皇国の城
物珍しさと警戒心の視線に晒されながら皇城へ向かう。
私は皇国へ新しい基礎技術を浸透させるために来た。この国に貢献しに来たとも言い換えられる訳だけど、皇国からすると上から目線で施しに来たと思えるのかもしれない。歓迎する空気は感じられなかった。
無駄に称えられたい訳でもないからどうでもいいけどね。それに、私が対応するのは研究者やその卵で、野次馬の彼等は部外者でしかない。彼らが教授した技術を実感するのって、基礎から始まった開発が実を結んで、更に実用化してからの話だしね。
それより、私は皇城の威容に改めて圧倒されていた。階層を重ねないからと言って、小さな建物しかない訳じゃない。広さは勿論、装飾や屋根の形状で建物を大きく見せる工夫は随所で見られた。
皇城の門もそれは顕著で、木版を編んで構成した前世のメトロポール・パラソルを思わせる巨大建造物が私達を迎える。入口の時点でこの存在感だった。
歴史ある国ってのは伊達じゃなくて、積み重ねが深みを作るのだとつくづく思い知る。
キミア巨樹を使った構築の魔法陣で模倣は容易でも、まずあれを作ろうって発想が出てこないよね。設計者に勧められても不採用にしたんじゃないかな。実物を見るまでちょっと迫力を想像できない。
さっきの飛行ボードで与えた衝撃を、早速やり返された思いだね。方向性は違うけど。
「ん、何をしている? 城は広い。こんなところで足を止めていては日が暮れるぞ?」
そんな私達に城を自慢するでもなく、筋肉皇子は先を急かす。実家だから見慣れているのかもしれない。芸術にも疎そうだし。
気後れした私達に気付いた様子のリンイリドさんも、追い打ちはかけないでくれた。
「これは、いつまでも優位性が保つと思いあがらない方がいいかもしれませんね」
ウォズの警鐘は、私の胸に湧いていたものと同じだった。
けれど私には、これだけのものを作る人達が基礎を習得したなら、何を生み出すんだろうって期待も同居していた。貴族として考えるのは王国の優位であるべきなんだけど、私個人は独自の発展を楽しみに思ってしまう。
更にどんな意匠になっているのだろうと気を引き締めながら城内へ入ると、そこは広い吹き抜けとなっていた。
「うん?」
「天井が……、見当たりませんね?」
正面入り口の先が大広間になっているまでは予想していた。王国の城でも玄関ホールは各階から入口を見下ろせるように開けてある。大階段が各階を結ぶ様を強調する。
でも皇国の場合、見上げても天井どころか別階の廊下も視界に入らない。玄関ホールもだだっ広くて階段がある様子もなかった。外見10階くらいあった筈の場所は、ひたすら上に向かって空間が開けている。ある筈の天井まで光が届いていなかった。
「他国の方は総じてそういった反応をされますね。上には展望階しかありません。皇国ではダンジョンのように細かく階層を刻む構造は作らないのです」
高い建造物に見えて、2階建てらしい。
前世五重塔みたいに5層の屋根が組んであっても内部は総吹き抜けだった例とかあるから理解はできる。でも、権威を示すためにただ高いだけの建物を作る皇国の慣習が分からない。広いだけの空間を無駄に思ったりしないのかな。
「展望階……と言うことは、生活の場でもないのですね」
「昇降機こそ設置してありますが、頻繁な昇り降りは不便ですからね。物見目的以外で上がるのはヘルムス殿下くらいでしょうか」
「階段を駆け上がるとよい運動になるからな!」
脳筋を育んだ場所だったらしい。ちなみに、階段は景観を損ねないように奥に隠れるようにあるんだとか。余計に走る必要がある分、トレーニングにちょうど良かったってところかな。
「興味がおありなら後でご案内しますよ? 特に機密に触れるような場所ではありません。手続きさえ行えば誰でも入れますから」
「ヘルムス殿下と一緒に階段で、と言われないなら喜んで」
「ご安心ください。私もご一緒しようとは思いませんので、是非皇都の街並みをご堪能ください」
既にウェルキンで見た、とか空気の読めない事は言わない。ただの上空からと、一望する前提で建設された場所からの展望はまた別だろうしね。
