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留学生のお迎え

 コントレイルから降りてくる子供達を眺める。今回の留学生は二十人、その全員が緊張した様子でコキオの地を踏んだ。

 飛行列車なんて未知の代物に乗って知らない場所へ来た訳だから、落ち着かないのも仕方ない。しかも都市間交流の一例目、あの子達の行動でシドの今後が決まるのだとか、王国には身分制度があって偉い人の言う事には従わないといけないだとか、散々注意事項を貰って来た筈だからね。


 送迎の運転を買って出てくれたクラリックさんによると、搭乗の際は誰もが興味津々、出発すると空からの景色に大興奮、けれどコキオが近づくに連れて静かになっていったのだとか。


 子供達は引率役の若い役人さんに従って階段を下った。その慣れた様子から、おそらく彼も養護院出身なのだと思う。今回、留学生は全員がグランダイン養護院出身者で占めている。他に優秀な子供がいないとは思わないけれど、慣れない地で孤児と共に行動することで起こるかもしれないトラブルを避けた。


 階段の下では、黒い犬の着ぐるみが迎える。

 緊張をほぐす目論見は上手くいったみたいで、子供達に笑顔が戻ってくれた。少しとぼけた顔をした黒犬は愛らしい仕草で子供達と触れ合って、俯いた顔を上げさせる。ここには巨樹は勿論、目新しいものがいっぱいあるんだから視線を下げたままは勿体ない。強張ったままより、新しい経験に一喜一憂している方が年相応だよね。

 切っ掛けさえ得られたなら、子供らしく周囲へ関心を向け始めた。先導役の青年の制止も届いている様子がない。貴族みたいに礼儀作法を叩き込まれている訳でもないから、こうなってしまうと制御は難しそうだね。


 ところであの着ぐるみ、いつの間にか巨樹近辺のマスコットとして定着していた。普段は主に雲上広場へ向かうエレベーターの前で、子供達の注目を集めている。まさかアレ、うちの駄犬がモデルだったりしないよね? クロに愛嬌ってないよ?


「ああ……、可愛いよねぇ。ちゃっちゃくてわちゃわちゃしてるよ」

「はい。過去に…、過去に苦労した経験があるからか、少し大人びた様子が溜まりません……はぁ」


 全身黒色って、クロと同じ特徴を偶然備えた着ぐるみと戯れる子供達を眺めて、私とマーシャの頬は自然と緩んでしまう。注目する対象は若干異なるけれど。

 心細さを覚えながらも好奇心であちこちへ目移りしている子達に、私が萌えない筈がない。ヴァンも随分大きくなって、あんな様子は見せてくれなくなったから尚更だね。やっぱり、ちっちゃい子っていいな……。


「何度も言いますけど、レティ様もマーシャも、存在を隠す魔道具の効果範囲内から絶対に出ないでくださいね! その緩み切った顔を見せたら、あの子達に避けられますよ」

「大丈夫、大丈夫。私はあの子達を愛でたいだけで、微笑ましい状況を自分で壊すなんてしないから」

「ええ。あの子達の…、あの子達の笑顔が曇るようなことがあったら、私まで悲しくなってしまいますもの」

「心配するのが世間体じゃない時点で、信用できないんだって理解してください……」


 彼等には領地の違いも学んでいってほしいので、ウォルフ領やカロネイア領も実習のコースに入っている。その関係でキャシーも今日の歓迎会へやって来た。今後、お互いの領地を行き来する学生を育てる試金石でもある。

 そんな訳で、失敗させてはいけないと少し神経質になってるみたい。


 同じ目的でノーラも来てるんだけど、彼女にとって子供はどう扱ったものか分からない対象みたいで、一緒に眺めながらわたわたしている。幼少期に同世代の子と触れ合った経験がないので、自分以外の比較対象を知らない。


「こんなところが結婚前とまるで変っていないマーシャは、ケイン君達に恥ずかしくないんですか⁉」

「あの子達が…あの子達がそういった事を察せられるようになる頃には、ケインが世界一可愛くなっているでしょうから、目移りなんてしないと思いますよ?」

「ケイン君もソーニャちゃんも、めちゃめちゃ可愛く成長するんだろうね。楽しみだなぁ……」

「ですよね…、ですよね! 整った顔立ちをしていますから、本当に楽しみで仕方ないのです。どんな子になるのだろうと、毎日想像しています」

「ソーニャちゃんが腕白だから、それを後ろで支える線の細い子になるのかな?」

「一緒に…、一緒に外を駆けまわる元気な子もいいですよね」

「ケイン君とソーニャちゃんと同じ格好をさせるのもいいんじゃない? カッコ可愛い子が二人並ぶよ」

「素晴らしいです、レティ様!」

「違うんです……。あたしが言いたいのは、そうじゃないんです……」


 何故だかキャシーが頭を抱えてしまった。

 子供達の未来が明るいのって、いい事だと思うんだけど?


