レティとエノク
私が拒否した理由は、個人的な好悪や勲章の価値を理解できないって訳じゃない。後者は若干あるけど、空気を読まずに表へ出したりしない。帝国の精一杯の厚意なんだから、ありがたがってるふうを装うくらいはできる。
帝国で式典にでも参加しない限り、勲章はどこかへしまいっ放しになったとしても。
でも、今回は固辞すべき理由があった。
「私がその栄誉を受け取ると言うことは、あの連中の功績を私が称える事でもある。違う?」
「そ……、それはその通りでしょう。それだけの事を彼等は成し遂げました。称賛されるべきものです」
「そうかな? 私にとって連中は、罪を償っているだけ。その過程で少し結果を残したからって、褒められるような事?」
エノクが言うように捉える人もいると思う。少なくとも、彼らの活躍で救われた人がいる。帝国へ恩も売れた。私が彼等を派遣しなければ、彼等も偉業を成しえなかった。だから私の功績でもある。彼らは帝国だけでなく、私へ貢献したとも言える。想定外の形で栄誉をもたらしてくれたなら、恩赦を考えるくらいはあるかもしれない。
「あの連中は私の民を理不尽に襲った。あいつ等の活躍は、彼等の犠牲の上に成り立っている。その罪に相応しい罰を与えるのって栄誉かな? 私に、無辜の民の犠牲を名誉やお金に換えろと?」
少なくとも、私はそんなふうに割り切れない。
私は別に襲撃にあった村に思い入れがある訳じゃない。残念ながら当時の私は領主に就任したばかりで、あの辺りに村があるってくらいしか知らなかった。それでも、私が領都を建設するならと出稼ぎに来てくれた人はいたし、新しい領主の覚えをよくするためだと無理を押して税を納めようとしてくれた。
なにより、貴族として君臨するならその地に暮らす民への感謝を忘れてはならないと私は躾けられている。あの連中はそれを妨げた。
前世なら、村人が惨殺されるって悪行に胸を痛めただけかもしれない。けれど、今の私は貴族って特権階級に生まれ変わっている。その地位に似つかわしいだけの教養を染み込ませてきた。
為政者としての怒りがある。
同時に、南ノースマークで暮らす全てに責任を持つ。似た事件が起きないように目を光らせると言うのもあるし、領民を守る姿勢を示さないといけない。その私が、勲章を目の前にぶら下げられたからって、犯罪者の活躍を評価できる筈がない。
「竜を打ち倒すような快挙も、貴女が彼等を許す理由にはなりえないと?」
それ自体はちょっと凄いと思う。
虚属性を扱えるようになったり、煌剣を作ったりと個別に遭遇する分には脅威を覚えなくなってきたけど、ダーハック山で大地竜と対峙した際には私も血が冷えた。デルヌーベンへ行く途中で竜の群れに囲まれた時は討伐より逃走を優先した。そのくらい、竜は他の魔物と同じ範疇にいない。
それへ向かっていける勇気は、間違いなく大したものだよね。
「帝国があの連中の働きへ報いることまでは止めないよ。勇者ともて囃すのもいい。服役後、英雄として迎えるのもいいんじゃない?」
「刑期は……、10年でしたか?」
「Cランク冒険者の働き相当でね。成果に応じて減刑も設定してあるから、今の調子なら解放も早いと思う」
一生刑に服して罪を購えって話じゃない。私が持つ権限の範囲内で罰を言い渡しただけだからね。私に栄誉をもたらしたからって免除はできなくても、働き次第で刑期を短縮できるだけの余地は残した。死地へ赴くのだから希望くらいは持たせてもいい。
心情的に許せるかは別だけど。
犯罪者を国外へ出す訳だから、行動を魔法で縛るだけじゃなくて監視役もつけてある。同行させているのは私の就任前に不正を働いていた役人で、前線に立つ必要がないだけの左遷先でもあった。
その報告によると、生き残りたいがために団結して、兵役期間を乗り越える事だけに主眼を置いているとの事だった。反省だとか後悔と言った文言は報告書に並んでいない。
念の為にフランの方を確認したところ、黙って首を振る。私が把握しているのは初期の頃だけだけど、スタンスは変わっていないって事だと思う。変化があったなら、フランから伝えてきてただろうしね。
活躍してると聞かされても、刑期短縮を狙っているんだろうってくらいにしか思えない。
「……分かりました。勲章を得る栄誉より、刑罰が随順されている点に重きを置くと言う事ですね?」
「その後はエノクに任せるよ。刑期を終えたからって領地で迎えようとは思えないから、帝国で引き取ってくれるならありがたいかな」
「それは願ってもないお話ですね。西方奪還に貢献した勇者を迎えられるとなれば、民の希望になります」
犯罪者って過去は王国でのこと、帝国で生きていくなら明かす必要のないものでもある。
「お時間をいただき、ありがとうございました。スカーレット様へ叙勲できないのは残念ですが、為政者としての誠実さを知ることができました。僕も、自身の名誉より人民へ示す姿勢を重んじられるようになりたいと思います」
「それはいいけど、いつまでそんな話し方を続けるつもり? いい加減、気持ち悪いよ?」
国を代表して感謝を伝えに来たなら相応の態度も必要だろうと我慢していたけど、鳥肌は立つ。
「……それほど不自然でしょうか? 僕としてはこれまでの至らなさを顧みて、スカーレット様の気遣いを痛感し、態度を改めさせていただいただけなのですが」
「気遣い? 私の?」
「はい。スカーレット様はこれまで、公賓の態度として至らない僕を事ある毎に諫めてくださいました」
苛立ちをそのままぶつけていたのを、そう解釈したの?
