改めて“ビー玉”について考える
ホテルに一泊した翌日は、朝風呂を楽しんでからダンジョンへ行く。
寝不足気味でうとうとしながら、改めてオクスタイゼンの紅葉を楽しんだ。チロルやドウチ郷の方が見応えがあるってだけで、十分奇麗なレベルだからね。
贅沢を言うなら温泉旅館の風情が欲しいところだけど、流石に和風文化は望めない。紅葉を臨める露天風呂があるだけでも特殊な異世界文化に感謝できる。シャワーのみとか、お風呂は数日に1回なんて習慣だったなら、私はノーラより先に世を儚んでいたかもしれない。
それを思えば湯船がタイル張りだろうと、大理石製だろうと気にならない。と言うか、既に慣れた。何より、私はお湯が温泉であったなら浴槽の材質にはこだわらない。
元日本人の感性とは異なるものの、白亜の浴槽に紅葉が映える露天風呂も悪くなかった。貴族御用達のホテルなので、景観にもこだわっている。
「確か…、確か芸術に秀でた何代か前の辺境伯が、家督を譲って創作活動に集中した頃に設計したらしいですね」
「領都を離れて創作に専念したと本で読みましたわ」
「男湯は山の方を向いていない代わりに、壁一面が紅葉の絵でしたよ。絵は季節ごとに入れ替えるそうです」
「人によっては実物より喜ぶかもね。紅葉は入浴中じゃないと見られない訳じゃないし、天気次第ではそっちの方が奇麗かも」
「王都でも取り扱う画商の多い高名な作品ですものね」
本のついでに絵も好むノーラはそっちっぽい。かつての彼女にとって、挿絵で表しているのが唯一外の情報だった。
雑談しながらダンジョンを進む。目的は浅層ダンジョンの最奥、潜行エレベーターを設置していないので歩かないといけなかった。グラーさん達が先行してくれてるから魔物の警戒は必要ない。
話題が宿泊したホテルの話になるのは自然な流れだったと思う。
「そう言えば、レティ様のお屋敷にあるお風呂も変わってますよね」
キャシーが言うのは檜風呂ならぬ、キミア巨樹風呂。せめてもの懐郷で自宅の湯舟は木製にしたけど、王国に浴室を木張りにする文化はない。
「折角巨樹があるのだからってレティが主張したのでしたよね。私は独特の温かみがあって好きですよ」
「皇国を、皇国を参考にした訳ではなかったのですね」
そう。
皇国には木でお風呂をと言うか、木造住宅を建築する文化がある。皇都を切り拓く以前、トレント含めた森林地帯が広がっていて、木材の入手が容易だったことから広がったらしい。断熱性に優れている点も気候と合致していた。
材質が木ってだけで、日本らしさはないのだけども。
「そもそもお屋敷自体、総キミア巨樹製だからね。浴槽の質感を変えてみたってだけだよ」
「そうでした。構築の魔法陣を使っているんでしたね。普段、木に囲まれている実感がないせいで忘れてました」
配合次第で樹脂の質感は調整できる。あんまり木製らしさを強調して、領主邸が皇国風建築物に見えると嫌悪感を抱く人も多いから、木造感は抑えておいた。
ちなみに、皇国のお風呂は湯船に飾り彫りがあったり、獅子や熊の彫像が強調してあったりするから私の趣味じゃない。
「それにしても、漸くレティ様の頭が人工魔石から切り替わったみたいですね」
「思い出す切っ掛けがないだけではないですか? ダンジョンではスライムが視界に入りませんから」
「あー……」
オーレリアが正しい。
悩むのを諦めた訳じゃない。昨日もそのせいであまり寝られなかったし、何か閃いた気がするものの、夢の中の出来事だったのか、直後に眠ってしまったせいで忘れたのか判別できない。
スライムってどこにでもいるし、汚れや羽虫を捕食してくれるから清掃用に飼っているところも多いんだよね。汚物に塗れた個体を連れてくるのでなければ嫌悪感も湧いてこない。昨日のホテルもそうだった。そのせいで、どうしても魔漿液を連想してしまう。一方でダンジョンの中だと、遊離した魔素が存在しないせいでスライムも生息していない。
うん?
