皇国の魔導士
実のところ、この手の面倒事が降ってくるだろうとは思っていた。
大魔導士の勇名は独り歩きし過ぎている。皇族のように情報を精査したならともかく、流れ伝わってくる噂を真に受けると、私は武勇を誇る英雄だと見られているらしい。
僅かな戦力を率いて帝国の企みを挫き、侵攻の先頭に立って兵士達を鼓舞し、墳炎龍の討伐を成し遂げて王国を勝利に導いた。それだけなら事実と言えるところ、風評ではこれらを私が望んで牽引したって事になっている。
なんでも、屍鬼ダンジョンで王国を危機に陥れたことに憤り、帝国を誅するべきだと説いて戦争へ舵を切らせたのだとか。皇国では、カロネイア将軍と並ぶ武闘派として認知されているくらいだった。誰の話?
「お断りします」
「え?」
そんな訳だから、手合わせの申し入れは受け入れられて当然と思っていたんだろうね。拒否すると、呆然とする反応を見せた。
「それほど意外ですか? 私は強力な魔法が使えるだけで、戦闘訓練を積んでいる訳ではありません。貴族の嗜みとして自衛の手段くらいは学んでおりますが、戦いを専門とされる“塵灰”殿と比べれば拙いものです」
「……私をご存知でしたか」
「皇国入りする以上、主要人物の概要くらいは頭に叩き込んでおりますよ、オイゲン・バクスター騎士隊長殿」
皇国には魔導士に認定された人物が二人いる。
一方は軍籍を経て、現在は騎士として国へ仕えると聞いていた。全てのものを灰に変えると言う強力な火属性魔法を象徴して、塵灰の名を冠する。かつての大戦において、カロネイア将軍率いる部隊を退かせたって逸話も含めて武勲が王国にまで轟く。
もう一人は個人的に皇子へ仕えているって聞くから、この人が塵灰で間違いないと思う。
開口一番手合わせを願い出るって好戦思考なのに、その佇まいから荒々しさは見て取れなかった。細身の長身で騎士服をきちんと着こなし、紳士然とした慇懃さが窺える。魔導士を前に逸ってしまっただけで、発言ほど武力主義じゃないんだろうね。
少なくとも、カロネイア将軍やヘルムス皇子みたいな戦闘民族っぽさは滲んでいない。いや、将軍はあれで冷静沈着な人なのだけど。
「しかし、大魔導士殿は強化魔法についても造詣が深いと聞いています。そこへ噂に聞く大魔法が合わさったなら、多少の不利も補えてしまうのではないですかな?」
「それを覆すのが技術の積み重ねと言うものでしょう。武技を持たない魔物と相対するならまだしも、私の技巧は皆さんの研鑽に届いていませんよ」
実際、私がこの人と手合わせして勝てる可能性は高くないと思っている。
強化外骨格をまとえば大抵の相手の攻撃なら弾けるだろうけど、魔導士クラスとなると分からない。炎の爆発力を推進に利用するとも聞くから、目で追えないかもしれない。伝え聞く私の情報への対抗策を準備しているとも考えられる。
そんなの、どう考えても私が不利だよね。
「なんにせよ、私はいち貴族で研究者、武威を競う者ではありません。国の有事となれば魔法を振るう心積もりもありますが、おいそれと誇示しようとは思っていません。適性の違う私へ執着を見せれば、オイゲン殿の研鑽を貶めてしまうのではありませんか? 手合わせの申し入れは、お断りさせていただきます」
「残念ではあるが、騎士の私と貴族の貴女では、立場が違うのは確かでしょう。他国の貴族にこれ以上の無茶は言えませんな」
私がきっぱり断ったので、正面のロシュワート殿下は安堵した様子を見せていた。国の栄誉を背負う魔導士同士の諍いなんて、どちらが勝っても禍根を残す。この面倒事を一番望んでいないのは彼かもしれない。
「逃げるのか?」
オイゲンさんは聞き分ける様子を見せたのだけれど、それで収まらなかったのは連れの若い騎士だった。
「おい、よせ」
「いいえ、黙る訳にはいきません! 聞いていれば、勝てる自信がないから対決を避けているだけではありませんか。そんな様で大魔導士だなどと、オイゲン様を馬鹿にしています!」
「それでも、彼女の実績は確かなものだ」
「魔法の相性が良かっただけでしょう? 墳炎龍が炎を纏う魔物でなければオイゲン様だって……!」
大魔導士って呼称は、従来の魔導士とは一線を画すって意味が込められている。それは王国の中では名誉でも、他国の魔導士からすると勝手に序列を決められたと言う不満が燻る。塵灰を慕う騎士の憤りはそのあたりにあるんだと思う。
墳炎龍にしても、火属性への耐性がオイゲン氏に不利だっただけで、それがないなら魔王種の討伐も可能だって信仰があるのかもね。
実際はそんなに甘い怪物じゃなかったけれど。私だって、知覚範囲内でもう一度向き合おうと思わない。
とは言え、歴代最強と謳われてきた“地殻崩し”と比べても私の魔力が抜きん出ているのは事実だし、大魔導士って自称じゃなくて他称だから、私へ不満を向けられてもどうにもならないんだよね。
世間の評価についての鬱憤を私へぶつけてどうしろと?