玄関ホールをひたすらまっすぐ進むと、謁見の間へと辿り着く。その廊下の長さも広い皇城ならではだね。
既に伝令を先行させていたのか、さほど待たされることなく入場する流れとなる。王族として別の入口へ向かうヘルムス皇子は走って行ったけど、あの人なら準備運動にもならないと思う。普段から城内を走っているみたいで、職員が気に留める様子もなかった。
リンイリドさんに先導されて広間へ入ると、大勢の視線が集中した。ほとんどの貴族が参集したのか、王国貴族をかき集めたより多い。そしてそれだけ集まってなお、謁見の間には余裕があった。招集時に手狭感がないのは少し羨ましいかもしれない。
「スカーレット・ノースマーク子爵、ウォージス・ストラタス殿、よくぞカムランデへ参られた。其方達を迎えられたことで皇国の更なる革新が期待できる。どうか、力を貸してほしい」
第一声を発したのは皇王フェリックス。その両脇には、息一つ切らしていない筋肉皇子含めて8人の皇子と5人の皇女が並ぶ。更に脇に並ぶのが配偶者達かな。皇族だけでも随分数が多い。
現皇王には3夫14子がいるんだけど、長男は真実の愛を見つけたとか言って皇位継承権を返上したので既に皇族籍にない。お相手は酒場を切り盛りする女性で、そのまま彼女に合わせて平民となるのは周囲が必死で止めたって話だから、今でも皇国貴族ではある。顔を知らないから判別はできないものの、参列側にいるんじゃないかな。
そんな逸話はあっても皇族の影響力は強い。貴族が特権意識を強くする国だから、必然的にその頂点の権力は絶大となる。
けれど、皇王本人からそれだけの威厳は感じられなかった。着飾っていても体格は細身で背も低い。覇気もあまりない様子で、ジョンさん扱いしていた頃のディーデリック陛下に近かった。普通の服を着ていたら皇王様だと気付けないかもしれない。
陛下は威厳を演出するために付け髭を装着して髪型もそれらしく整えていた。しかも、髭は魔道具として働く徹底ぶりで。一方、フェリックス皇王は権威の補強を必要としていない。支持基盤が弱い訳でもないから、見た目が頼りないからと侮る貴族も存在しない。
威厳乏しく見えても、あれでヒエミ大戦時は帝国王国両方への同時侵攻を企てた人だからね。決して油断できる人じゃない。
「子爵に皇国まで足労願ったのは皇国の文化を知ってもらいたかったからでもある。新技術の探求では先を行かれてしまっているが、皇国の歴史が紡いできた技巧は子爵の発想を刺激できるだろうと信じている。この度の交流が互いに益のあるものであることを願う」
「ええ。先ほどもこの城の広大さに圧倒されたところです。この機会に王国では足りていない部分を学んでいければと思っております」
続いて私へ声をかけたのは皇太子のロシュワート。皇王より体つきががっしりしていて、声も張っていた。
私は私でそつ無く返す。刺激は欲しいところだけど、規模は大きくても大味の皇国文化から着想が得られるとも思っていないし、それで技術の供与と釣り合うかも怪しい……なんて本音は飲み込んだ。
と言うのも、私へ集中するほとんどの視線は好意的とは言い難い。筋肉皇子相手なら流してもらえる話でも、同じ調子で受け応えると貴族の反発が大きいだろうね。まだ喧嘩を売る段階にまではない。
王国から供与を受けるのも、私みたいな小娘から教授されると言うのも面白くないんだろうってくらいは予想がつく。城の外にいた一般市民と似た雰囲気だった。
それはいい。
講義で関わるとしても、それは後の話。態度で不満を示すなら、その都度対処すればいい。もっと重要なのは、皇族の対応かな。
とりあえずは歓迎の空気を見せたけど、皇国貴族の不満に同調するのか、鬱憤を飲み込んで基礎の習熟を優先させるのか。それによって私の対応も変わる。下手に出ろとは言わないにしても、学ぶ姿勢もない相手へ割く時間はないんだよ。
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