十四番目
早速ウォズに素材の調達を依頼する。
「お任せください。半日で揃えてみせます」
普段とは環境も違うのに頼もしい。ウォズも学園長のあんまりな対応を腹立たしく思っているようだった。いつもより威勢がある。
ちなみに、学園長は何が面白いのか高笑いしながら去って行った。してやったとでも思っているのかもしれない。リンイリドさんは学院を警備する騎士達に彼女を拘束するよう指示を出して、すぐさま皇城へ戻って行った。対応を間違えると王国との間に亀裂が入る。
学園のトップがいきなりやらかしてくれるとは思ってなかっただろうから、彼女も慌てただろうね。心の準備はまだだったに違いない。
何もない空き地に取り残された私は、飛行ボードでウェルキンに戻った。これ以上あの場所にいて、余計なちょっかいを駆けてくる学生とか現れたらリンイリドさん達に迷惑がかかるからね。遭遇したなら撃退するとしても、私の方から騒ぎを大きくしようとは思わない。
車で移動する私達を、ウェルキンは空から追ってくれていた。子爵家専属運転士としてあちこち連れまわしてるだけあって、多分王国で一番腕がいい。下方を確認しながらついてくるくらいは何でもないみたい。建造物を設計する必要もあったから助かるよ。
使うのは当然、構築の魔法陣。
テント生活なんてしなくても、材料が揃い次第完成するからね。王国様式の建物をご所望だったみたいだから、景観に合わない事を気にせず応えてあげよう。
幸い、魔法陣の使用に最も重要なキミア巨樹資材は持ってきてある。何かしらのトラブルは起こると思っていたから、思いつく限りの素材を後部車両に積んできたんだよね。一部買い足しは必要だけど、その気になれば飛行列車だって作れる。人員も欲しいなら転移鏡で迎えに行けばいい。
設計図を完成させて下へ降りると、人が集まってきていた。
ウェルキンは目立つし、資材を降ろしたものだから、見た目から想像できる以上の搭載量を目の当たりにして話題を呼んだらしい。加えて、謝罪に来たらしい皇族の姿も見える。
「この度は本当に申し訳ない。まさか、学園長ともあろう者があれほど愚かな真似をするとは思っていなかった」
「謝罪が必要ないとまでは言いませんけれど、次回以降は書面で構いませんよ」
やってきていたのはロシュワート皇太子だった。皇王が城を離れられないのは当然として、彼が出てきたなら今回の件をかなり重く見ている。筋肉と魔物オタクの姿も見えた。
皇族が移動するとなると、どうしたって人目を惹く。割と自由なヘルムス皇子達ならともかく、皇太子が謝罪の為に足を運ぶ姿を何度も見せていると王権が揺らいでしまう。皇国貴族の暴走だとしても、見ている国民はいい感情を抱かないだろうからね。
私はこの国を無闇に刺激したい訳じゃない。
「そう言ってもらえると助かるよ。度が過ぎた場合の賠償と、仕出かした者達の厳罰は約束しよう」
「我慢の限界を超えたときには、皇城へ直接乗り込みますね」
「あ、ああ……。そうならないように励ませてもらう」
返事をする顔が引きつっていたので、本当に恐れているらしい。もしかすると、ワーフェル山の映像を手に入れているのかもしれない。
「それで、彼女の処分はどうなりましたか?」
「爵位を剝奪、学園も解雇、カムランデへの立ち入りも禁止した。監視もつけてあるから、君の前に現れる事もないだろう」
「皇族の面目を潰した訳ですから、妥当なところでしょうね」
「本人はまるで分っていない様子だったがね。なんでも、学園を統括する立場として魔塔に対抗意識を燃やしていたそうだ」
「訳が分かりませんね。私は魔塔の研究員ではありませんよ?」
「知っている。しかし、彼女にとっては王国人と言うだけで同じものだったのだろう。学園こそが至高だと分別をなくしていた。学園の長にまで上り詰めて、増長していたとも考えられる。政治が立ち入り難い場所でもあるのでね」
予算の分配や計画の承認にはある程度の専門知識を理解する必要がある。人間関係や実績が大きく影響するとは言え、まるで門外漢がトップにいたのでは周囲が困る。
