人工魔石技術の代用先
折角なのでシドの子供達にも行きたい場所について聞いてみたところ、ダンジョンを候補に挙げられてしまった。
シドにダンジョンはない。
広い王国内にだって八つしか存在していないのに、小国家群全て合わせても王国の領土面積に及ばない環境で小国にダンジョンが発生する可能性は低い。
それは同時に魔素濃度が低い地方って事でもある訳で、そんな環境だったからこそ人間同士で争い続けられたって背景もある。町が荒廃して人々の生活が立ちいかなくなったなら魔物を呼び寄せる。普段近づかないのは防衛の体制が確立されているからで、それが機能不全に陥ったなら人間は脆い。野生の動物に比べて芳醇な魔力を備えている半面、多くの個体は脆弱なので、魔物にとって容易な捕食対象となる。
今より魔物の脅威に晒されていたなら、シドって国は残らなかっただろうね。
そんな伝え聞くだけの子供達からすると、ダンジョンと、そこで活躍する冒険者は憧れの対象らしい。国が荒廃したことで、多くの冒険者が稼ぎを求めて外へ流れたって背景もある。男の子だけでなく、半数の女の子もダンジョン行きを望んだ。
今の政権が確立して以降、治安維持のために冒険者を招聘して環境が改善した筈だから、その様子を見てきた子供達からすると、尚更に冒険者へ英雄的な憧れがあるのかもしれない。
「そうは言っても、南ノースマークのダンジョンへは連れて行けませんよね」
「何しろ人工ダンジョンだからね。国内でも一部の冒険者に条件付きで開放してる状況なのに、子供であっても他国の人間に見せられないよ」
「それ以前に…、それ以前にダンジョンについて知らないあの子達が、ラマン人工ダンジョンを一般的なものだと認識するのも問題です」
「確かに、子供達が望んでいるダンジョンはあそこにはありませんわ」
上層の魔物部屋は定期的に掃討してもらわないと想定にない生態系が生まれてしまう懸念があるため、常設の討伐依頼として冒険者ギルドに申請してある。冒険者達はその稼ぎと討伐経験を積むためと割り切っていて、冒険する緊張感がないと不評も届いていた。
そんな状況なので、ラマン人工ダンジョンでは子供達も期待する楽しみを得られないと思う。
その反省を生かして、オクスタイゼン領のカスタニダンジョンでは冒険者向けの迷宮を計画している。けれど、国や領主としては鉱石の産出向上も期待したいところなので、低階層な割には強力な魔物蠢く高難易度ダンジョンになりそうなんだよね。
出入りできる階段は作らず、一層には感知型の熱射砲を設置する予定ではあるものの、安全対策に魔物を定期的に間引いてもらわないといけない。冒険者に常駐してもらう必要がある訳で、その調整の為に冒険者ギルドと協議中となる。
「どうせなら見回り用の乗り物を作ろうか」
それで安全を確保できたなら、シドの子供達もダンジョン見学に連れて行ける。
「またレティの思い付きのように聞こえますけれど、おおよその構想くらいはあるのですか?」
「うん。機構としては潜航艇の応用で、ダンジョンの床に浮かべたい」
「なるほど、車輪でないなら路面の状態を考慮する必要がない訳ですね」
「ついでに壁もすり抜けられるから、空洞の狭さも気にしなくて済むんじゃない?」
想定したのは、新造後のカスタニダンジョンでの巡回用。装甲をしっかり固めて、武装を取り付けたならギルド職員でも定期間伐が行える。異常の報告を冒険者に任せるより早期発見が期待できるかもしれない。
カスタニダンジョン改装はまだ先だから、子供達の見学は巡回艇の試用も兼ねられる。
「問題は…、問題は魔力の供給方法でしょうか?」
「うん。あれで、潜行エレベーターの消費魔力って大きいからね。小型であってもダンジョン内での運用を考えるなら余力を持たせておきたいかな」
潜航艇は地中で眠る魔力の回収を前提に開発した。大きな四枚羽根で地面の魔力を搔き集める。けれど、虚属性で魔力を貪欲に取り込む性質を持ったダンジョンでは回収を期待できない。潜航艇も虚属性で魔力を制御していなければ、逆に魔力を吸われてしまって機構が止まっていたかもしれない。
ダンジョン発生の時点で、地中の魔力はダンジョンの一部として支配下にある。ダンジョンなんて、表面に薄く地属性が露出しているだけで、ほとんど魔力の塊だからね。
「ダンジョンだから魔石の採取に困る事はないけど、それだと結局冒険者頼りになってしまうよね」
「昇降機の動力は利用者が用意するのが基本ですからね。ギルドの職員が利用するとなると、期待できませんわ」
搭載武器で討伐した魔物から摘出するって方法もあるけれど、短時間だとしても巡回艇の外へ出るのは危険が大きい。
「それなんだけど、ダンジョン核から魔力を供給できないかな?」
「え? ダンジョンから直接、ですか⁉」
ダンジョン内部で発生した魔素は全てダンジョンが吸収する。なのに魔物が生態を保って、更に魔力を扱えるのは、ダンジョン核から供給しているためだと判明した。ダンジョン内の魔物に魔力切れは期待できない。
接触か、見えない繋がりかって違いはあるものの、戦士国で異常繁殖したゼルト粘体の状態に近い。ほとんど無尽蔵に魔力が供給できる状態にある。
人工ダンジョン開発の過程で、探索において留意すべき新事実が明らかとなっていた。
「魔石を取り込むことでダンジョンが魔物に関する情報を得て、その個体へ干渉が可能になる訳だよね。そのあたりを応用できないかな?」
「繋がりを作れれば、魔力の引き出しも可能って訳ですか。具体的な方法はちょっと思いつきませんけど」
「魔道具の場合は、属性さえ合っていたなら、魔物の種類は問わずに魔力を活用できます。けれど、その魔石をダンジョンに記憶させたところで再現されるのは元の魔物ですからね」
オーレリアの指摘通り、魔道具で活用したからって魔石に刻まれた情報は更新しない。
「もしかすると、ですけれど……」
「なに、ノーラ?」
「先日の人工魔石が使えませんか?」
「あ……。金属塩を結晶化させただけのあれなら、魔物の情報に左右されることもないね」
スライムから抽出した液体ではあるものの、スライムの魔石は別にあるから情報が刻まれている可能性は低い。
巡回艇の情報を魔石へ刻む点については、映写晶の技術が応用できるんじゃないかと思ってる。適切な処理を施した物体へ魔力を含ませると、周囲の情報を記憶する。その情報を魔石へ転写すればいい。
「上手くいくなら、破損した船体をダンジョンが複製してくれるんでしょうか?」
「そこまでは期待できなくても、魔道具とダンジョンが繋げられたならいいんじゃない?制限はあっても、半永久的な魔力供給だよ!」
「ダンジョン周辺の設備を一括で賄えるかもしれません。期待が膨らみますわね!」
あくまで仮説の段階で、実現できるって見込みまでは得られていない。でも、もうじっとしていられそうになかった。新技術を確立できるかもって期待で、子供達の要望に応えるという目的も行方不明になりつつある。
人工魔石の使い道、これはこれでアリだと思いながらも、もっと大切な応用方法を見逃している気がしていたのだけども。
皇国へ通わないといけないし、領主としての仕事も溜まりがちなので、製作はマーシャ達任せになりそうなのが残念だね。
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