証明に大きな穴でも空けようか?
どうしたものかと皇太子殿下を見ると、すごい勢いで首を振っていた。少なくとも、実力行使で黙らせるって方法はお好みでないらしい。
「どうしても直接対決での格付けを望まれるのなら、大勢の証人を揃えた上で、明確な決着をつける他なくなります。大魔導士として王国が認めたスカーレット様の資質が疑われた以上、猜疑を挟む余地がない形での証明が相応しいでしょう」
どうしたものかと困っていたら、苛立った様子のウォズが話を大きくし始めた。条件が対等でなかったとか、皇族に贔屓を申し出たとか、非公式の対決で根拠ない火種を燻らせない為だろうけど。
王国貴族への侮辱は国際問題でもおかしくない。公平性が必要なら、証人は各国から集める必要がある。二国間の問題ですら収まらない。感情的になっていた騎士も、事態の深刻さに言葉を詰まらせた。
と言うか、この場合の証人って観客の事だよね。大事にするならお金も儲けようってウォズらしさが透けて見える。
ロシュワート皇太子は真っ青になりながら首を細かく振っていた。彼が最も望まない展開らしい。お互い国を背負っての決闘となると、どちらが勝っても禍根が残る。
かと言って、彼は立場的に私の味方はできない。同時に臨界魔法の恐ろしさを正確に知っているものだから、騎士を擁護して私と対立する構図も作れない。立場を曖昧にして震えているくらいが限界そうだね。
簡単に公式の決闘を容認できない皇族の立場を利用しての提案だった。
それなら、私もウォズの思惑に乗らせてもらう。
「大きな舞台を用意するなら、部隊を率いてもらって構いませんよ。そちらの騎士さん同様に、貴方に味方したい身内も多いでしょうし」
「それは、大魔導士殿が負けても言い訳が可能な状況を作るためですかな?」
軽んじられたと思ったのか、オイゲンさんも不満を露わにする。
まあ、普通は多人数を集めた方が有利と思うよね。
「いえ、その条件なら私が確実に勝てるので」
「は?」
私からすると、騎士を何人並べたところで肉壁にすらならない。それよりオイゲンさんと距離を置く口実が大事で、その状況なら、彼の接近より私の魔法の発動の方が速い。彼がどれだけ素速く動こうと、周囲の騎士ごと巻き込める。
十分な広さが確保できるだけでも私が有利だけどね。周囲への被害を顧みなくていいなら、狙いも雑でいい。
「……なる、ほど。漸く貴女の言い分が理解できました。私が磨くは個の武勇、スカーレット様が備えるは一軍の脅威に匹敵するもの。これほど適性が異なるなら、対等に競い合えるなど初めからあり得なかった訳ですな」
「ご理解いただけたなら幸いです。オイゲン殿が勝ったとしても、稚拙な令嬢への勝利では満足できないでしょう」
「こちらとしても、高威力の魔法で一方的に薙ぎ払われて悔いが残らないとは思えません」
理性的な人で助かった。
彼が納得して退いてくれたなら、騎士達の憤懣も解きほぐしてくれると思う。対決が実現したところで、皇国の面子が潰れて私の得もない。ウォズが大儲けするだけだよね。
「帰るぞ」
「え? いや、しかし……」
騒ぎで注目を集めたので、食事は中止にしたらしい。不満を燻らせたままの騎士を引き摺って帰って行った。あの様子なら、騎士全体の不服を軽減してくれるんじゃないかな。
料理が冷えたのを許容できるくらいの成果はあった。
僕が最強選手権は私のいないところでやってほしいよね。魔導士だからって勝手にエントリーされるのは遠慮したい。オーレリアが興味を示すかもだから、見学くらいは行くだろうけど。
「面倒事は外で片付けてほしいものだが?」
一部始終を見ていたので、私が一方的に絡まれただけとは察してくれていたものの、店主の視線は冷たかった。
「すまない、兄さん。もう大丈夫だ。私からも厳しく注意しておく」
「申し訳ありません。次があったなら、騒ぎになる前に出ていきます」
皇族であっても容赦なく出入り禁止にすると知っている皇太子殿下がすぐに頭を下げたので、私も慌ててそれに倣う。料理が来たばかりだからってのは、席を立たない理由にならないと学習したね。あんな面倒な騎士のせいでお気に入りの食事処を失っては堪らない。
ここでは、どう考えても店長さんが最強だよね。
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