成り上がり貴族の煩わしさ
皇国に魔塔を作るにあたって、ディーデリック陛下にも許可をもらってきた。王国の威光を示すいい機会だからと賛成してくれている。面白がっている様子でもあった。公式にも第十四塔として手続きを進めるんだとか。
講義が終わればハイさよならって訳にもいかないので、技術の浸透を見守る必要もある。そこまで私に皇国へ入り浸らせる訳にはいかないので、別の人材を送り込む。その滞在場所としても丁度いいと考えているんじゃないかな。
私の不在時もアリバイ作りの為に滞在を続けるキリト隊長達の部屋も、しっかり確保できた。むしろ、現状では余るくらいだからね。
当面、私は第十四塔長に就任する事も決まっている。一時的に魔塔へ所属する書類も書かされた。研究機関に爵位を持ち込むと、塔内の序列以外の上下関係が発生して混乱の素となるから、あくまで一時的な処置だけど。
魔塔の構成は全て十三階建で、新しい魔塔もそれに倣っている。外壁色もシンボルもそのままだから、魔塔の実物を見た事のない皇国人も噂通りだってすぐ気付くんじゃないかな。
ウェルキンの搭乗口の他、反重力エレベーターや空間拡張した実験場フロアなんかも完備してある。設備は本家より豪華だね。折角なので、ウェルキンの研究室の一部を移設する予定もあった。見た目重視の張りぼてにするのも勿体ないし。
とは言え、塔の外観は完成しても内装までデザインする余裕はなかった。宿泊するには寝具や日用品、いろんなものが足りていない。そのせいでフランがやる気になっている。私の生活空間を整えると聞いて、ベネット達古参のメイド陣もコキオからやって来た。たとえ滞在が一時的で基本は領地から通うとしても、私が寝泊まりするかもしれないってだけで、よく分からないこだわりがあるらしい。
まあ、研究に没頭して転移鏡をくぐる手間を惜しむ可能性は否定しないけど。
「あ、ウォズ待って」
当たり前みたいに作業へ混じろうとしていたウォズを止める。
「スカーレット様、どうかされましたか?」
「ウォズは貴族になるんだから、いつまでも使用人みたいな真似してちゃ駄目だよ」
「あ」
自覚が行方不明だったらしい。
気軽にお使い頼んだ私が言う事じゃないかもしれないけれど。
「特にここは他国だから、私の補佐と言う立場は使用人みたいなものなんだって侮られるよ」
「……そうでした。何もかもを任せてしまうのはどうにも慣れませんね」
「貴族って細かい立ち振る舞いも要求されるものだから、普段からしっかり心掛けないておかないと」
ウォズの側近は基本的に商会の幹部をそのまま取り立てている。業務は商会の運営が主になるから差し支えないとして、身の回りのお世話となると主人共々経験が不足する。ストラタス商会自体、ウォズが叙爵を目指す前提で設立したから心構えはあるみたいなんだけどね。
御曹司なので食事の用意や掃除洗濯を任せるのは抵抗を覚えない様子でも、着替えとなると勝手が違うらしい。部屋着くらいなら自分で脱ぎ着しても、正装となると全てを委ねるからね。
前世がある私も昔は随分戸惑った。お貴族生活十数年、剥かれるのも丸洗いされるのも磨き上げられるのもすっかり日常へ変わっている。プロの仕事に私が手出ししたところで、邪魔にしかならないって散々学習したよ。
それに、そういうところから慣らしておかないとさっきみたいに咄嗟に雑務へ手が伸びてしまう。
「ウォズはこう考えればいいんじゃない? 彼等はお世話の専門家、任せておけば問題ないし、邪魔するのはその技能を習得した苦労を軽んじるのに等しいって」
「なるほど……、意識してみます」
しばらくは無意識で体が動く日々が続くだろうけどね。
ちなみに、ウォズの側仕えは貴族に出仕経験のある人材を実家の紹介で雇っている。ウォズにとっては立ち振る舞いの先生でもあるらしい。護衛は元金剛十字で、グラーさん達同様の転向組だね。
