限定的転移魔法の実現
私のお屋敷と城では、意匠に違いはあっても別の場所とまでは伝わり辛い。既に深夜に近い時間で点いている灯りも多くなかった。
そこで、私達は外へ出る。
灯りが少ないのは室内と同じであっても、南ノースマークにはこれでもかってくらいに分かりやすい象徴がある。庭に出て東の空を窺うと、月明かりで浮かび上がる巨樹の威容が目に入った。収穫祭の準備を続けている人達がまだいるのか、上部には人工の光も映る。
「本当に……、ここは南ノースマークの領都なのだな」
今回、新型魔道具を実証する為に招待した中に、コキオを訪れたことがあるのはイローナ様しかいない。それでも、ここが王城でないと証明するのは伝え聞く情報だけで十分だった。あんな異様な存在感、とても本物以外に演出できない。
私達はつい先ほどまで王城の会議室にいた。そして、新しい魔道具を使えば王都だろうと皇都だろうと一瞬で移動できる証明の為にコキオにある私のお屋敷へやってきた。
「これは、つまり……」
「クリスティナ様の権能……、固有魔法の再現に成功しました。限定的ではありますが、転移を可能とする魔道具です」
驚きのあまり言葉が震える陛下の後を引き継いで回答する。前例はなくとも、これほど実現が分かりやすい現象もない。実現を疑う様子は見られなかった。
どこでもド……じゃなくて、転移鏡。
これがあるなら皇都の講義と領地の運営を両立させられる。
「子爵! この魔道具を使えば、どこにでも一瞬で移動が可能なのか!?」
驚愕から立ち直った陛下が興奮気味に詰め寄ってくる。
私の出向問題をどうするかって本題、忘れてない?
「移動は魔道具間を繋ぐのみで、あらかじめ魔道具を設置していない場所へは行けません。鏡のあるあらゆる場所へ移動できたクリスティナ様の固有魔法ほどの汎用性はないのです」
魔道具は、あくまでも魔法を疑似的に再現するもの。人のイメージを体現する魔法自体には及ばない。中でも固有魔法って個人の才能が生み出した特殊なものだしね。私が往路でこの魔道具を使わなかったのも、これが理由だった。ウェルキンで転移鏡の一方を運んだからこそ、行き来が可能になった。
狸っぽい青色ロボットが持つ秘密道具ほどの便利さはないんだよね。
「しかし、スカーレット様。この魔道具を量産したなら様々な場所を行き来できるのでは?」
「量産が可能になったなら、の話です。あれ、オリハルコンですから」
「「「え!?」」」
オリハルコンと聞いて、一斉に転移鏡があった場所へ向く。
期待するイローナ様には悪いけど、様々な場所を繋ぐには材料の不足って壁が立ち塞がっている。表面に被膜を張り付けているだけとは言え、在庫には限界がある。当然、希少なオリハルコンを転移鏡だけで使い切る気はないから、物流面の更なる飛躍までは望めない。
当面は用途制限技術として、限定的に活用するくらいだと思う。
「基本的に魔道具は付与魔法の組み合わせと見合った属性魔力で稼働するものですが、高度な魔法になると特殊な媒介で補助する必要があります」
「確か、反発する付与魔法の負荷を抑えて、それぞれの付与効果を融和させるのでしたよね」
魔導変換機が竜の素材で構成されていたみたいに、付与内容と素材には相性がある。同時に、“加熱”、“冷却”といった相反する付与魔法同士は反発する。魔道具が生み出された当初は避けるべき組み合わせとされていたんだけど、近年では強引に融和させる方法が発見された。
加熱と冷却なら“一定維持”の効果を生む。分割付与の普及でいくらか改善したとはいえ、付与数が限られていた以前は魔法効果を増やせる重要な技術だった。
素材の組み合わせで効果を増大させて、付与魔法の融和で新しい効果を発生させる。課題を解決することで、魔道具の可能性を広げてきた。そして今回、複数の魔法を融和させたことで空間魔法の新しい効果を得た。
鏡面転移を行うクリスティナ様はそれを付与魔法に置き換えられない。だから、固有魔法を再現するには別の方法でアプローチする他なかった。
で、都合のいい事に元となる空間魔法は私が開発していた。
「ノーラの鑑定で理論は解明できても、実現するための方策は見つけられていませんでした。付与魔法を上手く融和させられなかった場合、魔道具が暴走、あるいは崩壊してしまいますから」
そこで辿り着いたのがオリハルコンだった。鏡みたいな光沢があるからって安直な思い付きだったけど。
伝説上の金属と呼ばれるだけあって、オリハルコンの魔法受容性能は飛び抜けていた。複数の付与を組み合わせて転移魔法の再現って無茶を行ったのに、まるで底が見えた気がしない。あらゆる魔法を取り込んでしまいそうな凄味があった。
「これまでの空間魔法は区切った空間を重ねて容量を増やすものでした。けれど、今回改良した効果は、鏡面間の距離をゼロにします」
「空間の縮小なら、この屋敷の“模型”があったのではなかったか?」
