表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

557/680

閑話 ウォズの貢献

長らく更新を空けてしまって申し訳ありません。

今日から再開します。


今回はウォズ視点です。

「リンイリドさんの決意は理解しました。なら、その志に恥じない行動を心掛けてください」


 ああ、それでこそスカーレット様だと思う。


 眠った獅子に目を覚ますよう諭すどころか、牙をひけらかして大暴れするように唆してすらいる。

 皇国で監察官と言う特殊な立場にある彼女が辣腕を振るえば、古参貴族に抑圧されて自由に動けずいた多くの貴族が息を吹き返すだろう。新しい技術を得て開拓へ舵を切るであろうこの契機に、連綿と続いてきた悪慣習から解放されるとなれば、皇国としては喜ばしい状況でも王国に得はない。

 だからと言って、俺はスカーレット様を止めようとはまるで思わなかった。


 どうして皇国へ無用に利を与えるような真似をしたのか、そんなふうに問い詰めたところで、放っておけなかったから…そんな答えしか返らないだろうと容易に予想できる。

 きっと、深い考えがある訳ではない。

 状況が気に入らないから。

 仕方がないのだと受け入れてしまっている様子に腹が立ったから。

 その程度の理由で、感情的に動いてしまったのではないかと推察できる。王国に戻って追及される頃には、責め立てる貴族や大臣を煙に巻くくらいの言い訳は考えているに違いない。


 そんな無駄に時間を割くより、美しいスカーレット様を記憶に焼き付けておくことの方が俺には重要だった。

 俺に手を差し伸べていただいた時と、瞳の輝きは変わらない。

 美しさより可愛らしさが勝っていたあの頃から、俺にはとってはずっと、スカーレット様はとても奇麗な方だった。義憤だとか使命感だとかに縛られるのではなく、思うままの行動が()()映る。心のままの振る舞いが気高く感じられるので、どうしようもなく心惹かれてしまう。

 年齢を重ねて容姿にはいくらか変化があったが、その芯は変わらない。今も変わらずお奇麗なスカーレット様のままだった。


 それに、今回は相手が女性だったのもあって安心して観ていられた。先日のイーノック様だとか、コンフート令息などの事を思えば、今日はずっと心穏やかでいられる。もっとも、コンフート男爵令息との件をスカーレット様は覚えておられない様子だったが……。

 オーレリア様によると、スカーレット様に特別な何かを言った自覚はないようなので、忘れてしまうことも珍しくないのだと言う。日常会話の延長で、打算もない代わりに誰かを助けようなどと言った高尚な意思もないらしい。そうなると、俺もあの日、ペイスロウ工房の前で再会しなければ…と考えるとゾッとする。

 自分を特別に思ってもらえているので手を差し伸べてくださった―――などと思い上がっていると間違いなく痛い目を見るに違いない。

 実際、コンフート男爵令息の件は記憶に残っていなかった。ノースマーク派閥に所属する男爵家の令息とくらいは記憶していても、彼が何を切っ掛けに身体を鍛えるようになったのかについては覚えがないのだろう。侯爵家の御令嬢なら手の届かない花であっても、子爵として結婚相手を探すならもしかしての可能性もあるかもしれない。そう期待して重ねた己を磨き上げるための令息の努力は、見事に空回った。もっとも彼の場合、努力の方向性を酷く間違えた気もするけども。


 スカーレット様に諭されて、リンイリド監察官の姿勢が変わったのは明らかだった。

 講義への参加を拒否してスカーレット様を精神的に追い詰めようなどと愚かな目論見を働いた者達を毅然と拒絶した様子にはせいせいさせてもらった。参加の時点でスカーレット様の功績の素晴らしさを理解していないなど調べが足りていない。そんな間抜けさを棚に上げて、有用性を遅まきに理解したからと途中参加を願い出る蒙昧へ向ける情けなどない。


「などと思考を止めてしまっては、スカーレット様の為になりませんからね」


 自身の憤慨は横に置いておいて、俺は集団放棄の背景を洗った。

 個人の感情としては許し難い浅慮さだとは思うものの、スカーレット様が気にした様子はない。それなら、俺の憤りを満たすより、彼女の為に状況を利用するべきだろう。


 今回の一斉欠席者は数十人にも上った。これだけの人数が揃ってスカーレット様への不満をあらわにしたとは考えにくい。

 それなりの家格の者も混じっているが、多くは下級貴族や平民が占める。スカーレット様が王国の人間だからと言って、皇族が推進した学びの場には違いない。彼等が徒党を組んで非難する状況だとは思えなかった。


 案の定、調べを進めると中心となって唆した者達が浮かび上がった。

 一人はレゾナンス侯爵家の令息。第三皇妃の実家で、王国に対して弱腰な皇族の方針を漏れ聞いたのかもしれない。スカーレット様を貶めることで皇王を批判する意図があったとも考えられた。

 もう一方も同じく侯爵家で、古参であるくらいしか取り柄のない落ち目のアンハルト家の令嬢。古くは皇国統一に貢献した武門の家系ではあるが、もう何代も騎士すら輩出しないほどに没落した。ならば官人家系に転向したかと言うと、そんな事実はなく、大臣どころか国の中枢で働く親族もいない。令嬢は学園に所属していても実績はなく、見目がいいくらいしか評価できる話が出てこなかった。容姿への嫉妬も、動機の一つではないかと疑っている。