王国でも魔導技術省で働くためには試験を突破する必要がある。皇国でも似た条件だったらしい。特殊な人材で替えが効きにくいから、多少の無茶も許されると思っていたのかもしれない。
「基礎研究の模倣を主導していた筈ですよね? 成果が上がらない事を周囲に責められて私を逆恨みしていたのでしょうか」
「そうだとしても、君に無礼を働いていいと言う理由にはならない。伯爵家出身という程度の立場で、思い上がってくれたものだよ。俺の寿命が縮むかと思った」
伯爵って上級貴族なんだけど、私と敵対する事態と比べると軽いみたい。
「後任は決まっているのですか?」
「当面はペテルスに任せる。人格的に問題はあるが、能力は申し分ないのでね。派閥を形成して争っているらしい学園の有力者は、現時点で信用できないと判断した。この機会に監査させてもらう」
あ、それでスライム皇子が一緒だった訳だね。
監査と聞いて、集まった学園関係者の何人かが青くなったのも見えた。そそくさと去っていくけど、全部見られていると思うよ。
「それで、貴殿はこれから何を始めるのだ? 意気揚々と喧嘩を買ったと言うから、何か派手な事をやらかすのだと思って見学に来たぞ!」
「申し訳ありません、スカーレット様。面白がって付いてきてしまいました」
筋肉皇子は野次馬らしい。彼に被検体以外の何かを、学園で期待できる筈もないけど。
「俺もその点は気になっている。邪魔をする気はないけれど、概要くらいは聞かせてほしい」
「この土地を好きにしていいと聞きましたので、長期滞在するのに都合のいい建物を作ろうと準備しただけですよ。建築はすぐに終わりますけど」
ここで会ったなら、ついでに許可を貰っておこうと設計図を見せると、ロシュワート王太子の顔が再び引きつった。
「こ、これを、ここに建てるつもりかい?」
「ええ、私の滞在場所に相応しいでしょう?」
「た、確かに一理ある。大使館のようにこの場所を他国と設定するなら、瑕疵ある我々が外観に口を挟める筈もない。しかし……」
皇太子ともなると王国の有名建築物を知っていたみたいで、設計図と睨み合ったまま懊悩を始めた。転移鏡でちょっと王城へ行ってきて、借りた設計図ほとんどそのままだからね。
「今回、被害を受けたのは私です。陰湿な嫌がらせ程度ですが、こういった行為に対して徹底的に抗う意思を示しておかなければ、侮られます。弱気な態度を見せてしまえば、似た事態が頻発するでしょう」
「皇国が教わる姿勢を見せたことに反発している連中だからね。嫌がらせが許されると思い上がれば、君の方から逃げ帰るように仕向けるかもしれない」
「ええ、それこそが皇国の為だと思い込んでいるならあり得るでしょう。それなら、ここで敵対する意思を削いでおいた方が今後の為だと思います」
「君の言い分は理解できる。しかし、これは……」
よっぽどデザインが受け入れられないらしい。
でも、これを押し通すくらいの姿勢を見せておかないと後が面倒だよ?
「……仕方ない。貴族達を止められないこちらの不手際と考えれば、このくらいの存在感は必要なのだろう」
「ありがとうございます。では、早速」
皇太子が折れると同時に、私は魔法陣に魔力を注ぎ込む。
準備自体はウォズが人を雇って進めてくれていた。魔道具と組み合わせた中核部分以外は既存技術なので、現地人に触れられても問題ない。
魔法陣が強く輝くと、積んである資材を飲み込んで設計図通りの建造物を構築していく。土台を形作った後は、上へ上へと威容を伸ばす。皇城と違って外観だけの吹き抜けになっていたりしない。オリジナル同様に各階に部屋を作ってある。最上階にはウェルキンの搭乗口を設置したけど。
この場に集まった皇国人全員が、みるみる巨塔が完成する様子を呆気にとられながら見上げている。
けれど、皇族以外はこの塔の名前を知る由もない。
王国で王城に次いで有名な建造物。つまり、魔塔。王国最高峰の研究機関を指す言葉であると同時に、月と杖をシンボルとした十三の巨大な黒塔。
その十四番目が、皇都カムランデに現出した。
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