いきなり降参宣言
謁見の間で二、三挨拶を交わした後、長い廊下を通って面談室へ移動する。あんまり私を貴族の視線に晒しておきたくないらしい。
ただ、移動がいちいち遠いのが難点だね。広さを強調している分、それぞれの場所への距離が長くなる。
「この国に、利便性は必要ないのでしょうか……」
歩きながらウォズがポツリとこぼす。移動を苦に思わないとなると、飛行ボードの需要に関わってしまう。
「走れば問題ないだなんて、ヘルムス皇子みたいなことを皇国全体が考えるならちょっと困る事になるかもね」
「ええ……。計画の見直しが必要かもしれません」
「だけど皇子も飛行ボードに興味は示していたし、必要とされないって事もないんじゃない?」
「もの珍しさや遊興用だけとなると、前提条件が変わってきますね。滞在中に皇国人の気質を見極めておくべきでしょうね」
私としても、せめて城内くらいは動く歩道を設置したい。
「なるほど、それはいいですね。反応を見る為にも提案してみましょうか」
「うん……、ただ、ね」
「どうかしましたか?」
「その場合、喜んで逆走してそうなヘルムス皇子を想像したよ」
「あ、ああ……」
実用化の目途が立ったなら、彼専用のルームランナーでもプレゼントしておいた方が衝突事故を避けられるかもしれない。強化魔法を使用しながらトレーニングできる性能なら、一部王国でも需要がありそうだし。
もっともその手の常時稼働型の魔道具は、人工魔石の開発でも成功させて魔力供給問題を解決しないと難しいんだけどね。私が開発を連続したせいで魔導変換炉では供給が追い付かなくなってきてるから、このままだとキミア巨樹のある南ノースマーク専用技術になってしまう。
などと雑談しながら向かった応接室では、すでに皇族が揃って待っていた。これ、もしかして時間を稼ぐために迂回させられてない? 時間を潰すなら、展望階へ行くなり観光を楽しみたかった。
それだと逆に、皇族の方々を待たせるから仕方ないのかもだけど。
「改めて時間を割いてもらって感謝する。子爵とは、皇国の方針を擦り合わせておきたいと思ったのだ」
そう切り出すフェリックス陛下と共に来ているのは皇太子とホスト役のヘルムス皇子、そして皇子が二人と皇女が一人だった。謁見の間時と比べると随分減った。全員が国政に携わっている訳じゃないのかもしれない。
「まず、最初に明言しておこう。私の治世において、王国に攻め入る予定はない」
「父上だけではありません。俺もそんなつもりはまるでありませんよ」
「それは……、私が聞いてしまっていい話なのですか?」
皇王に続いて皇太子まで当たり前みたいに語るものだから、それでいいのかと不安を覚えてしまう。私、他国の人間だよ。
「私やロシュワートの意向がどうと言う以前に、戦争など起こせないのだよ」
「そんな恐ろしい真似はできないと言っていいでしょう」
「恐ろしい?」
「王国と帝国の対立、我が国は関わるつもりはなかった。詳細は掴めなかったが、呪詛技術を使って帝国が何やら悪辣な兵器を開発したらしいと判明していたためだ」
「帝国の新兵器……呪詛によるダンジョン化の事でしょうか?」
「ああ、その通りだ。どういったものかを把握したのは貴国が損害を被った時だったがね」
つまり、ワーフェル山の事件が起こる前から何かしらの兆候は拾っていたと言う事らしい。諜報能力において王国は大きく後れを取っているね。
「かつての大戦時とは状況が変わってしまった。同じように介入すれば、帝国はあの兵器を我々にも向けただろう。しかし、あの兵器を前に我々は対策を講じられなかったのだ」
「そこで、俺たち皇国は静観に徹し、介入するなら王国と帝国が潰しあった後と決めた。しかし、その結果は子爵の知っている通りだろう」
どこかの誰かが戦争を三日で終わらせた。
開戦の報が皇王のもとに届いた頃には、戦後処理の真っ最中だったと思う。介入も何もない。
「すぐに詳細を調べさせて震え上がったよ。帝国を圧倒する新兵器群、帝国が頼みの綱としていた呪詛兵器は発動すら許してもらえず、我が国も頭を悩ませていた墳炎龍すら討伐した。しかも、その中心にいたのは一人の少女だと言う」
「ヴァンデル王国に魔導士が誕生したとは聞いていた。とは言え、皇国としてそれほど注目すべき事柄とは思っていなかった。その時点では、だ。しかし、墳炎龍の討伐、消滅したワーフェル山、調査結果を聞いても現実だと受け入れられないほどだった。しかし侵攻を受けた帝国の惨状を聞いて、あれが我が国へ襲い掛かったらと危機感を抱いた」
