皇国の洗礼
目的を忘れてスライム話にばかり興じている訳にもいかないので、適当なところで切り上げてリンイリドさんの先導に従った。ちなみに彼女は、皇族と食卓を囲める立場にないと席を外していた。食事中、ずっと物欲しそうにしていたグラーさん達にもお弁当を用意してくれている。
皇国の学術施設は街の外周部にあり、城からは少し遠い。研究の過程上、景観を損なう施設が必要となる事もあるので外側へ追いやられている。カムランデの拡大に伴って、施設も敷地を広げてきた。
広さを誇る皇国だから、ゆったりスペースを活用できているんだろうね。私も、コキオを開拓していくらでも研究設備が作れるとなった時にはワクワクした。
内部空間の拡張もしていない普通の車で移動って久しぶりだね。特に最近では徒歩以外の陸路の移動もすっかり減った。
「元は公園があって、その周りを研究施設が囲んでいただけだったのです。けれど徐々に規模が大きくなって公園は目立たなくなり、他の教育機関や寮、そこに暮らす人々の生活を支える店舗などが寄り集まって町を形成しました」
「そのすべてが学園と呼ばれている訳ですね」
「はい。今となっては元の公園があるからなのか、複数の教育機関が集まったからの名称なのかはっきりしません」
カムランデで学ぶとなるとここを差す。
幼年学校から学術探求機関まですべてが集約されているらしい。騎士学校までがここにある。通うとなるとカムランデ内でも車で一時間以上かかる場合も多いから、寮やホテルも充実している。主に貴族の子だけを対象とした学院とは規模がまるで違う。王国の学院みたいに通学義務はないのだけれど、箔付けの為に多くの貴族子女も集うのだとか。
「スカーレット様にはこちらに滞在していただき、十七番講堂で指導していただきます」
講堂と言われて車外を見ると、それらしい屋根がいくつも見えた。少なくとも十七で打ち止めとは思えない。
「申し出はありがたいのですが、長期滞在に備えて研究の設備も移送してきています。安全の為にも機密保持の為にも外へ出す訳にもいきませんので、ウェルキンでの生活を許可していただけますか?」
「ウェルキンと言うとこちらまで来られた飛行列車ですよね? スカーレット様が持ち込まれたものについてこちらから制限はできませんし、空を飛ぶことについての法規制もありませんから、自由にしていただいて構いません」
「ありがとうございます」
そうでないと、私が不在になる際の理由付けができないからね。
飛ぶのに制限がないなら、街での移動にも活用させてもらおうかな。知らない街で迷子になるとかカッコ悪いし。
「ようこそ、ノースマーク子爵」
車を降りると、熟年の女性が迎えてくれた。リンイリドさんの紹介によると学園長、ここの形態からすると区長くらいの立場にいる人らしい。
ただ、挨拶しながら目は笑っていない。
私を子爵と呼んだのは様付けしたくなかったからだろうし、爵位が暫定的なウォズは見ようともしなかった。礼儀を逸しているほどでもないのでリンイリドさんは反応しなかったけれど、悪意は伝わった。歓迎の意思なんてないのだと分かる。
商売の世界では珍しくないのか、ウォズは気にした素振りを表には出さなかった。
なるほど。
実は、フェリックス皇王達との話し合いには続きがあった。
私の訪問は皇族が望み、実質上の降伏の意思もある。今の王国に武力を向けられるくらいなら、大国に君臨する身でありながら技術供与を願った情けない王と言う評価も受け入れると。
その表明に嘘はないと思う。
けれど、その方針も皇族内での話。皇国の総意じゃない。
一応は貴族の賛成も得て私の招聘を決定した。けれど、納得できていない者も多いのだと言う。命令で内心までは従えられない。
皇族は様々な調査結果をもって不戦を選択したけれど、同じ精度の情報を全ての貴族が得られる訳じゃない。若干夢物語的な私の噂を、誰もが信じられる訳でもない。
気位が高いって言うなら尚更だろうね。他国人に教えを乞うなんて我慢がならない。王国なんかに教わる事なんてないとまで思っているかもしれない。私はただの魔導兵器ってくらいの認識かもね。
