際に使った白ローブ姿で外へ出る。
別に二人きりって訳じゃない。フランがいるのは当たり前として、グラーさんとヴァイオレットさんも護衛として付き添っている。彼等がいるから、冒険者風の装いの方が街に溶け込めるんだよね。ニュードさん達とウォズの護衛は少し離れたところにいて、キリト隊長達は私の不在を隠す目的で留守番だった。
スパイってほど詳細に探るつもりはないけれど、勝手に皇国の生活事情を把握しようって話だから、リンイリドさんにも知らせていない。
「うん、似合わないね」
折角だからとウォズにも冒険者風の格好を見繕ってみたところ、どれもかなり微妙だった。ちょっとお世辞も出てこない。
自衛のために無手の心得はそれなりにあるんだけど、武器を持った際の立ち振る舞いを経験してないせいで剣や槍のイミテーションであっても様にならない。小型の割に殺傷力の高い魔導銃を常に携帯しているから、銃火器だと物珍しさに欠ける。だからって格闘家風の格好も、線が細過ぎて不自然だった。
「無難に、魔法使いの服装でいいのではありませんか?」
「それだと、私が面白くないよ」
「……あ、はい」
理不尽を言っている自覚もある私に付き合って、ウォズは着せ替え人形に徹してくれる。
以前からこんな調子だったから、そういう人柄なのだと疑ってなかった。場の空気に流されることを楽しんでるのかと思っていたら、私に合わせていただけなのかもしれない。
今もそうなのか……とか考えていたら、顔も見られなくなりそうなので思考を止めておく。今の材料で答えを出すなんて無理そうだからね。それに、友達とこうして遊べないのは勿体ない。
「いつもかっちりしてる服な訳だから、騎士っぽい恰好なら似合うかな」
「そういった冒険者は高ランクの場合が多いですから、佇まいが不自然に映りませんか?」
「Sランク冒険者のお供って事でどう?」
「お忍びなのですから、あまり目立つのはどうかと思います」
他国で気ままに散策していたなんて周囲に知られたら、間違いなく陛下や殿下にも迷惑がかかる。貴族の振る舞いじゃないってお母様にも叱られそうだから、あんまり目立つのはよしておこうか。
もしもギルド証の提示を求められた場合、本名が書いてあるから素性を隠せない。
結局、フード付きの黒いロングコートで落ち着いた。フードを降ろすと、顔がほとんど隠れてどことなく厨二っぽい。背中には翼の文様がプリントしてあって、各所に銀細工のアクセサリーが吊ってあるせいで一層だね。
冒険者の中には殊更に素性を隠す人間もいるから、グラーさん達冒険者組と一緒に行動していれば、職務質問される恐れはないと思う。
「…………」
あんまり直視してると笑っちゃいそうになるから、視線は合わせないでおく。ウォズの表情から愛想が消えるのは珍しかった。
「冒険者に憧れて、恰好から入る富裕層の少年が、よくこういった様相で歩いてるよね」
「俺の場合、素材の珍しさが気になっただけです」
「いやにじっくり見てるものだから、欲しいのかなと思って」
「見た目重視の初心者向けの棚に、スレイプニル革の本格防具があれば目を引きますよ。装飾もきちんと銀製ですし」
柔らかくて丈夫な防刃素材で、胸や襟部分にはミスリル繊維が織り込んである。余程の業物でもなければ致命傷なんて負わせられないレベルの防御力で、値段もそこらの鎧とは比べられない。
最終的に、翼が箒のウィッチとお揃いって私が推した訳だけど。
「その割には、意匠が玄人向けじゃないよね?」
「経験を重ねた冒険者の中にも、独特の趣味を持った人間はいますからね。そうした特定層向けではありませんか? 高名な冒険者の複製品と言う線もあり得ますね」
洒落で買うクラスの品質ではないけれど、ウォズが身に付けたところを見たくなったんだから仕方ない。
なんちゃって冒険者の相方が完成したところで、本来の目的だった市場調査に移った。王国では外観の見映えも洗練させないと魔道具も売れないのに、カバーをガラスにして内部構造をデザインに取り入れているのが特徴的だね。
「あれなら、分割付与の回路は新鮮に映るかな?」
「そうですね。付与基盤が複数内蔵されるのですから、配置を工夫してみるのもいいかもしれません」
