皇国の魔導士事情
「すまない。スカーレット殿に迷惑をかけないよう、言い渡していたつもりだったのだが……」
塵灰オイゲンさんが去った後、私はプリンを頬張りながらロシュワート殿下の謝罪を受けていた。
迷惑をかけるつもりはないけれど、手合わせを願う行為がその範疇とは考えもしなかったってところかな。前もって注意した皇太子殿下の前で堂々挑んできたことからも窺える。騎士だと競い合うのも日常かもしれないけど、それを私に適用されても困る。
「話の分かる方だったので大事に発展せずに済みました。彼も、部下達の期待を背負って難しい立場だったのでしょう。それほど気にしていませんよ」
「……そう言ってもらえると助かる」
「ただ、こういった事がもう一度あるかもしれないのですよね? もう一人の魔導士、“剛盾”……でしたか? どういった人物なのでしょう」
「……」
私としては当然の関心だったのだけれど、皇太子殿下は無言で目を逸らせた。おい。
「剛盾、ザカルト・ハーロックは色々と問題を抱えた人物だ。認定前から素行の悪さが目立っていたのだが、魔導士となってから益々増長してしまっている」
「そういった人物が魔導士に選ばれるものなのですか? 従順とまでは言わなくとも、国へ協力的であることが条件ですよね?」
制御できない魔導士級なんて、危険物でしかない。場合によっては粛清対象にだってなりうる。
剛盾は強力な地属性魔法の使い手で、自身と周囲を鋼鉄のように硬化させることで守ると言う。けれど、守りに特化する以上に攻撃的で、硬化したまま高速で突撃する戦術を得意としている。巨大な弾丸が自在に飛ぶように戦場を制圧するらしい。
「スカーレット殿の言い分は理解できるが、王国と皇国では事情が違う。我が国での内乱頻度の多さは聞き知っている事と思うが、反抗的な貴族へ睨みを利かせる為にも、魔導士の存在は必要なのだ」
「オイゲンさん一人に背負わせるよりは、多少人格に問題があっても許容するという訳ですか」
「国の事情を明かすなら、そうなる。スカーレット殿ほどの桁外れでないなら、個人の暴走より一地方の反乱の方が余程厄介だからな」
ロシュワート殿下が語る事情の裏には、私や“地殻崩し”は勿論、“焦滅”や“海嘯”と言った王国の歴代魔導士の水準に、皇国の魔導士は届いていないって暗黙がある。だから、剛盾の暴走を殊更に恐れていない。
皇家が常に魔導士を有しているって名目が大事で、ある程度他を圧倒できる魔法使いなら、魔導士として叙してきた。だからと言って本物が混じっている可能性もあるので、皇国貴族や周辺国も軽んじられない。
実際、カロネイア将軍を退けた逸話を持つオイゲンさんは、かなり本物に近いレベルにいるんだと思う。
「噂を聞く限り、かなり強力な魔法使いであることは間違いないのでは?」
「ああ、歴代の魔導士と比べれば、それなりに強力な部類だとは思っている。しかし、オイゲンの豪炎とは相性が悪く、強化魔法に特化したヘルムスなどもいるから、それほど脅威だとは考えていない」
内々にではあるものの、皇太子自ら外れ枠だと明かしてしまった。彼の側近が風魔法で防音してあるから、店の客に漏れた様子はないけども。
「そういった訳だ。もしも奴が絡んできたのなら、遠慮なく叩き伏せてもらって構わない。それだけの問題を起こしたなら、こちらも切り捨てるだけの決断ができる。国の為に魔法を捧げると誓っておいて、国際問題を引き起こすような魔導士は必要ないものでね」
「……明らかな面倒事を私に押し付けないでほしいです」
「そうは言っても、我々も優秀な魔法使いは惜しい。抑止のために弟……、皇族の傍に置いている。そう簡単に馬鹿な真似はしないだろう」
皇太子の異母弟で、第四皇子にあたると言う。ヘルムス皇子やペテルス皇子とも母親が違うので、奇行の血統は継いでいない。
主と見出して個人的に仕えているのかと思ったら、目的は監視と矯正だったらしい。皇子付きならそうそう皇城から出る事もないだろうから、接触はないと思っていいのかな。
「大魔導士と呼ばれるに相応しい君からすると、面倒な事をしているように見えるのだろうね」
「強力な魔法使いと魔導士では、人々に与える印象が異なります。国を安定させるための政策であるなら、私は批判しませんよ」
「こんな小細工に頼るのではなく、本来なら正道で国をまとめてみせなければならないのだろうが、ね」
「それこそ先ほどロシュワート様が仰られていた通り、王国と皇国では事情が違います。王国には常に、帝国の脅威に晒されてきた歴史がありました。王国への敵対を煽ってきた帝国も同じでしょう。貴族が団結しなければならない理由があったのです」
急ごしらえだったディーデリック陛下が即位して王威が揺らいでも、王国の体制が崩壊しなかった原因がそこにある。既に帝国の脅威が取り除かれてしまった以上、私達も今後の舵取りを考える必要があった。
先日、ラミナ領の暴走を許してしまったばかりの私達は皇国の現状を笑えない。
「今のところ貴族は開拓に精力を注いでいますが、それによってそれぞれの領地が財を蓄えたなら、王国でも似た事態が起こる懸念はありますね」
ロシュワート殿下の話を聞いて、不安を抱いたのはウォズも同じだったらしい。貴族になる彼にも他人事じゃないので、お茶を飲む手を止めて考え込む様子を見せた。開拓で直接税を得られるのは各領主となる。国がその恩恵を得るのは、領主がこれまで通りに恭順してくれる前提なんだよね。
当面は、私が抑止力となる事も考えておいた方がいいのかな。
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