「縮小と消失は別のものです。それに、もしも私がコキオと王都の空間圧縮を試みた場合、その間に挟まる全てを巻き込みます」
「それは……どんな事態になるか考えたくないな」
エッケンシュタインもコールシュミットも、国の直轄地も魔法で飲み込んでしまう。圧縮するだけなら見えなくなっても存在は残る。通過しようとしても圧縮空間に入るだけだから、転移は実現しない。それでも無理矢理両点を繋いだ結果、そこにあった筈の空間がどうなるのか、私にも想像できない。
まあ、イメージを伴えない時点で魔法は実行できないし、それだけの魔力は私でも不足しそうなんだけど。
「鏡面間を繋ぐのはあくまでも魔法的な効果です。こんな非現実を実現してしまうのがクリスティナ様の固有魔法の特異なところで、だからこそ再現にオリハルコンまで必要となりました」
「効果を実際に体感したなら、伝説の金属を消費するだけの価値があると実感できるな」
「空間転移もまた、伝説に謳われるだけのものでしたからね」
実はこれ、収穫祭で“神様の誘い”を再現しようと開発した魔道具になる。
けれど作っている途中で、とても表沙汰にできないと気が付いた。鏡にしか見えない魔道具で、設置したならいつでも侵入可能……世間が混乱する未来しか見えなかった。収穫祭では公表できないと考えて、今年は去年の規模拡大だけにとどめている。転移鏡に開発期間を割いた分、新しい演出は用意できそうにない。
収穫祭とは別に、転移魔法が実現できそうだから完成まで続けたってだけで……。
「魔力波によって転移先の特定を行う構造となっています。勿論、皇国にこれの存在を明かすつもりはありませんから、私は飛行列車で通っているように見せかけて、実際にはコキオと皇都を転移鏡で行き来します」
「ふむ、転移を飛行列車内で行うなら、その瞬間を見られる心配もないな」
「ええ、皇国に飛行技術はありませんし、風魔法で飛んだところで外部の者を列車内に入れません」
客人として皇子あたりを招く機会はあるかもだけど、転移の瞬間さえ見られなければ少し大きな姿見でしかない。サイズも、貴族なら普通に所持しているレベルだから、不自然って程でもない。
「ノースマーク子爵不在の懸念が解消されるなら、余としては講義の要請を引き受けてほしいと思っている。技術面の優位性確保も大事だが、隠匿するばかりでは軋轢を生む」
「300年前は、それで帝国との溝が余計に深まりましたからな」
「アドの言う通りだ。技術の遅れを取り戻そうと奮起し、彼の国はそれを軍事面にばかり特化させた。その結果生んだ悲劇は、先の大戦で皆も経験した通りだ。しかも今回、皇国はかなりの譲歩の姿勢を見せてきた。冒険者ギルドを引き込んで外堀を埋められた策略は面白いものではないが、それだけ切実な局面に追い込まれているとも言える。今回の申し入れを無下にするべきではないだろう」
開戦派が望んだように大陸を制覇したなら消える懸念ではあるけれど、それだと皇国の文化も消える。発展のための多様性が欠けてしまう。それに、ああして異なる意見が噴出する状況自体が、国が肥大化しすぎて制御しきれていない証左でもある。陛下はこれ以上の国土拡大を望まない。
それなら、争う以外の関係構築が必要だよね。
「王国でも各国から希望者を募って教授の場を設けると言うアドの意見も採用する。この魔道具でノースマーク子爵が示してくれたように、基礎の伝授で王国の優位は揺るがない。ここは、寛容な姿勢を見せることで立場の補強を選ぼうではないか」
「「「はっ」」」
「そういう訳だ。行ってくれるか、ノースマーク子爵?」
「はい。教授を決めた陛下の度量の広さを、広く示してまいりましょう」
「それに、皇国へ行ったなら向こうの魔道具や技術を学んでも来るのだろう?」
まあ、隠している部分まで探らないにしても、魔道具市場くらいは見て回るし参考にもするよね。何か思いつく刺激にもなる。
そのくらいは皇子達も想定しているだろうけど、どの程度のものを生み出すかまでかは保証しない。
「それによって切り開く新しい可能性にも、期待しているぞ」
「……努めさせてはいただきます」
「それと……転移鏡は王城に設置する分も用意できてるのだろうか?」
おもちゃを前にワクワクしている子供みたいな目をしていた。
王族には緊急時の逃走ルートが必須だから用意はしていたけども。
オリハルコン製なので、王城が崩れたところで鏡面は割れない。そして、鏡面さえ無事なら転移道具として稼働する。でもって姿見以外のものには見えないし、追おうとしても出口側で転送機能を切ることもできる。そのあたりは魔道具なので自在だね。
でも南ノースマークへ自由に出入りさせるのは面倒だから、安全の確保って事で専用の転移先を用意してもらおうかな。これ以上呼び出しが容易になるとか、絶対嫌だよ。
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