「相変わらずレティはあんな様子ですけれど、ウォズの気持ちは冷めたりしないのですか?」

「……………………………………困ったところも愛嬌ではないでしょうか? ああした側面もスカーレット様の個性には違いありません」

「欠点だとは思っているのですね」


 沈黙、長かったね。

 しかも、疑問形だった。


 愛想を尽かされたとしても、変えられそうにないから仕方ないかな。可能性の塊である子供は宝で、可愛らしくて貴いものだから、大事にするに決まってる。私にとっては前世からの業でもあるから、今更愛でる選択肢を消すなんてあり得ない。


 ちなみに、未来の侯爵夫人へ向けてのお勉強はお休みしてもらっている。

 文武を両立させて騎士になるって選択肢も示してあげたいのに、中途半端にお淑やかモードのオーレリアではインパクトに欠ける。今日は彼女のカッコよさを強調して、従士隊とお揃いの騎士服での参加となった。


 発着場前の広場に集まった子供達がキミア巨樹を見て固まったところで、私達も席を立つ。存在を隠す魔道具の効果範囲内で待機していたのは、子供達を盗み見る為じゃなくてタイミングを見計らってのものだからね。


「ようこそ、ヴァンデル王国南ノースマーク領へ! 私がここの領主、スカーレット・ノースマーク子爵です」


 後ろから声をかけると、吃驚したまま視線が向く。けれど、驚きで強張っていた表情はすぐに笑顔へと変わった。


「あ、お姉ちゃん」

「ホントだ。赤いねーちゃんじゃねーか」

「前に遊びに来てくれた魔法使いのお姉ちゃんだ!」

「今、領主様って言った? すごい!」


 年嵩の受け入れは皇国の講義の様子を見てからと決まったので、今回の留学生は五歳から十二、三歳くらいまでとなる。年長者はともかく、年少組は私と領主が繋がっていなかったみたい。シドに赴いた際は結構な数の子供達と遊んだから、知らない顔はいない。すぐに空気は緩んでくれた。

 尊敬の視線が混じっているのが心地いい。

 シドの身分制度はずっと前に崩壊した。年長の子であっても覚えているかどうか怪しい。つまり彼等にとって貴族って未知の存在だから、貴族に失礼を働いちゃいけないって注意事項が先行して、領主が私だって説明は伝わらなかったんじゃないかな。偉い人物と気安く遊んだ年長者では、イメージが結び付きにくい。シドの大人達にとっては私も無礼があってはいけない存在だから、領主様は優しいから大丈夫だ……なんて言える筈もない。


 そういった人間関係は滞在中に知ればいい事で、共に学ぶコキオの子供達と交流していくうちに少しずつ身に着いていくと思う。ここには割と多くの貴族が観光に訪れるので、かなり小さな子であっても貴族への態度を知っている。


 学習する前に貴族へ何か無礼を働いたら?


 私が守るに決まっている。意図的に王族へ害をなした事態でもない限り、黙らせる自信はあるからね。

 転移鏡があるからって、こんなタイミングで国王陛下がふらりと現れたりしない事を望む。お忍びの場合は“ジョンおじさん”を傷つけたってだけだから無視するけど。


「ここにはシドにない珍しいものがいっぱいあります。王都にだってない、ここにしかないものも沢山あるよ。だから、それがどういったものなのか、どんなふうに生かせるのか、シドでも作るにはどんなことを知ればいいのか、いっぱい学んでいってほしいと思っています。沢山のお話を持って帰れば、養護院のお兄さん、お姉さん達は喜んでくれるし、皆の友達だってここへ来られるかもしれない。今回の試みが成功だと言ってもらえるように、いろんなことを勉強して帰ってね」

「「「はい!!!」」」


 元気な返事と共に、彼等彼女等の留学生活が幕を開けた。うん、可愛い。


 この後、私はこの子達と領都の名所を一通り巡る予定となっている。至福の時間はしばらく続くね。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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