ダンジョン内にはスライムがいない。それってつまり……。
「ところで、レティって魔石を生み出せますよね? あれは今回の人工魔石とは違うものなのですか?」
少し違和感を覚えた引っ掛かりも、オーレリアに話を振られて霧散する。
今は異なる視点からの助言が欲しいから、頭を切り替えて右手に魔力を集中させた。何に引っ掛かったのか分からない懸念は後でいい。
「これの事?」
「え、ええ……」
さっと作ってみせると呆れた様子だった。話を振っておいて酷いと思う。
実践して見せた後は使い道がないのでそのまま落とす。ダンジョンの中だとあっさり吸収してくれるので後片付けが楽でいい。
「その魔石は、一体何の金属でできているのです?」
「金属と言うか、特殊に結びついた炭素製かな。人体から抽出するならありふれた元素だからね」
「炭素で特殊な結合と言うと、ダイヤモンドみたいなものでしょうか?」
「そんな感じ」
ノーラの鑑定では閉殻空洞状っぽいって話だったから、フラーレンに近いんじゃないかと思ってる。五角形と六角形を張り合わせたサッカーボールみたいに原子が配置して、その内部に魔力を溜め込める。理想的な幾何学的構造で歪みの少ないダイヤモンドと違って、魔力密度が強度を生み出す。
「あ、銅とかアルミニウムを体内で作りだしてるって訳じゃなかったんですね」
「キャシーは私を何だと思っているのかな? 生体に必要だから摂取する必要はあっても、自己供給は人間業じゃないからね」
「つまり…、つまりレティ様は魔力塊を排出する際に、それを可能とするよう地属性で外形を整えている訳ですね」
「あんまり自覚はないけど、理屈で説明するならそういう事だと思う」
魔力を地属性でコーティングしたのだと考えると分かりやすい。でもそんなふうにイメージすると、似たものがちょうど近くにあると気が付いた。
「…………」
ダンジョンの中には複数の属性が渦巻いていて、露出した部分は地属性で覆われている。
あれ?
私って本当に人間?
「レティ様魔石が炭素製なら、鑑定で特殊なものだって分かってしまうんじゃないですか?」
「その点は問題ないと思いますよ。レティの魔石に限らず、一部の竜は魔石が特殊だった例も多いですから」
「氷であったり、ガラスであったり、理屈で説明できないものも多いですわよね」
墳炎龍もルビーに近いものだった。どうしてあれほどの魔力が収められていたのか分からない。
魔力と物質の関りについては、判明していない事実も多いんだと思う。
「あ、つまりレティ様はそちら側って事ですね」
「キャシー? 喧嘩売ってるなら買うよ?」
「竜の魔石はともかく、レティの魔石は組成に見当がついているなら、それを参考に魔石を作れるのではないですか?」
「……それが、試してみたけどできなかったんだよね」
魔力が内包できる炭素結晶を作る事も、含有魔力量を抑えて魔石化することも叶わなかった。
「正確に言うと、炭素結晶だけ再現しても安定していないからすぐに崩壊してしまうんだよね。魔力を消費するだけ徒労に終わる」
「つまり、魔力による支えがなければ形を保てない訳ですか。しかも、スカーレット様が込める程度の魔力量でなければ安定させられないと」
「子供の頃に魔力を体外へ排出するために習得した魔法だからね。ウォズが言うみたいに細かいところまで想定できていないんだよ」
「それが魔法として働いている時点で驚異的ですし、属性測定前に魔法が扱えている時点で信じがたい事なのですが……」
あの頃は魔素と魔力の区別さえ分かっていなかった。
指向性を持たせている訳だから、体内にあるのは魔力となる。でも、モヤモヤさんを取り込んだのだから、体内に存在するのもモヤモヤさんだと思い込んでいた。それを排出しようと体内魔力を動かした時、そのイメージに沿って魔法が発動した。しかも全属性だったものだから、地属性が上手く働いて結晶化に成功している。
一方で構造をきちんとイメージしていないものだから、魔力がない状態での安定を想定できていない。そうしてイメージが固まってしまった時点で、他の魔力収束方法をイメージできなくなった。
私に別の魔石は作れない。
「でもレティ、属性の違う魔石化は可能なのですよね?」
「うん。出力を調整するだけだから」
「……器用なものですね」
一度に7属性分作ってみせると感心してくれたけど、やはり呆れの方が大きかった気がする。
私にだけ可能な曲芸を、技術の進歩とは呼ばない。
魔物以外から発生する魔石って共通点で私の魔法へ目を向けた意見は興味深かったものの、困ったことに私の魔法は一部理屈に沿っていない。残念ながら人工魔石のブレイクスルーには至らなかった。
つまり、ふりだしに戻るって事だね。
ま、雑談の内だしそんなものかな。
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