辺境の勇者
「辺境の勇者?」
「はい、墳炎龍の影響を色濃く残す西部地方に戦闘経験者を派遣していただき、大変感謝しております。中でも勇者殿の活躍は目覚ましく、巨大種や竜であっても躊躇いなく向かっていく勇猛さだと聞いています。おかげで生活圏の一部を予定より早く取り戻すことに成功しました。墳炎龍討伐のみならず帝国の復興へ助力くださるノースマーク卿へ、現地辺境伯と帝国上層部に代わり、僕が感謝の意を伝えに参りました」
「は? いや、だから、何の話」
まるで覚えのない事柄について、丁寧にお礼を言われてしまった。
感謝しているっていうのは言葉通りなのか、エノクは実直な態度で腰を深く折る。名ばかりの公爵となって帝国に従属することが求められるエノクの姿勢に相応しく、王国貴族である私へ誠意を示すものだった。
ただ、私には全く心当たりがない。そのせいで謝辞を述べたエノクも戸惑ってしまっている。
帝国へ兵を派遣?
私に何の得があって?
正直な話、南ノースマーク領の兵士は不足している。旧エッケンシュタイン領の兵士や騎士はまるで使い物にならなくて、新規に人員を募って訓練を施した。侯爵領から借りた騎士達が訓練を担当してくれて練度は様になってきたものの、南ノースマーク領衛軍の規模はまだあまり大きくない。治安維持を担当するのが精一杯な状況にある。本来は兵士の役目である魔物の間引きを、資金力に頼って雇った冒険者に未だ任せているくらいだからね。
領民の生活環境確保が優先で、徴兵数は様子を見ながら増やしていく予定だった。あまり焦って規模を拡大しても、訓練が間に合ってくれない。魔物領域境域化のノウハウも、兵器だっていくらでも用意できるのに、そのための人員がどうしようもなく不足してしまっている。
それなのに、他国へ派遣できるような戦力がどこにあったの?
私が有効活用したいくらいなんだけど?
「申し訳ありません。俺も心当たりがありません」
聖女基金の運用を任せているウォズが気を利かせて傭兵を雇ってくれたのかと期待してみたけれど、困惑気味に首を振られてしまった。
物資の支援や魔道具の貸与ならともかく、軍事面への干渉となると基金の理念からは外れてしまう。勝手な判断で裁量を逸脱するウォズじゃない。その場合は相談くらいあった筈だよね。勿論、そんな記憶は生えてこない。
「お嬢様、元ガノーア子爵の命令で山間の村を襲った者達ではありませんか?」
「あ」
普段は口を挟まないフランが、許可を得た上で発言する。それで私も漸く記憶が繋がった。
隣領の没落を決定付けた山村襲撃事件。その実行者達は全員生かして捕らえた。暴行を含めた尋問を許可して、途中退場したり逃亡した騎士がいない事も確認している。
他領の村落を襲って住民を殺したのだから、死刑が相応ではある。ガノーア元子爵の命令ではあったものの、離反者を出さない為に参加の意思を確認していたと言う。情状酌量の余地はない。
でも、処刑で終わらせる事に私が納得できなかった。それで気が済むなら、発見した時点で臨界魔法を落としている。更生を望む訳ではないけれど、どれほど愚かな事をしたのか痛感した上で、できるだけ長く後悔させておきたかった。
幸い、あの連中は騎士として最低限の訓練を受けていた。自衛の手段を持つ。そこで、最も過酷な環境へ送り込んだ。簡単に死なないようにたっぷり回復薬を持たせて。
そこが帝国西部になる。
何しろ、デルヌーベン付近の魔境に並ぶくらいに魔素濃度が高い。必然、生息する魔物も凶悪になる。しかも、帝国がかつての隆盛を取り戻すためには、墳炎龍が垂れ流した魔素の影響で跋扈する魔物を駆逐して、生活領域を奪還しないといけない。放っておくと、更に国土を侵食されてしまう。大陸中央部の魔境と違って、再開拓が急務だった。兵役者達は最前線へ立つ事となる。
その事実自体を忘れていた訳じゃない。罰を申し渡した後、連中のその後に興味なかったと言うのもあるし、どうしても惨劇の記憶に結び付くから思い出したくもなかった。でも、辺境の勇者なんて御大層な呼称から、犯罪者達を連想できなかったって言うのが一番の理由かな。
「質の良い回復薬は、まだ帝国で流通しておりません。その効果もあって何度も強力な魔物へ挑み、戦果を挙げていると報告を受けております」
「貴重な回復薬を帝国の発展のために供与してくれたこと、本当に感謝しています。負傷を恐れず強大な魔物へ向かっていく姿勢に励まされ、士気も上がっているそうです。西部戦線が快進撃を続けていられるのは、全てノースマーク卿の采配のおかげでしょう」
エノクは勘違いしているようだけど、私が回復薬を都合した理由はそれじゃない。村民達を惨殺した分だけ、死にたくないって恐怖と激痛を繰り返し味わってほしかっただけだよね。死んで終わりにするより誰かの役に立つ。
想定以上に貢献していた様子だけども。
この件を記憶の彼方に追いやっていた私と違ってフランが詳細を把握しているのは、定期的に届く報告書に目を通していたからだろうね。
他国へ兵を送った訳だから、当然経過を知らせてくる。私は犯罪者を処理しただけのつもりでも、帝国からすると戦力の提供に他ならない。おまけに、使用を服役者に限定しているとはいえ、回復薬なんて支援物資まで提供している。
私が知らなかっただけで、これまでにも礼状くらいは届いていたんだろうね。
でも、フランは私への伝達を止めていた。隠蔽の意図があった訳じゃない。問題が発生したならともかく、順調なら私に知られるまでもないと、彼女に任せた裁量の範囲内で処理したんだと思う。
そこまで把握すれば、エノクが何をしに来たのか見当がついた。
おそらく、竜か何かの討伐を実現させたんじゃないかな。そのせいで、帝国全体として服役者達の功績を無視できなくなった。感謝の気持ちを伝えるのは当然として、分かりやすい褒賞を示す必要がある。勇者本人は当然として、派遣した私も見過ごせない。
最近あった褒賞は陞爵だったけど、流石に人工ダンジョンの功績とは比べられない。それ以外となると、金銭である場合が多い。他には、宝品の授与なんて場合もあるね。
帝国だと、勲章である場合が多い。開拓功労勲章だとか、紅珠奮励章だとか、勲功に合わせてメダルを貰える。公式の場にそれを着用して出席すると、本人が国に貢献した証として注目を集めるらしい。ただの装飾じゃなくて、勲章に応じた俸給も出るんだけどね。
場合によっては、貴族相当の権利を与えられることもあるのだと言う。個人の功績だから後世へ引き継げないとしても、一族の功績として語り継がれる。
王国と帝国は長く険悪状態にあったから、国を越えて贈られた例はかなり歴史を振り返る必要がある。それでも前例がないってほどじゃない。分かりやすく謝意を伝える手段として、勲章の授与って手段を選択したんだろうとも思う。
むしろ帝国としては、今後の意識改革の為に王国への恩を明確にしておく必要がある。その意味でも都合がよかったと言えるかな。
そこまで分かったなら、私の答えは決まってる。
「悪いけど、それを受け取る訳にはいかないよ」
「え!?」
切り出される前に拒絶の姿勢を示したら、エノクは理解できなさそうな驚愕の表情を見せた。
王国民の私に実感を伴わないものの、帝国の価値観では最大級の栄誉に違いない。できる限りの誠意を蔑ろにされたと思ったかもしれない。断るなんてあり得ないといった様子だった。
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