「そうは言っても、私にその手の感性はないからお手上げだけど」
「スカーレット様は機能性重視ですからね。俺も皇国の好みは分かりませんから、専門家に図案を練ってもらって、皇国用の工房を作ってもいいかもしれません」
分割付与が一般化していない今の時点で、それを導入した魔道具を準備しておくわけだね。ストラタス式とか、流行の最先端を自演できる。で、皇国で人気になったら、その謳い文句で王国でも売れる。
ウォズと散歩してると、目敏くお金儲けの匂いを嗅ぎつけて、商機を生かそうと知恵を絞っている様子が楽しい。
魔道具売り場を巡った後は、魔物素材の陳列傾向を確認したり、ノーラのお土産に皇国特有の食材を買い集めたり、服の流行も押さえておいた。小腹がすいたら買い食いしながら歩く。お行儀悪く食事するのもお忍びの醍醐味だからね。
大型の商業施設を覗くと、ダンジョンフェアなんてやっていた。ダンジョン産の原石は勿論、魔物素材や武具なんかも置いてある。
通常は冒険者以外縁のない場所、その産出品とあって関心を引いたらしい。なかなか盛況だった。
武具は過去の探索者の遺留品だね。ダンジョン内で死亡した場合、遺体は朽ちてダンジョンに吸収される。魔物と違って魔石を持たないから再構築はないだけで、吸収されるプロセスは同じものとなる。その際、装備はそのままそこに残る。服は引き裂かれる場合が多いし、防具はサイズが合わなくて放置が多いけれど、武器は魔物が持っていく。立ち入りの多い低階層以外は意外な業物なんかも出土する。
「そのまま使えそうなものも多いね。こういった場所より、冒険者に直接売った方がいい値が付くんじゃない?」
「数が多いですから、引退した冒険者の収集品ではないですか」
「なるほど、一斉に吐き出したのを機に、この販売会って訳だね」
ギルド証以外は発見者の所有物となる。遺族に遺品として返す場合もあるけど、ギルド証が行方不明で持ち主が判明しなかったり、家族もすでに故人だったりする場合も多い。
余程品揃えがよかったみたいで、グラーさん達も目移りしていたので買い物の時間を確保した。護衛が不在の間は休憩だね。
「ダンジョン壁を並べたら売れるかな?」
今のところ、私とオーレリアしか採取できない希少品ではある。誰にも加工できないって事でもあるけれど。
「学術的な価値は理解できますが、ここに並べるのはどうでしょう……。一見、ただの岩でしかありませんから、興味を向けてもらえないのではないですか?」
「ヴィーリンのレイリーさんなら喜ばないかな?」
「あの人が好むのは偶然の産物や職人の遊び心ですからね、余程変わった形をしていないと難しいと思います」
流石、お礼の贈呈に行っただけはある。私には分からない嗅覚があるんだろうね。
「そもそも、ダンジョンから切り離すと徐々に魔力を失って、本当にただの岩になるのではありませんか?」
「うん。ダンジョン壁なんて、外側を地属性で覆っただけの魔力の塊だからね。性質の持続は長くないよ。宝石や鉱石になるって奇跡はまず起きないだろうし」
「そのあたりの説明を省いて売ったら詐欺ですし、詳細を知って買う人はいないと思います。それより、魔塔にでも持ち込んだ方が喜ばれるでしょう」
それだと、追加を次々注文されそうで面倒なんだよね。
最後は学園地区を歩いた。
普段は第十四塔と講堂を往復するだけ、しかも空路か車なものだから、学生や研究員がどんな日常を送っているのか見ておきたかった。
ここまで戻ると知った顔も見かけるものだから、商業施設を出る前に着替えておいた。お忍び服を堂々晒して、今後のお出かけに支障をきたす気はない。
「これで許してあげると言っているのです。早くなさい!」
「お前なんかがローザリア様に逆らって、ただで済むと思っていた訳ではないでしょう?」
「視界に入るだけで不愉快だと言うのに……!」
「や、やめ……、ごめ、お願い、します……」
今日は皇城で会食に招待されているので、それまでにお腹を空かせておこうと歩いていると、甲高い不快な声が三つと、消え入りそうな泣き声が聞こえてきた。
これまでの楽しかった気分が、全部吹っ飛んだよね。
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