帝国の惨状と言うと、液状化、風化の魔道具で無力化したやつかな。威力を絞った臨界魔法で穴をあけた覚えもある。
皇国には魔導士が二人いるから、その情報を得るまでは私に脅威を覚えていなかったってところだろうね。
「技術的に後退していると言う話では済まない。もしもこれからの研究で技術面が追い付いたとして、其方一人を攻略する方法が思い浮かばない」
「私は別に軍属という訳ではありませんから、今度も前線に立つとは限りませんよ?」
「それでも、王国が劣勢となっても関わらないという話ではないだろう。つまり、我が国がどれほど優勢に事を進めようと、一手で盤面をひっくり返される可能性がある訳だ。それにも関わらず侵攻を目論むなど徒労でしかない」
「加えて、君と言う切り札を備えた王国軍の士気は高いものとなるでしょう。それを突破しなくてはならないと言うのは生半可な戦力では実行できないのですよ」
なるほど、私が何かしなくても防衛装置として働いているんだね。
それで防衛予算が浮いた分、私の研究に援助してくれたりしないかな。
「国にもたらす利があって初めて戦争と言う選択肢が生まれる。しかし、王国に対して其方の脅威を上回る利益を想像できない。更にその大魔導士殿本人を招いておいて、こちらの思惑を勘繰られるのも居心地が悪い。そこで、こちらの意思を素直に明かしておこうと思ったのだよ」
「ヘルムス皇子も賛成なのですか?」
何も考えずに突撃してきそうな印象があるんだけど。
「吾輩にはそのあたりの状況判断ができん。だが、兄が言うならその通りなのだろう。ならば、その判断に従うまでだ。無駄に兵の命を散らせる気はないからな。暴れたいなら魔物でも狩りに行くさ」
頭を働かせない分、指示には大人しく従うらしい。
彼と皇太子は母親が違う。ヘルムス皇子は皇后、皇太子は第二妃の子と聞いている。普通は皇后の子息が皇位を継ぐところ、長兄は真実の愛に目覚めて、その次は脳筋、弟は魔物の研究に傾倒しているのだとか。何故だか皇后の子は自由人が顔を並べている。皇女については詳しく知らないけれど、似た血筋なんじゃないかと思う。
母親は違っても、判断を任せるくらいの信頼はあるんだね。
「そちらの意向は了解しました。しかし、若い女性へ向けて恐ろしいだとか震え上がっただとか、心無い言葉をぶつけるのはいかがなものでしょう?」
私は今更埒外扱いされるのを気にしたりしないけど、なんだかウォズはとっても機嫌を損ねていた。言葉尻を捕まえて交渉を有利に運ぼうとするのは貴族らしいとは思うけど。
「あ、いや、貶める意図はなかったのだ」
「言葉の選択を誤ったのは申し訳ないと思っています」
皇王と皇太子なのに必死に言い訳している様子を見ると、先ほどの宣言に嘘はないのだろうと分かってしまう。ほとんど白旗を上げたと言っていい。
今回の申し入れ、王国の方針を確認する意図もあったのかもしれない。建前で取り繕っていても、実質は技術供与の請願だった。王国としては講師なんて悠長に送るより、兵を進めてしまった方が早い。占領した後で王国文化を浸透させれば技術も大陸中へ行き渡る。支配するとまではいかなくても、帝国のように政治体制に介入されるとも考えられる。主権を損なってしまう。
もしかすると、開戦派の動きが危機感を刺激したのかもね。
その可能性を払拭するため、皇王陛下はヘルムス皇子の提案を飲んで王国を試した。中立の立場にある冒険者ギルドも動かして大陸全体の問題だと強調した。武力以外の解決方法を望んだ。
拒否した場合、王国は進軍の可能性を残したと考えられる。最悪、攻め滅ぼされる危険まであり得る。私を有する王国にそれができてしまうって時点で、それを想定した舵取りをしないといけない。国民や貴族の反発も抑えないといけないから、皇族はかなり拙い立場に追い込まれただろうね。
それを思えば、人目のない場で下手に出るくらいは何でもないのかもね。何か企んでいる様子でもない。性格まで調査して私の良識に判断を委ねているのなら、上手い方法を選んだものだと思うよ。
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