「結果として帝国は大敗を喫しましたが、戦争の被害を最低限にとどめて、今も帝国が存続していられるのはスカーレット様の慈悲あってのものです」
いつまでも戦争なんて面倒事に関わっていたくなかっただけだし、墳炎龍討伐に至っては戦略より私の物欲優先だったよね。
「英雄として帝国の方針に口を挟める立場にありながら、自治を許してくださっている事にも感謝しているのです」
人、それを無関心と言う。
どこかにこれを洗脳してる人、いない? 私の精神的安寧の為にも、エノクをおかしな方向へ唆している者は探しておこう。王国として、帝国への影響力を根強いものとするのは必要な政策だけど、きちんとお話し合いが必要だよね。
「今回の件も、僕とスカーレット様の交流あっての支援だと評判になっています。帝国を離れ、成人まで戻れぬ身ですが、帰国後の基盤は順調に形成できつつあります。全てスカーレット様のおかげです」
「はいはい。具体的に私が何したって訳でもないけど、友人関係くらい地盤強化に利用してくれたらいいよ」
「友、人……!?」
投げやりに応えたら、とんでもない言葉を聞いたとでもいうようにエノクが硬直した。ウォズまで驚いた様子だし……。
私、立場ある人間を雑に扱っておいて、他人だって知らないふりをするほど薄情じゃないよ?
「なに、その顔? 悪友だって友人でしょう?」
エノクと知り合って良い方向へ働いた事は一つもない気はするけど、帝国人がこんなものだってサンプルにはなった。皇子なのに帝国の主流派から暗殺されかかって全てを失った経緯には同情もある。
なにより、立場はあるから非常時に帝国の代表として連れまわすのに都合がいい。
あ、クランプルドレイクをくれたって点は評価してもいいかもしれない。オーレリアへの下心だったとしても、王国の技術は大きく向上したからね。
「失敗して困っているくらいなら笑って眺めているかもだけど、本当に追い詰められていたなら手を差し伸べるくらいはするよ。それって友人と言わない?」
「あ、いえ、光栄です……」
オーレリアやウォズ達と違って、研究に集中していた場合は後回しにする優先順位くらいは発生するかもね。そのあたりは所詮エノクだから仕方ない。
「僕は今日、王国に来て良かったと心から思えました。益々態度を元に戻そうとは思えなくなりましたので、不快かもしれませんが慣れるまでご容赦ください」
何故か態度に関しては頑なだね。
新しく思いついた私に対する嫌がらせだと言うなら、その目論見は見事に成功している。オボエテロ。
その後、変化しつつある帝国東部の状況について雑談してから、エノクは帰って行った。褒章を貰う代わりとして、東部で討伐した魔物素材を買う約束も取り付けられた。回復薬は役に立っているって話だったから、宣伝ついでに低品質のものを帝国へも提供する。
「スカーレット様」
「あ、皇国へ行く話の途中でごめんね。帝国から素材を運ぶ件についてもお願いしていいかな?」
「それは勿論。ただ、俺からもお願いしていいでしょうか?」
ウォズから頼み事と言うのは珍しい。できる限り叶えるつもりで先を促す。
「皇国で講義を担当すると言うことは、年若い子息との交流も増えるのですよね?」
「年嵩の研究者に新しい視点をもたらすのも大事だけど、将来的な事を考えれば若い研究者に基礎を身に付けさせる方が皇国も効果は期待できるんじゃない?」
「はい。ですから、皇国では状況が許す限り俺が追従できるように取り計らっていただけますか?」
「え、あ……、うん」
あれ?
もしかして、皇国で私一人が行動することに不安を覚えたのかな。皇国で面倒事が起こらない筈もない。私が引き起こす可能性も否定しない。その為に、他国を渡り歩いているウォズにバックアップしてもらおうって話だったから都合もいい。
でも、さっきの今で、一体何がウォズの心変わりを誘発したの?
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