翌日、第十四塔に泊まったような顔して下に降りると、既にリンイリドさんが待っていた。今日はカムランデ学園の中を案内してもらう約束になっている。数日は私が生活の環境を整えるために確保してくれていたみたいで、すぐに講義の予定はない。
転移鏡があるから、実際のところ生活の場を移していない私は慣れるも何もないけど、いきなり学園長が更迭された混乱を収める必要があるんじゃないかな。
「昨日は本当に申し訳ございませんでした」
「ロシュワート皇太子からも謝罪がありましたし、そう何度も頭を下げなくて構いませんよ」
「いえ、皇太子殿下の謝罪とは少し趣旨が異なります」
「と言うと?」
「私が案内役だったことも、侮られた一因だったのだろうと思っています」
リンイリドさんは子爵、学園長だった女性は元伯爵、上下関係は発生する。
「爵位の序列が絶対的な影響力を持つ、と言う話でもないんですよね?」
「はい。スカーレット様は私の身の上をご存じですか?」
「貴族の家に生まれた訳ではなく、実績を重ねて爵位を賜ったと言うくらいは知っています」
皇国へ来るにあたって、主要人物の概要は把握している。帝国のようなあからさまな敵対関係がないとは言え、油断できない大国として諜報部も調査を怠っていなかった。
特に彼女は第五皇子の懐刀、脳筋の皇子が今でも皇族でいられるのは彼女の活躍あってと言われている。昨日の対談で私も実感した。己の至らなさを自覚しているヘルムス皇子は皇太子の決定を疑わない。それを彼女にも適用させるのだとしたら、皇子の武功の裏には常にリンイリドさんがいる。
「実績を認められたと言えば聞こえがいいですが、つまりは成り上がりです。血統を重んじる皇国貴族からすると、私はどうしようもなく受け入れ難い存在なのです。しかも皇族の方々に重用されていますから、古参からすると余計に腹立たしいのでしょう」
王国でもそうだけど、歴史ある大国に新興貴族なんてほとんど存在しない。ヒエミ大戦を例外とすれば、貴族に取り立てられるだけの戦功が手に入る事態は数百年に渡って起きなかった。同様に評価されるべき文勲は、何故か貴族の間で軽んじられる傾向がある。王族や皇族に取り入った点数稼ぎとでも考えるのかもしれない。
だから、魔眼って分かりやすい美点を持ったノーラも戦場に立った。蛮行を働いたエッケンシュタインの一族が再び家を立ち上げるには周囲へ説得力を示す必要があった。
その意味ではウォズがこれから背負う辛苦で、リンイリドさんが潜り抜けてきた艱難なのかもしれない。
「もしかして、お役目を降りられるつもりですか?」
「その選択も検討するべきだと思っています」
「皇王陛下や皇太子殿下はどう仰っているのです? ヘルムス殿下はともかく、必要と判断したなら彼等から通達があるのではありませんか?」
「今のところ、何か命じられた訳ではありません。しかし、スカーレット様はご不快ではありませんか?」
何故と聞き返そうとして、彼女が私の人となりを詳しく知っているのではないと気が付いた。多少の破天荒さは聞き知っているのだとしても、内面の問題となると推測も混じる。主義主張については一般論から導き出す他ない。
そして私は侯爵家に生まれた。古参貴族の思想を引き継いでいるのだと考えても無理ないかもね。
皇族はこれ以上の失態を恐れている。そこへ来て、私が表に見せないまま成り上がり貴族と行動する状況へ不満を抱いていたら…、そんな不安を覚えてリンイリドさんは沙汰を下してもらいに来たってところかな。
「実は……、私は孤児なのです」
何も問題ないと伝えようとしたら、思ってもみない情報が飛び出してきて驚いた。確かに、元孤児の貴族は珍しいし、人によっては印象が変わるかもしれない。
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