内心で歯噛みしているだけならいい。態度に少し漏れ出てしまうくらいは許してもいい。けれど皇王の懸念は、貴族達が何らかの行動を移すことにあった。直接危害を加えるのは考えにくい。私は正式な国賓、何かあったなら国際問題となる。皇王が開戦は避けたとしても、多大な賠償金が発生して国が損害を被る。実力行使に出るまでの心配は皇族一同もしていなかった。
それでも、陰湿な嫌がらせや誹謗くらいは向けてくるかもしれない。
皇王からの懇願は、その時の処分を皇国側に任せてほしいと言うものだった。
私は国賓なので、嫌がらせや暴言であっても国家間の問題にできる。責任は監督不行き届きの皇国側にある訳だから、十分賠償を求められる案件となる。それを曲げて、皇国で処理させてほしいと言う。
隠蔽しようって話じゃない。その証拠に、王国への報告については止められなかった。皇国側からも、私へ向けた振る舞いとその処遇について細かく伝えると言う。
賠償については、先だって講義の対価に含めてあると言われてしまった。随分大盤振る舞いだと思ったら、前払いだった訳だね。
おそらく、むやみに貴族を減らしたくないんだと思う。
ついでに、この機会を利用して綱紀粛正したいってところかな。発展で後手に回った以上、これまでの選民意識のままではいられない。今後も難しい舵取りが続くと考えれば、長期的な意識改革に取り組む判断を迫られる。
私って異物を利用して、旧態依然とした貴族を炙り出したいんだろうね。とは言え、王国へ配慮してあんまり苛烈な処罰を下すと反発を招いてしまうものだから、その調整の為に裁く権利は確保しておきたい。
思惑は透けて見えたけど同意しておいた。いちいち王国へ量刑を相談するのも面倒だし、頻発する揉め事で皇国が弱体化するのは王国も望んでいない。
私が許せる限りって条件は付けたし、魔物素材の優先的購入権と独自発展技術の情報開示も認めさせたしね。
で、いきなり懸念は的中した。
滞在場所として案内されたのはだだっ広い空き地。管理の為らしい掘っ建て小屋が見えるくらいで、お屋敷なんて建っていない。
「学園長、これは一体どういう事でしょう……!」
私よりリンイリドさんが怒りを滲ませた。
彼女は私達の接遇役。ヘルムス皇子と関わり深い人物として、皇国の立場を示している筈だった。彼女が歓迎の態度を崩さない以上、皇国として私を冷遇する意思はない。
「残念ながら、見上げるだけで首が痛くなるような王国の建造物には詳しくないものでして。講師殿がここに好きな建物を作られてはいかがです? どれほどかかるか分かりませんが、それまではテントででも生活すればよろしいでしょう」
その表明は、見事に無視された。
凄いよね、私を貶めたいって感情ばかりが先行して、国に泥を塗っていると気付いてない。現在進行形で恥を晒していると気付くべきだと思う。そんな頭があったらこんな真似してないだろうし、すでに手遅れだけど。
「ここを好きに使っていいのですね?」
「あ、ああ。ここは計画がまだ埋まっていない場所ですから、ご自由にどうぞ。そう言えば、王国では地面の下の暮らす習慣もあるのだとか。存分に穴掘りでも頑張ってください」
呆れた私の反応が薄いものだから拍子抜けした様子だったけど、言質はとった。思うままに腕を振るわせてもらおう。
学園のトップがこれなら、早々に挿げ替えられるのは悪くないんじゃないかな。末端がちまちま嫌がらせに来るより話が早い。丁度いい見せしめにもなる。
「申し訳ありません、スカーレット様! すぐに別の建物へご案内しますので、少しだけ時間をいただけませんか?」
「いいえ、結構です」
「え、しかし……?」
接遇役の当然の反応として、代替場所を探して動こうとしたリンイリドさんを私は止める。
ここで私の対応を見せつけておけば、後に続く連中も少しは減ると思う。王国の魔導士は戦場で活躍するだけじゃないんだって知らしめられる。大人しい聖女様なんていないんだって知ればいい。
さて、売られた喧嘩は高く買わせてもらおうか。
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