 レゾナンスとアンハルトは派閥を別にしていたが、スカーレット様を否定すると言う一点において協調してみせた様子だった。


 見せしめにするならアンハルト侯爵家だろう。残念ながら、レゾナンスに対抗するとなると大規模な政争となる。

 けれど困ったことに、アンハルトの御令嬢から再受講の申請はなかった。

 皇国の発展から取り残されるとしても、一度翻した立場を取り消せないと言う意思表示なのかもしれない。貴族に名を連ねたところで、その矜持もその重みも把握していない俺にはまるで理解できなかった。まさか、あれだけ話題を呼んでいる講義の価値を理解していない、なんてことはないと思うのだけれど……。


 そうなると、連中の顔を潰すには他の方法を頼らなくてはいけなくなる。

 そこで俺が目を付けたのは処分保留となっている下級貴族の子息令嬢や、ストラタス商会に対抗すべく新技術を欲している商家の後継者候補達だった。


「彼等の途中参加を再検討してほしい?」

「はい。彼等は侯爵家からの強要や圧力に逆らえなかった者達です。ひとまとめに処分してしまうのは厳格が過ぎるでしょう」


 俺は掬い上げる学生を一覧にするとリンイリド監察官へ交渉を試みた。想定通り、彼女は困惑の表情で俺を迎える。

 彼女としては、徹底して皇族の威光を知らしめる目的があったのだから当然だろう。


「なにも、彼等の立場に同情したと言う話ではありません。けれど、彼等は技術力で後退している自分達の状況を憂い、喫緊に新理論の習得を必要としている者達です」

「彼等がおかれた立場は把握しています。それが分かっていながら扇動に従ったのですから、処分は当然でしょう」

「ええ、その通りです。だから、()()()()()()()()()()()()()。処分の軽減をお願いしている訳ではないのです。むしろ、きっちりと罪を追求するべきでしょう」

「……? そのために途中参加を禁じたつもりです。彼等の場合、家での立ち位置や家の趨勢に関わります。ですから、それで十分な罰となるのではないでしょうか」

「いいえ、足りていません。皇族の方々が用意した教育の場に泥を塗ったのですから、きちんとした謝罪の場を設けるべきです。皇族の皆様に対しても、スカーレット様に対しても」


 その時の態度で見極められる。追い詰められて仕方なくの謝罪か、愚かな行いを省みて誠心誠意償いを受け入れるのか。

 一覧の半数くらいが篤実さを見せてくれるなら儲けものだと思っている。


「しっかりと謝罪した上で、途中参加の禁止を考え直してほしいと望むなら……、お優しいスカーレット様は絆されてしまうかもしれません」

「……彼等に恩を売るのですか?」

「そちらにとっても悪い話ではないでしょう? 派閥から切り捨てられた彼等は新しい庇護者を欲しているのですから」


 こんな馬鹿馬鹿しい方法でスカーレット様を貶めようとした貴族が、賛同者が被った損害を補填するとは思えない。苦情を跳ね除けて幕引きにするのは予想できた。

 そして、貴族は恩を受けた相手をぞんざいに扱えない。軽々しく裏切ったなら、恩を仇で返す貴族だと噂になって立場を失ってしまう。そんな貴族と付き合いを続けようとは誰も思わない。恩に見合った報礼を完遂するまで、恩義ある相手に縛られる。

 更に、恩が明らかなら派閥を変える申し開きもできる。現派閥の上位者に軽く扱われたなら尚更だろう。かと言って、王国貴族のスカーレット様では庇護者になり得ない。そうなると必然、彼等の受け入れ先はリンイリド監察官達となる。

 勿論、リンイリド様達皇族支持層はこの国の主流派で、弱者を顧みない派閥から逃れられて、しかも一度は手から離れた筈の学びの機会まで与えられる。ここまで利点があるなら、多少の不名誉はあっても天秤がスカーレット様に傾いてもおかしくない。


 ついでに、両侯爵家と取り巻きの近しい貴族が謝罪を受け入れる筈もないので、その連中を厳しく罰する理由付けにもなるだろう。首謀者より唆された側の方が負担が大きいと言う、おかしな状況を覆せる。少なくとも、問題を起こした子息の廃嫡くらいは強要させられると思う。


「取り締まる立場の監察官が救いの手を差し伸べたのでは不正となります。しかし、今回の場合は許すのがスカーレット様ですから、職権の乱用を追求される謂れもありませんよ」

「しかも、私を唆しているのは貴方ですから、万が一この密談が漏れてもスカーレット様の名に傷はつかない訳ですか」

「あの人にこんな悪だくみは似合いませんから」


 決して苦手な訳ではないけれど、十分な影響力を持っているから小細工を必要としない。

 それでも、スカーレット様が作ったこの状況を、俺としては最大限に生かしておきたかった。あの方を疎む勢力を抑えられる存在を大陸中に配置しておきたい。特に皇国で協力者を増やしておくことは、スカーレット様の突発的な思い付きを実現する手段を増やせることでもある。


「あのスカーレット様に伴われるだけあって、貴方も十分に怖い人ですね、ウォージス様」

「評価していただけるのは光栄ですが、過度な警戒は必要ありませんよ。あの人に不利益をもたらさない限り、俺は決して敵には回りませんから」


 これはあくまでも俺の都合で、こうした暗躍をスカーレット様に評価してもらうつもりも、知らせるつもりもない。あの方のために働いていると言う、俺の自己満足に過ぎないだろう。

 貢献度で好悪を決める人でもありませんからね。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきますので、応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